
関西を中心に和食・寿司店を幅広く展開し、日本の食文化の伝統を守り続ける株式会社GANKO。同社は長年培ってきたブランドイメージを大切にしつつ、若年層や女性といった新たな顧客層の獲得を目指している。そのために新業態の開発やリブランディングに積極的だ。代表取締役社長の小嶋達典氏は、料理修業を経て、顧客視点を学ぶために電機メーカーで勤務したというユニークな経歴を持つ。現場での経験と異業種で得た学びを融合させ、従業員の幸福と会社の成長を追求する。同氏にその経営戦略と今後の展望について詳しく話を聞いた。
家業を継ぐ使命感と「本物」を知るための料理修業
ーー幼い頃から、お父様が創業された会社を継ぐという意識はあったのでしょうか。
小嶋達典:
物心ついた頃に「寿司屋になる」と周囲に話していたようです。自分でもはっきりと意識し始めたのは、高校生や大学生の頃です。当時は会社の経営状況や売上といった具体的な数字を気にしていたわけではありません。しかし、「将来は自分がこの会社を担っていくのだろう」という、ある種の使命感のようなものは漠然と感じていました。
そのため、大学4年生の時、一般的な就職活動はせず、自分の修業先を探していました。
ーー社会人としてのキャリアはどのようなスタートだったのでしょうか。
小嶋達典:
厳しいことで知られる京都の割烹料理店にお願いして、働くことにしました。父が経営していた店は、幅広いお客様に楽しんでいただくことを目的とした、大衆向けの価格帯でした。だからこそ、その対極にある高級割烹の世界を一度は経験したいという強い思いがありました。
本物を知らなければ、お客様に本当に価値のあるものを、適正な価格で提供することはできないと考えたからです。たとえば、最高級の魚がどのようなもので、どう扱われるのか。人間国宝が手がけたような器が、料理をどう引き立てるのか。そういった一流の世界を知ることで、自分たちの商売の立ち位置や、目指すべきクオリティの基準が見えてくると判断しました。
ーー京都の割烹料理店での修業時代は、どのような毎日でしたか。
小嶋達典:
1日の立ち仕事が18時間に及ぶことも日常茶飯事で、想像以上に厳しい環境でした。大学時代にラグビーで鍛え上げた体力には自信がありましたが、それでも足がぱんぱんに腫れ上がるほどでした。しかし、「途中で辞めるのは恥ずかしい」「一度決めたことはやり遂げたい」という一心で耐え抜きました。
厳しい環境でしたが、幸いにもそれほど大きな規模の店ではなかったので、皿洗いから始まり、焼き場、仕込みと、調理場のあらゆる仕事を経験することができました。料理の技術はもちろん、本物の器に触れられた経験は大きかったです。数々の名品を実際に使い、その扱い方を学ぶ中で、料理とは単に味だけでなく、器や空間を含めた総合的な体験なのだと実感しました。高級割烹の世界で得た知識や感覚は、間違いなく今の私の仕事の基礎となっています。
机上の空論ではない 生きた顧客感覚を養ったサラリーマン時代

ーー割烹料理店での修業を終えた後、どのように過ごされたのでしょうか。
小嶋達典:
「飲食業を継ぐにしても、一度はサラリーマンを経験した方がいい」と思い、電機メーカーへ転職することにしました。私たちのお店に来てくださるお客様の多くは、企業で働くサラリーマンの方々が中心です。その方たちが、どのような感覚でお金を使い、どのようなことにつながりを求めているのか。それを本当の意味で理解するためには、自分も同じ立場に身を置く必要があると考えました。
ーーなぜ、数ある業種の中から電機メーカーを選ばれたのですか。
小嶋達典:
ご縁があったというのが一番ですが、飲食とは全く異なるものづくりの現場を経験できることに魅力を感じました。また、大きな組織の中での営業という仕事を経験できることに惹かれました。飲食店の経営者の視点で見ていると、お客様が使うお金も「客単価」という数字で捉えてしまいます。そうではなく、一個人が汗水流して稼いだ給与の中から、どういった価値判断で外食にお金を使ってくれるのか。そのリアルな感覚を養いたかったのです。
ーー電機メーカー勤務時代のお話をお聞かせいただけますか。
小嶋達典:
最初の1年間は工場で製品について学び、残りの1年間は営業として働きました。サラリーマンの方々の日常を、まさに当事者として体験できたことは、何物にも代えがたい経験です。
「華金」の過ごし方一つとっても、想像とは全く違いました。飲食店側が期待する金曜日ですが、実際には「軽くつまむ程度でいい」と考えるお客様も多いものでした。お客様一人ひとりの生活背景にまで思いを馳せることができるようになったのは、この2年間の経験があったからです。机上の空論ではない、生きた顧客感覚を身につけることができました。
現場からの再出発を経て確立した「らしさ」を追求する信念
ーー貴社に入社されてからのことを教えてください。
小嶋達典:
計4年間の修業を終え、弊社へ入社し、まず店舗のホール担当から始めました。京都の割烹で経験を積んだとはいえ、弊社の店の料理や運営方法は全くの別物です。お客様と直接触れ合う最前線の仕事から、もう一度一から学び直す必要があると考えました。
そして、いくつかの店舗で現場経験を積み、入社7年目頃に京都で新しくオープンする和食店の店長を任されました。これが私にとって初めての店舗管理の仕事であり、大きな挑戦でした。会社から与えられたメニューを、いかにお客様に楽しんでいただける形でお届けするか。従業員たちとどうコミュニケーションをとり、チームとして最高の力を発揮するか。日々試行錯誤を重ねる毎日でした。
その後、営業企画や営業部長といった役職を経て、社長に就任しました。
ーー経営者として最も大切にしていることは何ですか。
小嶋達典:
それは「らしさ」を追求し続けることです。飲食店の料理が美味しいのは当たり前です。そうではなく「あのお店の、あの料理が食べたい」「あのスタッフに会いたいから行く」というように、お客様にとって唯一無二の価値を提供すること。それこそが、私たちが目指すべき「がんこらしさ」だと考えています。
ーーその「がんこらしさ」は、どのようにつくられているのでしょうか。
小嶋達典:
「らしさ」の源泉は、そこで働く従業員一人ひとりの個性にあると捉えています。だからこそ、私は常々「お客様が真に喜んでくれることは何か」を考え、実践することを促しているのです。ここで重要なのは、主語を間違えない点にあります。「私たちがお客様を喜ばせる」のではなく「お客様が喜んでくれることをする」。独りよがりなサービスではなく、お客様の心に寄り添ったおもてなしこそが本物です。この視点の違いが「らしさ」を生むと信じています。
従業員の個性を信じる組織づくりとブランドイメージの革新

ーーどのような組織づくりを心がけていますか。
小嶋達典:
従業員の個性を尊重するために、現場を信頼し、大幅な裁量権を委譲しています。基本的なマニュアルはありますが、それ以上のことは各店舗の店長に任せています。店の立地や客層によって、お客様が求めるものは全く異なります。梅田の繁華街の店舗と郊外の店舗では理想の店のあり方は違って当然です。だからこそ、現場が自ら考え、チャレンジすることを推奨しています。失敗を恐れる必要はありません。目的が「お客様に喜んでいただくこと」である限り、やり方は何度でも修正すればいい。それだけのことです。
ーー貴社の事業の強みと、今後の戦略についてお聞かせください。
小嶋達典:
和食と寿司を事業の軸としながら、幅広い年齢層や利用動機に対応できる点が弊社の強みです。しかし、時代の変化とともにお客様のニーズも多様化しています。特に若い世代の方々にとって「がんこ」というブランドが少し敷居の高いものに映っているという課題がありました。そこで、とんかつやハンバーグといった新しい業態の店舗を、これまでとは全く異なるブランド名で展開しています。
たとえば、デミグラスソースが自慢の洋食店「米デミ」や、食事をメインに楽しんでいただく和食店「二条茶寮」などです。これらの店では、あえて「がんこ」の名前を出さないお店もあります。まずはブランドイメージにとらわれず、純粋に店の雰囲気や料理を気に入っていただくことで、新しいお客様との接点をつくっていく所存です。
究極の目標「四方よし」 企業を取り巻く全ての幸福追求
ーー従業員の働き方についてはどのような取り組みをされていますか。
小嶋達典:
飲食業界が「きつい、汚い、危険」の3Kと言われた時代を私自身も経験しました。しかし、それでは優秀な人材は集まりませんし、従業員が幸せに働くことはできません。適正な労働時間で、しっかりと成果を出し、正当な評価を受けられるようにします。そして、「この会社で働けてよかった」と、従業員本人だけでなく、そのご家族にも誇りに思ってもらえるような環境をつくること。それが、経営者としての私の責務だと強く感じています。
ーー今後の店舗展開については、どのようなビジョンをお持ちですか。
小嶋達典:
国内での店舗展開は、会社の成長戦略としてだけでなく、従業員のキャリアプランのためにも不可欠だと捉えています。会社が成長し、新しい店舗が増えなければ、店長や調理長といった魅力的なポジションも生まれません。従業員が常に目標を持てる環境をつくり続ける。それが組織全体の活気とモチベーションにつながります。そのためにも、積極的に出店を続けていきたいです。
ーー事業の未来像として、飲食店の運営以外に考えていることはありますか。
小嶋達典:
これまでは店舗でお客様に直接サービスを提供する個人向け事業が中心でした。今後は法人向け事業も新たな柱として育てていく方針です。弊社には、複数の店舗に食材や半調理品を供給する施設(セントラルキッチン)があります。この機能を活用し、他の飲食店や施設に私たちの商品や食材を販売するなど、新たなビジネスの可能性を模索中です。
ーー最後に、目指す企業の理想像についてお聞かせください。
小嶋達典:
弊社のロゴは、「G」を4つ組み合わせたデザインになっています。これは、「お客様」「従業員」「社会」「会社」という、私たちを取り巻く4つの存在を象徴しています。これら4つの全てにとってよい影響を与え、共に発展していく「四方よし」の実現こそが、私たちの究極的な目標です。お客様に喜ばれ、従業員は幸せに働く。事業で社会に貢献し、結果として会社も成長する。この好循環を、これからも愚直に追求し続けていきます。
編集後記
料理修業を経て電機メーカーへ。小嶋氏のユニークな経歴は、「顧客視点を理解する」という一点に集約される。厳しい修業で本物を知る眼を養い、畑違いの世界で生活者の実感を肌で学ぶ。その両輪の経験が「お客様が主語」という揺るぎない信念を育んだ。従業員の成長と幸福を会社の未来そのものと捉え、誠実に挑戦を続ける同社の歩みは、確かな未来へと続いている。

小嶋達典/1968年、大阪府生まれ。佛教大学卒業後、京都の老舗料亭で料理人として修業を開始する。1995年、三洋電機株式会社に入社。1997年父親である小嶋淳司氏が創業した、がんこフードサービス株式会社(現・株式会社GANKO)に入社。入社後は、店舗勤務や大型店の店長、本社の商品企画、関連会社の社長などを歴任。2007年5月、同社常務取締役企画本部長、2013年10月、取締役副社長兼営業本部長就任を経て、2018年8月に代表取締役社長に就任。