※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

札幌市すすきのを拠点に、約30店舗の飲食店を展開する株式会社APRグループ。地域に集中した出店戦略で確固たる地位を築いている。飲食業を核としながら、食材卸売やクラフトビールなどの食品製造、EC事業まで多角的に手がける同社。その独自の成長戦略の根底には「点を落として面を取る」という経営哲学があった。代表取締役社長の青木康明氏は、家業の二代目でありながら、海外での挑戦や自ら会社を設立した経歴を持つ。その経験から生まれた哲学と、100年企業を目指す未来への展望に迫る。

「家業」ではなく海外へ タイでの経験が拓いた経営者への道

ーーこれまでのご経歴についてお聞かせください。

青木康明:
もともと家業を継ぐことは考えておらず、大学では教員を目指していました。しかし、学生時代に経験した接客サービスのアルバイトが楽しく、飲食業界に強い魅力を感じたのです。

周囲が社会人として活躍し始める中、私は東京の専門学校で経営を学ぶ道を選びました。親の援助で学ぶ2年間は、正直なところ悔しい思いもありましたが、その気持ちがバネになりました。卒業後、父からの「これからの時代は海外で戦えないと厳しい」という助言を受け、海外展開している飲食企業に就職。タイで働くことになりました。

ーータイでのご経験で、特に印象に残っていることは何ですか。

青木康明:
周りの社会人から遅れをとっているという悔しさもあり、どこかで巻き返したいという強い思いでタイへ行きました。言葉も通じない環境で、現地スタッフをマネジメントしていくことが最も難しかったです。しかし、若かったからこそ多くのことを吸収でき、非常に勉強になったと感じています。海外での1年は、日本の3年分に匹敵するほど濃密です。若いうちに海外へ挑戦した経験は、間違いなく私の人生のターニングポイントになりました。

すすきのへのこだわりが生んだ独自の強みと「ものづくり」

ーー家業に戻られてからは、すぐに経営に携わったのですか。

青木康明:
父から「会社にお前のポジションはない。自分で会社をつくって経営しろ」と言われ、一人で卸売事業を立ち上げました。お客様を開拓し、1円の売り上げを立てることがいかに大変かを痛感する日々でした。たとえば、空輸したウニの形が崩れてしまい、補填すると利益がすべて吹き飛んでしまうという苦い経験もしました。二代目ではありますが、このときに創業者と同じような経験ができたことが、現在の経営の基盤です。

ーー仕事をする上で、大切にされている考え方について教えてください。

青木康明:
「点を落として面を取る」という経営哲学を持っています。ある方から「飲食店のような『点』のビジネスだけでなく、『面』を取れるビジネスをやれ」と教わりました。飲食店はどうしても店舗という「点」の連続ですが、オリジナル商品をつくれば全国に流通する「面」のビジネスになり得ます。私が働いていない間にも、日本のどこかで誰かが商品を手に取ってくれる。この考え方に深く共感し、卸売やものづくり事業を始めました。飲食店という「点」と、商品という「面」が相互作用することが、弊社の事業の根幹です。

ーー貴社の事業における最大の強みは何だとお考えですか。

青木康明:
最大の強みは、創業の地である「すすきの」にこだわり、飲食店約30店舗を集中させるドミナント戦略(※)です。この街で長年かけて築き上げてきた信用は何物にも代えがたい財産だと考えています。

また、近年ではクラフトビールや「やみつき七味」といったものづくり事業にも注力しています。たとえば、バーで提供していた生チョコレートは、お客様の「持って帰りたい」という声から商品化しました。コロナ禍を機に強化したこの事業が、今や新たな成長の軸となりました。

(※)ドミナント戦略:ある地域内における市場占有率を向上させて独占状況を目指す経営手法。

社員が主役のフラットな組織へ 100年企業が描く未来

ーーどのような組織づくりを目指していらっしゃいますか。

青木康明:
社員一人ひとりが「自分で考えて、自分でチャレンジできる」会社を目指しています。創業者の父は強いリーダーシップで会社を伸ばしてきましたが、私は社員が主役となるフラットな組織をつくりたい。そのために、会社の情報をできる限り開示し、全員で経営を考える文化を推進しています。

また、飲食業の価値を高めるために、チップを推奨する文化づくりにも取り組んでいます。良いサービスへの対価が社員の誇りとなり、職業全体の地位向上につながると信じています。

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。

青木康明:
まずは「すすきのといえばAPRグループ」と言われる存在になり、そこから北海道を代表する企業へと成長していきたいです。3年後の創業50周年までに、年間の顧客体験者数を現在の70万人から100万人へ近づけていけることを目標に掲げています。

飲食業は「人づくりの社会貢献」ができる仕事です。かつて教員を目指したように、アルバイトから社員を育てる「カンテラ採用」を大切にしています。事業と人財の両面を成長させ、お客様からも社員からも「100年以上愛される企業」となることが私たちの最終的な目標です。

編集後記

家業を継ぐという定められた道ではなく、自ら海外へ渡り、ゼロから事業を立ち上げた青木氏。「1円の重み」を知るからこそ生まれる「点を落として面を取る」という独自の哲学は、極めて実践的だ。その言葉の端々からは、共に働く仲間への深い敬意と、飲食業を「人づくり」の場と捉える温かい眼差しが感じられた。すすきのの熱気を力に変え、100年先を見据える同社の挑戦は、北の大地から日本全体を元気にする可能性を秘めている。

青木康明/1987年札幌市生まれ。大学卒業後、専門学校で経営を学び、飲食店を経営する企業へ就職し、タイに赴任。1年半の海外での修行経験を経て2013年に株式会社APR TRADINGを設立。2021年に事業承継で株式会社APRグループの代表に就任。「すすきの」を中心にグループ7社で40事業所を経営。その他ビール醸造や食品製造、食材卸売や小売事業も展開。『「すすきの」の愉しいを、未来へつなぐ。』をミッションに、多角化経営に挑戦中。