※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

リビング・ダイニング用品の卸売業を主軸に、全国の百貨店のキッチンフロアを支える株式会社ワイ・ヨット。長年にわたり業界を牽引してきた同社は、2023年、麻布台ヒルズに初の直営店をオープンするなど、大きな変革期を迎えている。その舵取りを担うのが、代表取締役社長の寺田佐和子氏である。創業家に長女として生まれ、他社経験を経て、管理業務で会社を支え、子育てと両立しながら自社トップに就任。「社員が誇りを持てる会社」を目指す寺田氏に、これまでの歩みと事業の未来像をうかがった。

責任を背負い歩んだキャリアの原点

ーー幼少期は、家業についてどのように感じていましたか。

寺田佐和子:
私が生まれた頃は、創業者である祖父が50代で急逝したため、祖母が会社を継いだのち、現会長の父による会社体制となっておりました。幼少期は会社倉庫の上の階に住んでおり、また常に会社のことが話題に上がる環境でしたので、商売を非常に身近に感じながら育ちました。三姉妹の長女ということもあり、物心ついた頃から会社を手伝うのは私、という責任のようなものを感じていましたね。

ーー大学卒業後のキャリアについて、お聞かせいただけますか。

寺田佐和子:
いずれは家業に戻ることを念頭に、主要な取引先である百貨店業界について知っておきたいという思いから、アパレル企業の株式会社オンワード樫山に就職しました。親から特定の進路を強制されることはありませんでしたが、いつか家業の役に立ちたいという気持ちで、自らのキャリアを選択してきたように思います。

ーー前職でのご経験は、現在の経営にどのように活かされていますか。

寺田佐和子:
営業職として、お客様と密なコミュニケーションを取ったり、前線の販売スタッフがいかに大切か、など現在のビジネスの礎となる経験を、入社1年目から実践を通して深く学びました。この時の経験は、経営者となった今、非常に役立っています。

家業への帰還と社長就任

ーーどのような経緯でワイ・ヨットへ入社されたのでしょうか。

寺田佐和子:
前職ではやりがいもあり、非常に充実していたのですが、母が病気になり、父や叔父から「会社を手伝ってほしい」との誘いを受け、入社を決意しました。希望の営業職は、当時女性では叶わず、貿易担当としてキャリアをスタートさせました。

ーー社長就任までにどのような経験をされましたか。

寺田佐和子:
その後、大学時代に取得した経理関連の資格を活かせる管理本部へ異動し、財務経理業務を中心に決算処理やシステム関連業務を長く担当しました。その中で、育児休暇制度の自ら最初の利用者として、二人の子育てをしながら、管理本部長を務めました。保育園や学童保育を活用しながら勤務し続けた経験は、現在の重要な礎になっております。また、管理会計をしっかり把握できたことは、会社を俯瞰して見ることに非常に役立ちました。その後、コロナ禍だった2020年8月に社長に就任しました。

社員が誇れる会社へ ワイ・ヨットの変革

ーー会社を引き継がれて、社長として会社をどう導いていきたいとお考えになったのでしょうか。

寺田佐和子:
2つのことを強く心に誓いました。1つは、特定の人に頼るのではなく「みんなが活躍できる会社にしたい」ということ。もう1つは「社員がワイ・ヨットという会社に誇りを持てるようにしたい」ということです。また、寺田家として、事業を次代にきちんと承継していくことも、自分の使命だと考えています。

ーービジョンを実現するために、何から着手されましたか。

寺田佐和子:
まず、社内に根付いていた「お得意様を引き立てるのが卸の本分。ワイ・ヨットという名前を表に出して商売しない」という文化を変えることから始めました。外部のデザイナーと共にロゴを刷新し、経営理念やバリューを明文化することで、「ワイ・ヨットらしさ」を社員全員で共有する基盤をつくりました。また、値引き、安売りに頼らない、「良い商品を、その価値をしっかりと伝えて売る」という方針を推し進めました。

ーーその新しい方針を、お客様が目に見えるかたちで示した象徴的な取り組みなどはありましたか。

寺田佐和子:
2023年11月に麻布台ヒルズにフラッグショップを「ワイ・ヨット ストア」としてオープンしたことです。これまでも数店舗の直営店を運営して来ましたが、麻布台ヒルズでは、初めて「ワイ・ヨット」の名前を冠した店舗をオープンしました。この出店を機に、ワイ・ヨットという社名を広く世の中にアピールし、「上質なキッチンウェアならワイ・ヨット」というイメージを確立していきたいと考えています。

リビング・ダイニング業界のリーディングカンパニーを目指して

ーー今後の事業におけるビジョンをお聞かせください。

寺田佐和子:
リビング・ダイニング業界のリーディングカンパニーになることを目指しています。商社としての強みを活かし、自社で企画開発するオリジナル商品と、国内外からセレクトした素晴らしい商品をキュレーションし、お客様にご提案していきたいです。作り手の思いが込められた、長く使える良い商品を届けることで、「暮らしを豊かにしたい」と思ったときに、真っ先に想起していただける存在になりたいですね。

ーービジョン実現のために、特に注力していくことは何ですか。

寺田佐和子:
情報発信力の強化です。これまでは店頭でスタッフが商品の機能や使い方を説明するのがお客様との主な接点でしたが、これからは、店舗に加え、自社メディアやSNSなどを活用して、商品の背景にあるストーリーや作り手の思いをお客様へ届けていきたいと考えています。前述のワイ・ヨット ストアでも、インフルエンサーを招いたインスタライブなど、新しい取り組みを始めています。

また、「みんなが活躍できる会社」という点では、社内研修を充実させ、社員一人ひとりの成長を支援していくつもりです。

ーー最後に、今後の会社の成長を支える「人」や「組織」について、社長のお考えをお聞かせください。

寺田佐和子:
企業の成長を支えるのは、間違いなく「人」です。私自身が子育てをしながら仕事を続けてきた経験から、社員一人ひとりがライフステージの変化にしなやかに対応しながら、安心して長く働ける環境を整えることは、経営者の責務だと考えています。その結果、女性の活躍を推進する企業としての「えるぼし」認定を国からいただきました。環境や健康に配慮した商品を扱う企業として、こうした社内の取り組みが、SDGsに関心が高い若い世代の方々にも伝わると嬉しいですね。社員がいきいきと働くエネルギーが、お客様の暮らしを豊かにする力になっていく。そう信じて、これからも社員と共に歩んでいきたいと思います。

編集後記

創業家に生まれた責任感から、自らの手で会社の未来を切り開くことを決意した寺田氏。その言葉の端々からは、「社員が誇れる会社をつくりたい」という静かだが、確固たる意志が感じられた。麻布台ヒルズへの出店は、長年裏方に徹してきた老舗商社が、自らの名を掲げ新たなステージへと踏み出した大きなマイルストーンである。寺田氏が率いる変革の物語は、まだ序章を終えたばかりなのかもしれない。

寺田佐和子/神戸商科大学(現・兵庫県立大学)商経学部卒。株式会社オンワード樫山を経てワイ・ヨットへ。2014年取締役管理本部長、2020年8月から代表取締役社長。プライベートでは大学生と高校生の母。美味しいお酒と肴の探求と、ランニング、陸上観戦が趣味。