
電子コミックの出版・配信を主軸に、アニメの制作・配信まで一貫して内製で手がける株式会社ウェイブ。同社は「IT」「コンテンツ」「グローバル」という3つの要素を掛け合わせることで、独自の強みを確立している。コンサルティングファームやITベンチャーなど多様な経験を経て、35歳で同社を創業した代表取締役の関口航太氏。創業から15年で売上高95億円規模へと会社を成長させた経営者は、変化の激しいエンターテインメント業界をどう捉え、未来をどう描くのか。その成長の軌跡と、独自の経営哲学、そしてAI時代を見据えた次なる一手について話を聞いた。
35歳での独立 ゼロから事業の礎を築いたターニングポイント
ーー貴社を創業されるまでの経緯をお聞かせください。
関口航太:
大学卒業後、コンサルティング会社、ITベンチャーを経てアメリカでMBA(経営学修士)を取得。帰国後は電子コミック事業の立ち上げに携わりました。実は、社会人になった直後に書いたライフプランで「30歳までに起業する」と目標を掲げていました。その目標が少しずれ込み35歳が目前に迫ったとき、「ここで決断しないと次は40歳になってしまう」と感じ、意を決して独立した次第です。それぞれの経験が遠回りに見えても、結果として今の自分につながっていると感じます。
ーー前職で電子コミック事業を立ち上げられた当時の状況はいかがでしたか。
関口航太:
事業を始めた2006年頃は、電子コミック市場は黎明期で、ようやく盛り上がり始めた時期でした。そのため、立ち上げた初月の売上は計画の5分の1程度で、「このままでは事業閉鎖もやむを得ない」という厳しい状況に追い込まれます。しかし、2カ月目に仕掛けた広告展開の中でヒットコンテンツが生まれ、事業は急拡大に転じました。
ただ、急成長は新たな課題も生みました。当初は数千人規模の利用しか想定していなかった脆弱なシステムだったため、利用者が数万人単位で急増するとすぐにサーバーが停止してしまったのです。正月やゴールデンウィークなども、そのシステム対応に追われる毎日でした。
ーー35歳で独立後、どのような事業から始められたのでしょうか。
関口航太:
実は、次にやるべきビジネスモデルを何も考えずに会社を辞めてしまいました。「35歳まで」という自分自身で設けたタイムリミットが迫っていたため、とにかく会社を辞めることが優先だったのです。
当初は一人で食べていけるくらいのビジネスをゆっくり考えようと思っていました。しかし、前職から2名の仲間がついてきてくれることになり、そのうちの一人が漫画の執筆経験があったため、彼女のスキルを活かす形で出版事業を始めることにしました。私一人であれば、コンテンツは作れなかったので、本当に幸運に恵まれました。仲間がいたからこそ、最初の事業が生まれました。
ーー事業が軌道に乗るきっかけとなった出来事は何でしたか。
関口航太:
一つは、創業時に始めた出版事業が、業界の知人たちの協力もあってスムーズに拡大したことです。しかし、本当のターニングポイントは、創業2年目につくった自社の配信サイト「ComicFesta(コミックフェスタ)」の立ち上げです。
当時、出版事業は好調でしたが、当時の売上には大きなリスクが潜んでいました。それは、特定の取引先一社だけで売上全体の30%を占めるという、依存度の高い状態だったことです。ある時、その主要取引先が方針転換を行い、弊社にとって不利な条件を提示されてしまいました。弊社はこの条件を受け入れず、取引を断る決断をします。その結果、30%を占める得意先の売上は無くなり、深刻な経営的打撃を受けました。
この経験から、自社プラットフォームをしっかりと育てていく必要性を強く感じました。時間はかかりましたが、「ComicFesta(コミックフェスタ)」が現在の主力事業になるまで成長したことが、会社の大きな飛躍につながっています。
IT×コンテンツ×グローバル 競争力の源泉となる三軸経営
ーー貴社の事業の柱と特徴を教えてください。
関口航太:
主力事業は、創業当初から手がけているデジタルの出版事業と、コミックの配信事業です。これらに加えて、近年ではアニメ事業にも注力しており、制作部門と「AnimeFesta(アニメフェスタ)」などの配信サイトの両方を自社で運営しています。コミックとアニメは、どちらも海外への配信も実施しています。
また、新規事業の立ち上げにも常にチャレンジしています。このようなチャレンジはメンバーの成長機会の提供にもつながると考え、積極的に取り組んでいます。
弊社の特徴は、コンテンツをつくる力と、それを届けるIT開発部隊の両方を内製化している点です。一般的に、コンテンツ制作会社はIT部門を、IT企業はコンテンツ制作を外注する傾向があります。そのため、この両輪を自社で回せることは大きな強みです。
また、弊社は海外にも販路を持っています。「IT」「コンテンツ」「グローバル」の3つは非常に相性が良く、この三軸をベースに多角的な事業展開がしやすい体制が弊社の特徴であり、競争力の源泉だと考えています。コミックとアニメの両方を手がけ、IT部門を内製化し、さらにグローバルに展開している企業は、巨大企業か、ごく一部の事業者に限られます。私たちはそのポジションを活かして、事業を拡大しています。
「成長」と「楽しさ」を追求する独自の組織文化

ーー仕事をする上で大切にされている価値観についてお聞かせください。
関口航太:
最も大切にしているのは、会社の経営理念でもある「成長し続ける」ことです。かつてサンフランシスコで働いていたとき、69歳で現役のボードメンバー(※1)として活躍されている方がいました。50歳を過ぎてからアメリカに渡り、最先端のシリコンバレーで挑戦を続けるその方の姿を見て、「人は何歳になっても成長できる」と強く感じたのです。商品やサービスで差別化を図ることも重要ですが、組織や人自身が変化に対応し、学び続けることこそ、究極の差別化戦略になると信じています。この理念を組織としてどれだけ体現できるかが、永続的に成長する強い企業をつくる上で最も重要だと考えています。
(※1)ボードメンバー:企業の経営戦略や重要な意思決定を行う取締役会の一員。
ーー「成長」以外にも、大切にされていることはありますか。
関口航太:
中核となる価値観として「FUN(楽しさ)」を掲げています。成長の原動力は、突き詰めれば好奇心です。年を重ねると、世の中を知った気になり、新しいことへの興味が薄れがちです。その結果、行動量が減り、成長が鈍化してしまいます。だからこそ、仕事も遊びも全力で楽しみ、好奇心を持って動き続けることが重要だと考えています。その「動いている状態」こそが、たとえ失敗したとしても、最終的に成長につながるのです。
ーー「FUN」を体現する具体的な取り組みについて教えてください。
関口航太:
創業当初から「イベントデー」という制度を設けています。これは2か月に1回程度、会社の業務時間を使って、部署の垣根を越えた全社員参加のイベントを実施するものです。業務の一環なので、「仕事が忙しいから」という理由での不参加は認めていません。これまでに運動会や、チームでアイデアを出し合うワークショップ、ゲーム大会など、ネタが尽きるほどさまざまな企画を実施してきました。
こうした活動を通じて、社員同士の交流を深め、全力で楽しむこと、何事にも好奇心をもって挑戦する文化を醸成しています。
AIの進化を捉えたエンターテインメントの新たな可能性
ーー世界のコミックやアニメ市場の将来性をどうお考えですか。
関口航太:
AIの進化で予測不能な部分もありますが、コミックやアニメの文化は形を変えながらも成長し続けるでしょう。近年、ゲームや映画などのコンテンツは投資コストが増大し、チャレンジングな作品を創ることがどんどん難しくなっています。その点コミックは、労力はかかるものの、一人の力で創作することができ、極端に言えば、作家さんの数だけ多様な作品を生み出せるメディアです。
利用者層も広く、コンテンツを生み出す場としては最強であり続けるのではないかと感じています。アニメもグローバルで急速に広がっていますが、南米や中東、アフリカ、インドなど、まだまだ浸透していない国も多く、成長の余地は非常に大きい市場です。
ーーそのような市場で、貴社はどのような存在を目指していますか。
関口航太:
現在、最も注力しているアニメ事業において、グローバルで確固たる存在感を示すことを目指しています。現在のアニメ配信市場は、市場規模は大きいもののプレイヤーは非常に限定的です。その結果、配信できる作品の多様性が失われる懸念があります。
私たちは、彼らとは違う事業者として、アニメの表現の幅を広げることに貢献できる存在でありたいです。また、将来的には原作となる文字の領域からコンテンツを手がけ、コミック化、アニメ化という一連の流れを自社で完結できる体制を築きたいと考えています。
ーーAIの進化は、事業にどのような影響を与えるとお考えですか。
関口航太:
制作コストが劇的に変わる可能性があります。これまでコストが障壁となってアニメ化できない作品は多数ありましたが、AIによって制作できる作品が何十倍にも増える可能性があります。これはビジネスモデルを根底から変える大きな変化です。あとは翻訳・吹替対応なども全世界に届ける上ではハードルになっていましたが、これも解消できるでしょう。生成AIの利用にはまだまだ賛否両論ありますが、作家さんが創作した作品を、幅広いユーザーに届けられるという意味ではプラスの側面は大きいと思います。
海外売上50% 次の15年で見据える100倍の成長
ーー今後の事業展開について、具体的な目標を教えてください。
関口航太:
現在、全体の売上の15%程度を占める海外比率を、将来的には50%まで引き上げたいと考えています。日本の市場が成熟しつつあるのに対し、海外はまだまだ伸びしろのある成長市場です。
弊社は7〜8年前からコミックの海外展開を手がけており、一定の経験とノウハウがあります。海外に拠点は持っていますが、基本的には日本国内で全て運用しています。アメリカやフランス出身のメンバーや、日本のコンテンツが好きな海外のメンバーと協力しながら事業を進めています。この強みを活かし、今後はよりダイレクトマーケティング(※2)にも力を入れ、積極的に海外市場へ参入していきます。
(※2)ダイレクトマーケティング:顧客ひとりひとりに対する直接的なコミュニケーションによって、注文や問い合わせ、購入を促すマーケティング手法。
ーー最後に、今後の成長に向けた意気込みをお聞かせください。
関口航太:
気づけば創業から15年が経ちました。3人で売上ゼロから始まった会社が、今では社員約200名、売上高約100億円規模になり、やれることの範囲が格段に広がりました。これは着実に成長を続けてきた成果です。もし創業当時を1とするならば、事業規模は100倍にまで成長してきたので、次の15年でもう100倍になる可能性も十分にあると考えています。
毎年たとえ10%や20%の成長でも、それを継続できれば複利によって何十倍、何百倍という飛躍が可能です。組織として、そして社員一人ひとりが成長し続けることができれば、いずれエンターテインメント業界のトップという景色も見えてくるでしょう。私自身も社員も共に、永遠に成長し続けることを目指して挑戦を続けていきたいと思います。
編集後記
IT、コンテンツ、グローバルという明確な三軸戦略と、それを支える「成長」と「FUN」を核とした企業文化。ウェイブの強さは、この合理的な事業戦略と、人間の本源的な欲求を肯定する組織文化の見事な両立にあるのだろう。AIという新たな変化の波を「10年に一度の大きなチャンス」と捉える関口氏。その尽きることのない好奇心と成長意欲が、同社を次のステージへと押し上げる原動力となるに違いない。

関口航太/一橋大学法学部を卒業後、経営コンサルティング会社でキャリアをスタート。その後、非上場のベンチャーでの事業経験などを経て、Rochester Institute of Technology(MBA)でインターネットマーケティングとファイナンスを専攻。携帯コンテンツビジネス会社で、数々の新規サービスを業界トップクラスまで成長させる。2010年にその経験とノウハウを活かし、株式会社ウェイブを設立。