
電動化や自動運転技術を始めとした先進技術の進化により、「100年に一度の変革期」を迎えている自動車業界。その激しい変化の渦中において、千葉県内に27の新車販売拠点を構え、地域に根差したサービスを提供する自動車ディーラーが株式会社千葉マツダである。経済産業省が認定する「健康経営優良法人ホワイト500」にも選出される同社は、お客様との強い絆の追求と同時に、社員一人ひとりのエンゲージメントを何よりも重視する企業姿勢で知られる。
大きな時代の変わり目に、次の成長を見据えた企業風土改革に取り組んできたのが、三代目として家業を継ぎ、元銀行員の経歴を持つ代表取締役社長、大木康正氏だ。リーマンショックという未曾有の逆境を乗り越え、社員が主役となる強い組織をつくり上げた経営哲学に迫る。
銀行員から家業を継承した三代目の決意
ーー社長に就任されるまでのご経歴について、お聞かせいただけますか。
大木康正:
私は創業者である祖父の代から数えて三代目になります。もともと将来的に事業を継承するイメージは漠然とありましたが、すぐに家業に入ったわけではありません。大学卒業後は社会経験を積むために住友銀行(現・三井住友銀行)に就職しました。金融業界には40歳頃まで在籍し、国内支店を経て国際部門でロンドンに駐在していた経験もあります。その後、当社に入社したのは2005年、今から20年近く前のことになります。当時はマツダが経営構造の変革を進め、ブランド再生とグローバル成長への飛躍を遂げた時期でした。
ーー金融業界から自動車ディーラーの世界へ移られて、どのような違いを感じましたか。
大木康正:
銀行時代は法人引取が中心で、「金融」という目に見えないものを扱い、大きな組織の中で担当者として仕事をしていました。一方、千葉マツダでは経営者として、「車」という形ある商品を扱うことになりました。自動車ディーラーは販売や整備を通じてお客様との距離が非常に近くなる仕事です。ご購入後も点検や買い替えなどを通じて、お客様のカーライフに寄り添い続ける、まさに「人のビジネス」であると強く感じました。商品の出来にも業績が大きく左右されたり、週末に販売が集中したりといった、ダイナミックな事業の動きも非常に新鮮でした。
ーー入社された当時、会社にはどのような印象を持たれましたか。
大木康正:
自動車ディーラーという仕事自体は、幼い頃から父が働く姿を見ていたので、ある程度のイメージはありました。その上で、実際に入社してみて、お客様と直接関わる仕事の奥深さ、そしてそこで働く社員一人ひとりの重要性を改めて感じた次第です。私自身が直接、車の営業に携わったわけではありませんが、社員たちを通じて現場を学び、メーカーとのコミュニケーションを円滑に進める役割を担うことから始めました。
リーマンショックの荒波を越えた経営判断
ーー社長にはどのようなタイミングで就任されたのでしょうか。
大木康正:
社長を引き継いだのは2008年です。多くの方がご記憶にあるかと思いますが、リーマンショックが世界を揺るがした年でした。自動車業界も打撃を受け、販売台数が急激に落ち込むなど、非常に厳しい時期のバトンタッチでした。幸い、リーマンショック以前から店舗数見直しや新卒採用の抑制など、固定費の圧縮に取り組んでいたため会社の業績自体は黒字経営が維持出来ていました。しかしながら、縮小均衡の経営は販売台数の減少を招き、長期的にはお客様も年々減っていました。入社から4年ほどが経ち、会社の状況も理解し始めていた頃でしたので、「自分がやるしかない」という覚悟で臨んだことを覚えています。
ーー社長就任当時、どのような思いを抱いていましたか。
大木康正:
「リーマンショックは、そうした顧客減少の流れに拍車をかけるかたちになり、このままでは将来の経営が立ち行かなくなる」という強い危機感を抱くようになりました。お客様が減るということは単に売上が減るというだけではなく、お客様との接点を減らし企業としての存在意義そのものが問われる問題だと痛感しました。また、「厳しい状況だからこそ、これまでと同じやり方では未来はない」と感じていました。そして、以前から課題だと感じていたことに着手するチャンスでもあると考えていました。具体的には、社内のコミュニケーションをより活性化させ、企業風土そのものを抜本的に変えていきたいという強い思いがあったのです。トップダウンで数字を追いかけるだけではなく、社員が自発的に動けるような組織の土台をつくり直す必要性を感じていました。
ーーリーマンショックという未曾有の危機を、どのように乗り越えられたのですか。
大木康正:
ちょうどその頃、国内マツダグループ全体で企業風土を変革する「マツダ営業方式」という取り組みが始まりました。これは単なる営業手法の変更ではなく、働く上での共通の価値観を持って仕事をする、いわば風土改革です。この改革の考え方が、私が目指していた方向性と完全に一致しており、弊社が危機を乗り越え、さらに成長していくための大きな転機となりました。
風土改革から始まった全社一丸の挑戦

ーー「マツダ営業方式」とは、どのような考え方が軸になっているのでしょうか。
大木康正:
その根底にあるのは、「私たちが目指すのは、私たち自身の幸せである」という非常にシンプルかつ本質的な考え方です。お客様に喜んでいただくことはもちろん大前提ですが、そのために先ずは働く私たち自身が幸せでなければ、本当の意味で良いサービスは提供できない。チームワークを育み、自己研鑽を積むことを通じて継続的な成果を出し、それが最終的に自分たちの幸せにつながる、という考え方になります。
この企業風土改革に、当社も本格的に取り組み始めました。折しもマツダが提示した、車づくりにおける革新「ものづくり革新」の時期と重なり、顧客との関係性を強化し、絆を深めるための革新「お客様とのつながり革新」を両輪で回していこうという機運が高まっていたのです。
ーー企業風土を改革するために、具体的にどのようなことから始められたのですか。
大木康正:
まずは全社や店舗で集まる機会を増やし、社員の考え方を変えていくための対話に注力しました。たとえば、店舗ごとの月次ミーティングです。これは単なる業績報告会ではなく、一つのテーマを掲げて全スタッフが共有する価値観に照らし合わせ原因を深掘りする時間にしました。そこでは「相手を否定しない」というコミュニケーションの絶対的なルールを設け、店長は発言せず、ひたすらメンバーの話を聞く側に徹しました。最初は戸惑いもあったようですが、地道に続けるうちに、若手社員からも活発な意見が出るようになり、社内が少しずつ活性化していくのを肌で感じました。
また、社員が主体的に会社づくりに関わる仕組みもスタートしました。「いい会社プロジェクト」という取り組みがその一つです。毎年、営業やサービス、事務といった異なる職種のメンバーを十数名、公募や推薦で集め、1年間、毎月本社で「どうすれば、いい会社になるか」を徹底的に話し合います。最終的には、先進的な取り組みをされている他社へ企業視察にも行きます。普段の業務から離れ、会社の未来を自分ごととして考える経験は、参加した社員を大きく成長させました。目先の売上やコスト削減ではなく、こうした企業風土という土壌を良くすることに時間をかけ投資を行いました。
また、先にお伝えした「マツダ営業方式」が大切にする考え方の一つに「称賛」があります。素晴らしいパフォーマンスを上げた人や、善い行いをした人を、皆で称賛する文化です。それは単に車を売ったということだけではありません。お客様の困りごとを親身になって解決したり、仲間の仕事を助けたりといった、日々の小さな貢献も含まれます。
この「称賛」の気持ちを共有するために「ありがとうカード」という仕組みをつくりました。称賛すべきことに気づいた人がカードに感謝の言葉を書き、皆で共有する。記憶から消えてしまわないよう、形に残して共有することで、称賛が個人の自己満足で終わらず、組織全体の価値観として定着していくと考えています。
ーー改革の手応えを感じられた、象徴的な出来事はありましたか。
大木康正:
こうした取り組みが実を結び始めたのが、2011年の東日本大震災があった頃です。地域全体が未曾有の事態の中で、社員たちが自発的に助け合い、「お客様のために何ができるか」を考え、行動してくれました。その姿を見て、社内に強い一体感が生まれたことを確信しました。それが一つの大きなきっかけになったと感じています。そこに新しい魅力的な商品も登場し、会社として業績を大きく伸ばしていくことができました。
称賛と対話が生み出す高いエンゲージメント
ーー社内風土改革を経て、社員の方々にはどのような変化が見られましたか。
大木康正:
プロジェクトを始めた頃の社内アンケートでは、「仕事にやりがいを感じていないが、現状には満足している。」という、どこか受け身な声が多く聞かれました。その意識が大きく変わったと思います。
現在、グループ全体で実施している「エンゲージメントサーベイ」(※)では、当社はマツダグループ内の他販社と比較して、かなり上位に位置しており、社員のエンゲージメントは非常に高くなっています。意識が変わり、そこに成功体験が積み重なる。そして会社がグループ内で高い評価をいただくことが、社員のさらなるモチベーションにつながるという、理想的な好循環が生まれています。
(※)エンゲージメントサーベイ:従業員の組織に対する貢献意欲や信頼度(エンゲージメント)を測る調査。
ーー経営者として、組織づくりにおいて最も大切にされている価値観は何ですか。
大木康正:
当社が掲げる「夢・感動・笑顔 ともに創ります。」という企業理念、その価値観を社員と共有することです。組織が同じ方向性を持っていないと、本当の意味で力は発揮できません。社員に話を聞いてもらえれば、この理念が自然と出てくるはずです。言葉にして伝え続けることは、組織の文化をつくる上で本当に大切だと考えています。
多様性を受け入れ未来を拓く組織づくり

ーー今後、会社としてどのような存在でありたいとお考えですか。
大木康正:
千葉県内において圧倒的な存在感があり、お客様から支持される会社でありたいです。もし当社がこの地域からなくなったときに、「別に困らない」と思われるようではいけません。地域から「必要とされる会社」になることが私たちの目標です。そのために、会社として大きな方針を示すだけでなく、各店舗がそれぞれ「ありたい姿」を明確に持ち、自分たちで年間の計画書を作成し、主体的にアクションを起こせるような組織づくりを進めています。
ーー目標の実現に向けて、現在どのような課題に直面していますか。
大木康正:
ご存じの通り、自動車業界は「100年に一度の変革期」の真っ只中にあります。人口減少が進む中で、過去に誰にも経験したことのない局面に立たされているのです。限られた経営資源を、県内のどのエリアに、どれだけ投資していくか。その優先順位付けは、経営者として常に悩ましい問題です。また、人財の採用と育成は大きな課題で、たとえば整備士を目指す若者は年々減少しており、業界全体で人財確保が難しくなっています。
ーー人材確保という面では、どのような取り組みをされているのでしょうか。
大木康正:
就職を希望する学生には、ありのままの職場を出来るだけ見学してもらう取組をしています。実際の職場の雰囲気を感じていただくことで、就職後に「こんなはずじゃない」というミスマッチを防止しています。また、今や外国籍スタッフなくしては、この業界は成り立たない状況です。当社でも30名ほどの外国籍整備士が仲間として活躍してくれています。彼らにどうすれば定着してもらえるか、多様性を受け入れていく組織をどのようにつくっていくか。これは私たちにとっても大きな挑戦であり、学びの過程です。採用においては、国籍を問わず、素直で、前向きに取り組んでくれる人財に来てほしいと願っています。中小企業は、入社してくれた人をいかに育てていくかがすべてです。
ーー最後に、今後の店舗展開や人材育成について展望をお聞かせください。
大木康正:
店舗数をこれ以上、大幅に増やすことは考えていません。むしろ、今ある店舗の質を高めていく、あるいはより良いロケーションへ移していくという形になるでしょう。現在、マツダの店舗は黒を基調とした洗練されたデザインの「新世代店舗」への建て替えを順次進めており、当社の27店舗中13店舗が新しくなりました。外観だけでなく、仕事の生産性の向上、働く私たち自身のマインドも変革していく必要があります。店長などのリーダー職も、ほぼ100%を社内で育成しています。新卒で入社した社員が、さまざまな経験を積み、将来リーダーとして会社を牽引できるよう、じっくりと時間をかけて育てていく方針はこれからも変わりません。
編集後記
銀行員から家業の自動車ディーラーを継いだ大木氏。その船出はリーマンショックという逆風の真っ只中だった。多くの企業がコストカットや目先の利益確保に走る中、同氏が挑んだのは「社員の幸せ」を起点とする企業風土の改革という、最も時間のかかる根源的な課題。トップの強い意志と現場の対話で称賛の文化を根付かせたその軌跡は、企業の持続可能性が問われる現代において、長期的な組織基盤づくりこそが重要だという明確な答えを示しているように感じた。

大木康正/1964年千葉県生まれ、立教大学卒。2005年、株式会社千葉マツダに入社。2008年に同社代表取締役社長に就任。2020年、CMGホールディングス代表取締役社長に就任。地域・大学ラグビーチームや車椅子ラグビーの支援・普及活動に取り組んでいる。