
200年以上の歴史を誇り、「うどんすき」で知られる大阪の老舗、株式会社美々卯。同社は伝統の味を守りながらも、時代の変化に対応した新たな挑戦を続けている。その舵取りを担うのが、代表取締役社長の江口公浩氏だ。大手広告代理店・博報堂出身という経歴を持つ同氏は、妻の実家である美々卯に入社後、数々の壁に直面した。
社長就任後は「マイナスをゼロに戻す」をテーマに、離職率の改善など組織再建に注力。そして創業101年目を迎えた現在、次なるフェーズへと歩みを進めるべく、社員の自発性を引き出す「パーパス」と「バリューズ」を、社員と共に策定した。老舗ののれんを未来へつなぎ、手仕事の価値を再定義しながら奮闘する、江口氏の軌跡と経営観に迫る。
15年のキャリアを手放す決断 後継者としての新たな挑戦
ーーこれまでのご経歴についてお聞かせください。
江口公浩:
大学でマーケティングやブランディングの面白さに目覚め、これを生涯の仕事にしたいと考え、2000年に博報堂へ入社しました。マーケティングプランナーとしてのキャリアを歩み始め、その後、営業職やブランディングの専門チームを経験し、15年間在籍しました。
その後、妻の実家が「美々卯」だったことが大きな転機となりました。子どもが生まれたタイミングで、義父である現在の会長から後継者として打診があったのです。自分で事業をするために博報堂を辞めるつもりでしたが、その事業計画の立案に悩んでいた矢先のことでした。そうしたタイミングが重なり、弊社で新たな挑戦をすると決意しました。
深刻な人手不足と経営陣との衝突
ーー入社された当時、どのような印象を持たれましたか。
江口公浩:
入社前は「経営者が口出しせずともよい自動運転モードの会社だ」と聞いていました。しかし、現場の実態は全く異なりました。毎年40〜50人が入社しては、同数の社員が辞めていく状況。現場は疲弊しており、経営層にその実情が正しく伝わっていませんでした。
ーー特に大変だったご経験について、お聞かせいただけますか。
江口公浩:
私は飲食業の素人でしたから、まず各店舗を回り、一スタッフとして働きました。ある新店舗の応援に入った際は、深刻な人手不足による激務で、心身ともに疲弊しましたね。当時の経営陣や古参社員とも衝突しました。「『跡を継いでくれ』と言われて来たはずなのに、一体何をしているのだろう」と悩んで、結果的に「自分の得意なことで貢献しよう」と思うようになりました。
コロナショックで需要が急増 通販事業で示したマーケティングの価値
ーーその後、どのようなことに取り組まれましたか。
江口公浩:
一度、会社と自分がお金を出しあって、出汁を売りにしたレストラン「ひとわん」を立ち上げました。しかし飲食店の経営に対する理解不足が影響して、わずか1年で頓挫してしまいます。その経験を経て弊社に戻り、レストラン事業とは別の土俵で貢献しようと決意するきっかけとなりました。当時、細々と行っていた通販やギフトの事業を組織化し、本格的に強化し始めました。これなら前職のマーケティング経験を活かせると考えたのです。
ーー通販事業を本格化した後、どのような変化がありましたか。
江口公浩:
コロナショックで外食が制限される中でお取り寄せ需要が急増し、準備を進めていた新しいECサイトの売上高が大きく伸びました。決定打となったのは、「東京美々卯(東京美々卯株式会社)」の全店舗閉店という出来事です。その報道後、「美々卯を応援したい」というお客様からの注文が殺到し、サーバーがダウンするほどでした。この出来事を機に、「美々卯の美味しさを家の中、家庭内にも届ける」という私の考え方が社内に浸透しました。
「マイナスをゼロに戻す」改革 離職率低下のための組織再建

ーー社長に就任後、どのような組織改革に着手されましたか。
江口公浩:
2023年3月に社長就任しましたが、就任後の3年間は、「守破離」でいう型を守る・真似るフェーズとし、まずは「コロナショックによるダメージ、マイナスをゼロに戻す」期間だと位置づけました。しかし、実はこのマイナスには、数字の落ち込みだけでなく、これまで弊社が社員を疲弊させていた根源的な発想も含まれています。そこで、組織の歯車としてではなく、一人の人間として社員と向き合う経営を目指し、そのための移行期間としました。
その中で特に意識したのが、人が辞めない組織づくりです。美々卯で過ごす時間が有意義なものになるよう、「働く+遊ぶ+学ぶ」の三本柱をテーマに掲げ、研修やレクリエーションの機会を増やしました。半年に5日間の連続休暇を義務付けるリフレッシュ休暇制度も導入したのもその一環です。徐々に「休んでいいんだ」という文化が醸成されつつあり、結果、離職率は着実に低下しています。
加えて、人事評価制度も見直しました。これまでの属人的な評価から、「目標に対する達成」を自他ともに測る主観と客観による制度に変えたのです。評価基準は、実績や貢献度といった「稼ぐ」力が6割を占めます。残りは、他者を「助ける」姿勢が2割、新しいことに「挑む」姿勢が残りの2割で、この「6:2:2」の考え方を軸に、社員一人ひとりの成長を正当に評価できる仕組みを目指しています。これは前職時代に上司が考えたものをオマージュさせていただきました。
ーー働き方改革や多様な人材の確保に向けては、どのような施策を打たれていますか。
江口公浩:
長年の習慣となっていた早朝出勤を今年度から徐々に廃止することを目標に置きました。その分、削減できる残業代を原資に、給与のベースアップや役職手当の増額を進める計画です。外食産業の働き方改革は待ったなしの状態ですので、トップが率先して変えていくしかありません。
また、ダイバーシティの推進として、ベトナムやミャンマーなど外国籍社員の採用も強化しています。彼らには接客だけでなく、調理も担ってもらう方針ですが、味覚の前提が異なる外国籍の社員に、技術を伝えることは容易ではありません。単なるスキル研修に留まらず、日本人側が異文化や多様な価値観を理解し、教えるための教育体制を整備することが、真の組織強化につながると考えています。
101年目を「新たな1年目」に 社員の自発性を引き出す組織改革
ーー創業100周年を迎えられ、何か取り組まれたことがあれば教えていただけますか。
江口公浩:
弊社は、商売として「耳卯楼」時代から数えて約250年続いていますが、「美々卯」と屋号を変えてからは100年。今年、101年目のスタートを「新たな1年目」として、「100+1周年」と表現しました。私たちはこれまで、意図して「100年企業」を目指してきたわけではありません。先人たちが築き上げた味を守り、毎日お出汁を引いてきた結果が今につながっています。だからこそ、100周年を迎えられた感謝の会を開いて終わるのではなく、1年目もいつも通りスタートを切ることが私たちらしいと考えました。
しかし、今後も歴史を紡いでいくにあたって、美々卯が世の中にある理由となぜ私たちはそこで働くのか。まずはその目的と動機を再定義する必要があると考えました。そこで、「パーパス」と「バリューズ」を全社員で策定するべきだと考え、計6回のワークショップを実施しました。前職のつながりでご縁があった専門家の協力を得て、1日がかりで個人の年表を作成したり、各自のやりたいことを深掘りしたりと、じっくりと時間をかけて対話を重ねていきました。
一般的な企業理念のように、どの会社にも当てはまる形式的な言葉を並べるだけでは意味がありません。たとえば、会社が「お客様に良質なお出汁を提供したい」と掲げても、社員の動機が別のところにあれば、両者の間にはズレが生じてお互いに不幸です。会社が目指す方向と、社員自身がどうありたいかという思いが重なり合って初めて、真の相乗効果が生まれます。そのため、社員の理想の姿と会社のあり方を丁寧に擦り合わせるプロセスを重視しました。
ーーワークショップの実施にあたり、社内からの反応はいかがでしたか。
江口公浩:
実は役員からは反対の意見もありました。取り組みの趣旨には理解を示しつつも、これまでの習慣がない社員たちに「ありたい姿」を考えさせるのは負担が大きく、すぐに回答を導き出すのは難しいのではないか。それでも私はトップダウンで専門家と私がつくった文言を下ろすだけでは意味がないと思い、彼らから答えが出ないかもしれない。けれど、代表する20人がこれからのことを考えることで受け入れる土壌が耕される。その上で次の理念を伝えればきっと染み込みやすくなる、と考えました。
結果としてその心配は杞憂に終わりました。初日こそ戸惑っていた社員たちも、回を重ねるごとに「今日こんな発見がありました」と目を輝かせ、活発な議論が交わされました。最終回では一人ひとりが自分の思いを堂々と語れるようになっていたのです。
ーーワークショップ実施後、どのような変化があったのでしょうか。
江口公浩:
その後、ワークショップで策定した内容を全社員へ共有するためイベントも開催しました。百貨店内の店舗についても、施設側に趣旨をご説明したところ、快くご協力いただき、当日は全店で時短営業などを行い、正社員130人とその家族、勤続10年以上のパート社員を含め、総勢180人が集まりました。
イベントでは、永年勤続の表彰や、1年半かけて社員とともに選定した新しいユニフォームのお披露目が行われたほか、社員が自発的に組んだバンドの演奏もあり、大いに盛り上がりました。
これまでは経営層が主導して指示を出すのが常でしたが、今回は社員が自発的に企画し、司会進行からプログラムの作成まで全てを担ってくれたのです。「こういう器を用意するからあとはよろしくね」と伝えただけで、みんなが自主的にやり始めて面白くなっていったことが、今回の大きな成果です。
この対話のプロセスは、私自身にとっても大きな変化をもたらしました。社員が内に秘めていた思いや「美々卯」への愛着を知り、リーダーとして彼らを引っ張っていく「経営の覚悟」が定まりました。「美々卯」という会社を一つの舞台として、社員一人ひとりが自分のやりたいことを存分に表現してほしいと願っています。
「手仕事」の価値再定義と「0から1」を生み出す挑戦
ーーAIが普及する現代において、料理人が持つ価値をどう捉えていますか。
江口公浩:
あらゆる作業が自動化されていく時代だからこそ、機械や工場には代替できない人間の「手仕事」こそが、最大の強みになると確信しています。弊社は現在12店舗を展開しており、約90人の料理人が在籍しているのですが、全ての店舗において料理人が手仕事によって調理や出汁引きを丁寧に行ってくれています。芋の皮むきから野菜の炊きものから出汁引きまで、これほど多くの料理人が一から手作業で行えるのは、現代において非常に稀有と言えるでしょう。
こうした想像力や感性を伴う手仕事は、AIには真似できない最もクリエイティブであり、「誰よりも信じられる」と評価していただける圧倒的な価値があるものだと考えています。
ーー今後のさらなる成長に向けて、どのような展望を描いていらっしゃいますか。
江口公浩:
まずは良質な原材料の確保のために生産者との関係を強化すること。次により美味しい料理を作れるよう技術のさらなる向上が必須。その上で、新しい試みとしてギフトセンターの開設や出汁の海外販売などを考えています。
これまでの期間でマイナスからゼロへと正常化を図ることができました。ですので、これからは0から1、そして1から100へと事業を育て上げるフェーズへと移行していく考えです。現場の社員からは、「市場に行って魚の目利きを学びたい」という声や、中には「介護食の分野に挑戦したい」といった、個人の志向に基づいた多種多様なアイデアが挙がっています。私はそういった「やってみたい」という声を積極的に吸い上げ、向こう3年間でアイデアを確固たる事業に成長させていくつもりです。
私たちが新たな挑戦に踏み出せるのは、先代が築き上げた「うどんすき」をはじめとする、確固たる事業の骨組み、いわば強固なDNAがあるからです。この土台があるからこそ、何度でも新しいことに挑戦し、たとえ失敗したとしても原点に戻ってやり直すことができます。たとえ壁にぶつかったとしても、立ち返るべき原点がある。その安心感こそが、弊社が攻めの姿勢を貫ける最大の理由なのです。
一杯のうどんから広がる貢献 日本の食文化に対する企業の責任
ーー世界に向けて日本の食文化を発信するために、何か構想していることはありますか。
江口公浩:
現在、食品安全システムの国際規格である「FSSC 22000」の認証取得に向けた準備を進めています。この認証を取得することで、国際的な品質管理の基準を満たしていると証明できるようになります。海外展開にあたっては、現地に店舗を出して多くの料理人を抱えるのはハードルが高いため、信頼できるパートナー企業とアライアンスを構築し、お店を出店する前にまずは製品の輸出でテストを重ねていきたいと考えています。
編集後記
広告代理店の第一線から老舗飲食店へ。江口氏の根底には一貫して「価値をいかにして人に届けるか」というマーケティングの視座がある。組織の壁にぶつかり、事業に失敗しながらも、同氏は常にその問いと向き合い続けた。創業101年目を新たなスタートと位置づけ、社員と対話を重ねて自発性を引き出す姿勢からは、新しい老舗企業のあり方を感じた。強固な伝統を土台に、料理人の手仕事という価値を武器に次なるステージへと進み続ける同社の飽くなき挑戦は、これからも続く。

江口公浩/1977年東京都生まれ。父の仕事で幼少期をアメリカで過ごす。2000年一橋大学卒業後、株式会社博報堂入社。ストラテジックプラニング職、営業職、ブランドデザイン部門などで多様な経験を積む。2015年、妻方の家業である株式会社美々卯の事業を継承するため入社。ホールスタッフからキャリアをスタートする。その後、新規出店の失敗や営業部門の設立などを経て、2023年に同社代表取締役に就任。