
都心の中古ワンルームマンションを「自分を表現する空間」へとリノベーションする事業で、独自の地位を築くリズム株式会社。同社は、物件を販売して終わりという従来の関係性を超えることを目指し、独自のコミュニティ運営などを通じて、顧客と生涯にわたる関係性を構築している。そのユニークな事業と組織を率いるのが、代表取締役社長の齋藤信勝氏である。一貫して「人とのつながり」を事業の中心に据えてきた同氏に、その軌跡と今後の展望について話を聞いた。
独立を経て確信した人とのつながりの重要性
ーーまずは、齋藤社長のキャリアについて教えてください。
齋藤信勝:
社会人としての第一歩は、18歳で入社した不動産デベロッパーでの電話営業でした。学歴がなくても挑戦でき、成果次第で大きく稼げる給与体系に魅力を感じて飛び込んだ世界です。毎日朝から晩まで電話をかけ続ける仕事は、一般的には過酷なイメージがあるかもしれません。実際、多くの同僚が辞めていきました。
しかし、私にとっては「これほど楽で楽しい仕事はない」と感じていました。なぜなら、当時は新宿の焼きそば屋とファミリーレストランでアルバイトを掛け持ちしており、休みなく働いても月収は17万円ほどだったからです。それに比べれば、冷暖房の効いたオフィスでスーツを着て、頑張りが青天井の収入に反映されます。これほど恵まれた環境はないと思っていました。この経験が、仕事に対するポジティブな向き合い方の原点になっているかもしれません。
その後、21歳のときに上司が立ち上げる新会社に役員として参画する機会を得ました。そこでは営業だけでなく、物件の仕入れから管理部門の立ち上げまで、事業のあらゆる側面を経験しました。このときの経験があるからこそ、経営者として事業全体を俯瞰できるようになったと考えています。
ーー独立という大きな決断の裏にはどのような思いがあったのでしょうか。
齋藤信勝:
40歳という節目を前に、「自分の力を試したい」という思いが日に日に強くなっていったのが一番の理由です。当時の社長は父親のような存在で、私のために成功へのレールを敷いてくれていると感じるほど、よくしてくださいました。しかし、その恵まれた環境に安住するのではなく、自分自身の名前でどこまで通用するのか、本当に社会に認められる仕事がしたいと考えたからです。
もちろん、独立後の道のりは平坦ではありませんでした。特に、銀行や取引先との関係を一から築き直すことには大変苦労しました。この経験を通じて、「仕事は一人ではできない。人があってこそ成り立つ」ということを心の底から実感しました。独立時についてきてくれた仲間、そして新たに関わってくださる全ての方々とのつながり。それこそが、会社の最も大切な財産です。この「人とのつながりを大切にする」という思いは、今も変わらず私の、そして弊社の経営の核となっています。
画一的な住まいに終止符を打つリノベーションの真価

ーー貴社が展開するリノベーション事業の特徴を教えてください。
齋藤信勝:
日本のワンルームマンションを、単に「帰って寝る場所」から「生活を楽しむための空間」へと変えていきたい、という強い思いがあります。現代は、車やファッションなど、さまざまなモノを通じて自分らしさを表現する時代です。それに対し、人生で最も多くの時間を過ごすはずの「住まい」が、画一的で無個性なままでよいはずがありません。特に、都心でエネルギッシュに活動する若い世代には、心からワクワクできる空間で暮らしてほしいと願っています。目指しているのは、家に帰るのが楽しみになるような、友人を招きたくなるような空間です。
私たちは、家具や家電で個性を飾るだけでなく、住まいそのものが持つデザイン性やストーリーによって、住む人のライフスタイルを豊かにするお手伝いをしたいと考えています。お部屋一つひとつに対し、「自分らしい東京生活に仕立て直す」という思いを込めてリノベーションを手がけています。
ーー中古ワンルームのリノベーションという事業モデルを選ばれたのはなぜですか。
齋藤信勝:
お客様のニーズがそこにあると判断したからです。都心部では、新たにマンションを建てる土地はほとんど残っていません。一方で、職場と住まいが近いこと(職住近接)を望む若い世代やフリーランスは増え続けています。私たちは、この需要と供給のギャップに着目し、既存の建物である中古物件を丁寧に再生し、新たな価値を与えて市場に供給するというビジネスモデルを確立しました。
もちろん、これは簡単な事業ではありません。一部屋のリノベーションには、仕入れ、設計、施工など非常に多くの人が関わります。そのため、利益を確保する仕組みをつくるのは常に挑戦です。しかし、画一的な新築物件とは異なり、立地や建物の特性を活かした世界に一つだけの空間を創造できます。この事業ならではの面白さと社会的意義が、私たちの原動力になっています。
信頼から生まれるコミュニティと独自のファン戦略
ーー顧客との関係構築や組織づくりにおいて、大事にされていることはありますか。
齋藤信勝:
弊社のビジネスは、物件を売って終わりではありません。たとえば、最初は入居者様だった方が、弊社のクラウドファンディング(※1)を通じて不動産投資に興味を持ち、やがてオーナー様になることもあります。そしてライフステージの変化に合わせて、ご自宅のリノベーションをお手伝いしたり、将来の移住の相談に乗ったりと、人生のあらゆる場面で寄り添い続けるパートナーでありたいと考えています。
その実現のためには、社員自身が自立し、自分の仕事に誇りを持っていることが不可欠です。私が40歳手前で独立を志したように、社員にも自分の力を試したいという思いが芽生えるときが来ます。そのとき、会社を辞めてゼロから始める必要はありません。ホールディングス(※2)という枠組みの中で、仲間や顧客との関係性を維持しながら新しい挑戦ができる。そのような道筋を用意しています。
社員の成長と自立を支援することが、結果としてお客様への提供価値を高め、長期的な信頼関係、すなわち「ファン化」につながると信じています。
(※1)クラウドファンディング:インターネットを通じて不特定多数から資金を集める仕組み
(※2)ホールディングス:複数の会社を傘下に持つ持株会社
ーー顧客や社員との関係性を深化させるため、どのような取り組みに注力されていますか。
齋藤信勝:
お客様に対しては、入居者様とオーナー様が交流できる独自のコミュニティ「REISMサンカク」の運営に力を入れています。これは、リズムにお住まいのみなさまが、リノベーション暮らしを楽しむコミュニティサイトです。イベントや情報交換を通じてつながりを深め、単なる貸し手と借り手という関係を超えたコミュニティを育んでいます。また、DX(※3)を推進し、契約手続きなどの電子化を進めています。これにより、社員がお客様とのコミュニケーションという、より本質的な業務に時間を割ける環境を整えています。
社員に対しては、この仕事が持つ「社会的意義」を常に伝え続けています。古くなったマンションを再生し、再び価値ある資産として社会に送り出すこの仕事は、都市の価値を維持・向上させる重要な役割を担っています。この誇りが、社員のエンゲージメントを高めるうえで欠かせません。究極的には、社員が「この会社が好きだ」と心から思い、自分の友人や知人を誘ってくれるような、紹介だけで採用が成り立つ組織を目指しています。社員のファン化こそ、会社が健全に成長している何よりの証拠ですから。
(※3)DX(デジタルトランスフォーメーション):デジタル技術でビジネスや生活を変革すること
ーー最後に、会社の将来像についてお聞かせください。
齋藤信勝:
短期的には、ホールディングス内のグループ会社を現在の倍ほどに増やし、それぞれが自律的に成長している状態をつくりたいです。将来的には、リズムというブランドをさらに強化し、「ワンルームリノベーションといえばリズム」と、誰もが認める確固たる地位を築くことが目標です。事業を通じて、人々の暮らしを豊かにし、都市を活性化させていきます。その挑戦を、これからも仲間たちと共に続けていきます。
編集後記
「人があっての仕事」。齋藤氏がインタビューを通して一貫して口にしたその言葉は、単なる美辞麗句ではない。顧客と一生涯の関係を築くための独自のSNSコミュニティ。そして社員が自らの力を試し、自立するためのホールディングスという組織形態。その全てが、人と真摯に向き合うという確固たる信念に基づき設計されている。電話営業を「楽で楽しい」と語った独自の原体験から生まれた、常識にとらわれない発想と行動力が、不動産業界に新たな価値を創造していくに違いない。

齋藤信勝/1966年東京都生まれ。1984年に18歳で不動産業界に入り、キャリアをスタートさせる。1989年に株式会社トーシンワールド(現・株式会社トーシンパートナーズ)設立に伴い、役員として参画。2005年、リズム株式会社を設立し、代表取締役に就任。中古ワンルームマンションのリノベーション事業を中心に、不動産の売買、賃貸、管理などを手がける。2023年10月、ホールディングス体制へ移行し、持ち株会社として齋藤信勝株式会社を設立。同社の代表に就任。不動産を通じて人々の暮らしに楽しさと幸せを届ける使命を掲げ、業界の未来に挑んでいる。