コロナ禍のライフスタイルの変化により人の動きは活発化しているものの、不動産業界にはいまだに多くの課題が残っている。
国土交通省の2022年度の建築着工統計調査報告によると、2022年の新設住宅着工戸数は約85万9500戸と前年と比べ0.4%増え、2年連続で増加。
しかし、日本の人口減少による住宅需要の低下や、空き家の増加による地価低下など、大きな課題も山積している。
そんな中、不動産会社としてスタートし、トレーラーハウスの販売や認可保育園の開園など幅広く事業を展開しているのが、株式会社シンセン住宅販売だ。
同社の創業者である今井孝明氏は「自分自身が仕事を楽しんで、社員からこの人のもとで働いたらどうなるのだろうと期待される社長を目指したい」と語る。
地域密着型の会社として成長を続けている今井社長の思いを聞いた。
売上が好調な理由
ーー貴社は直近で急激に売上を伸ばされているようですが、売上が伸びた要因について教えていただけますでしょうか。
今井孝明:
新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言以降、家の中にいる時間が長くなり、住宅の購入を希望する方が増加したことでたくさんのお問い合わせをいただいています。
今までお世話になってきた取引先の方に土地を紹介していただき、どんどん買い付けているのですが、こちらから売り込みをしなくても次々と売れていくという状態が続いています。
これは当社が自社で仕入れから施工まで一貫して行っているため、工務店に工事を依頼している他の不動産会社よりも価格競争力があり、顧客としても購入費用が抑えられるということも大きく影響していると思っています。
現場の職人から不動産会社の社長になるまで
ーーご自身で会社を立ち上げられるまでの経緯をお聞かせいただけますでしょうか。
今井孝明:
私はもともと建築現場で働く職人だったのですが、これを続けても今以上に給料は上がらないと気付き、それなら工務店に入って現場監督の仕事をしようと思い、転職活動を始めました。
ある会社の面接に行ったときに、社長から不動産の営業の仕事をしてみないかと誘われたんです。
それまで私はずっと作業着で外仕事をしていたので、自分が一日中スーツを着て仕事をするなんて想像できず最初は躊躇しましたが、不動産営業の仕事をやり始めて1年目で年収が1000万を超え、2年目には2000万円に到達しました。
年収が3000万円になったときにはさすがに私一人の手では負えなくなって、1人2人と一緒に働いてくれる人を増やしました。
このとき自分の報酬から彼らの給料を支払っていたのですが、年収が4000万円になったときに自分で事業をやろうと決め、会社を立ち上げました。
会社経営を始めた当初は大変でしたが、自分たちで土地の買付を行うようになり、お客様に喜んでいただこうと住宅の質にこだわった結果、顧客からも信頼されるようになり、順調に売上を伸ばし、利益も確保できるようになっていきました。
ーー現場仕事から営業職に転身されていかがでしたか。
今井孝明:
営業の仕事はとても楽しくて、お客様からも「天職ですね」と言われるんです。
不動産会社の営業はたくさんいますが、その中でも私を指名してくれるお客様は多かったですね。
私が営業に従事していたときのお客様から「今度はうちの息子が住む家をお願いします」とご依頼いただくなど、昔からの付き合いのお客様は私に依頼してくださるので、経営者となり事業を掛け持ちしている今もお客様を担当しています。
ーーいろいろなお仕事を掛け持ちされて相当お忙しそうですね。
今井孝明:
仕事が楽しくてしょうがないんですよ。ただ、年齢を重ねるにつれて体力的には大変になっていきますが。
社員から期待される社長を目指す
ーー貴社はどのような雰囲気なのでしょうか。また、これからどんな方に仲間になってほしいと思われますか。
今井孝明:
今は入社したばかりの子が多くてまだ気を遣っているなと感じるので、ここから関係性を深めていきたいですね。
私たちは大きな金額が動く不動産の仕事や、お子さんたちの命を預かる保育業をしているので、従業員のみんなにも高い志を持って取り組んでほしいと思っています。
ただし、過度な期待をかけてしまうと社員にとっては大きなプレッシャーになってしまう。彼らにこちらの期待する行動を強制し、指示を出すのではなく、自分自身が率先垂範し、皆の手本となることで、皆から“この人のように仕事に取り組みたい”と思ってもらえるようにしたいですね。
こちらからノルマを課したり仕事を与えたりするのではなく、その人の強みや能力を活かしながら自主的に動いてもらえることが理想です。
以前は上場を目指していましたが、私の代では難しいなと感じたので、私の役目は、次の代に引き継げるよう社員全体のレベルを高めることだと思っています。
幅広く事業を展開している理由
ーー貴社は不動産業以外にトレーラーハウス事業や保育事業なども展開されていますが、新たな事業を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
今井孝明:
女性のお客様の中に「子どもを預かってくれるところがなくて、自分が働きに出られないから家を購入するのが難しい」とお話しされる方がいました。
そこで自分たちで保育園を作ったら、子どもを預けて外に働きに出ることで収入が安定し、マイホームの購入も視野に入ってくるのではないかと思いまして。
地域密着型の不動産会社として、少しでもみなさんに貢献できればと思っています。
その後は大阪で初となるトレーラーハウスのモデルハウスを作り、事業を開始しました。
タイヤが付いているトレーラーハウスは車体扱いとなり、コンテナハウスと違って固定資産税がかからず、建築確認などの手続きも不要なのが大きなメリットなんです。
車内は通常の部屋と似た造りでどこでも移動できるため、ホテルの代わりに使うことで訪日外国人の増加によって宿泊場所が不足している問題も解決できると考えています。
また一般のサラリーマンの方が、副業としてトレーラーハウスの貸し出しをするのも一つの方法だと思っています。
カーシェアのように自分たちが使っていないときは他の人に貸し出しをすれば、空いているときにも収益を得られますよね。
あるいはテナントを借りる場合、賃料以外にも改装費や保証金・礼金などの経費がかかりますが、トレーラーハウスであれば車の購入費だけなので、ポップアップハウスをやりたいと思っている方にもおすすめです。
その他にも、パチンコ店の駐車場の空きスペースにトレーラーハウスを停められるようにすれば、利用者から駐車場代を毎月得られるので、これからご提案していきたいと思っています。
ーー結婚相談所を始められたのはどのようなきっかけがあったのでしょうか。
今井孝明:
不動産業をしている中で地主の方とも接する機会があるのですが、娘さんの結婚相手を紹介してくれないかと相談されることが度々あったため、それならうちで結婚相談所を始めようと思ったんです。
結婚したらマイホームを購入するという方も多いので、結婚相談所の利用料は無料にする代わりに、住宅を買っていただくというサービスを行っています。
倒産寸前のときに大きな勇気をもらった出来事
ーー大変だったことやご苦労されたことについてお聞かせください。
今井孝明:
これまで大きな損益が発生したことはなかったものの、このままではまずいなと思った場面はありましたし、絶対に失敗できないというプレッシャーに耐えるのはしんどかったですね。
その中でも2011年に東日本大震災が起きたときは、倒産寸前のところまで追い込まれました。
このとき建築予定の物件が5~6件あったのですが、震災の影響で家を建てるのに必要な建材が調達できなくなってしまったんです。
工事が中断になってお客様からの支払いが見込めなくなれば、会社にお金が入って来なくなり事業が回らなくなってしまいます。
起業時から積み立ててきた資金を使っても補てんできない負債を抱えることになり、建材が翌月までに手元に届かなければもう終わりだと思っていました。
なかば諦めかけていたときに、少しでも気を紛らわせようと行ったサウナのテレビで福島の震災の報道が流れていました。
そこには、ある母親が近所の子どもを車に乗せた帰り道に津波に遭ってしまい、その母親を必死になって探している子供の姿が映っていました。
子どもたちが泥だらけになりながら母親の行方を捜す姿を見て胸を打たれ、その足で銀行に向かいお金を引き出し、被災地に届けるためにおむつやミルクが購入できるお店を探しました。
あちこちお店を回ったのですが、1人1個と数が限定されていて私だけでは必要な量を集められなかったため、チラシを配布して地域の方々からの支援物資を募集したんです。
するとトラックを1台追加しなければならないほどたくさんの物資が届いたため、職人たちと一緒に被災地へ物資を届けに行きました。
被災地に着いた時は震災発生から既に4~5日経過していたタイミングでしたが、車の中で亡くなられた方などもいて、本当に悲惨な状況でした。
それから大阪に戻った次の週に建材がいくらか確保できたという連絡が入り、これで工事が再開できる、助かったと思いました。
物資が不足している中でも当社が建材を分けてもらえたのは、危険を承知で支援物資を被災地に届けた行動が巡り巡って、私たちをピンチから救ってくれたんだろうと思っています。
私に行動するきっかけを与えてくれた福島の子どもたちには感謝の思いを伝えたいですね。
シンセン住宅のこれから
ーー貴社の今後の展望についてお聞かせいただけますでしょうか。
今井孝明:
スタッフを増やし、みんなからどんどんアイデアを出してもらって、楽しい会社にしていきたいと思っています。
仕事をやらされるのではなくて、自分から進んでこの仕事をやりたいという気持ちで働いてくれるといいなと思います。
成功できるかどうかわからなくても、とりあえず新しいアイデアを出して実行する癖をつけていってほしいですね。
編集後記
会社存続の危機に立たされたとき「津波が押し寄せる中、母親を必死で探す子どもたちに勇気をもらった」と語る今井社長。会社のことよりも被災地への支援を優先した結果、まるで巡り合わせのように吉報が届き、倒産を免れた。
今後も不動産業界の先行きは不透明だが、地域密着型企業として人とのつながりを大切にし、新しい事業を展開していく株式会社シンセン住宅販売のこれからに期待だ。
今井孝明(いまい・たかあき)/不動産会社から独立後、2004年株式会社シンセン住宅販売を設立。不動産売買やトレーラーハウス事業、リフォーム事業、保育事業、結婚相談所運営事業など幅広く展開している。