※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

お買い物アプリ「カウシェ」を運営する株式会社カウシェ。EC市場では商品を検索して購入する「目的買い」が主流である。その中で、ユーザー同士の交流や偶然の出会いから購買意欲を喚起する「発見型」の体験を提供し、急成長を遂げている。背景には、代表取締役の門奈剣平氏が持つユニークな経歴と、創業後の大きな事業転換という苦難の経験があった。売上9割減の危機を乗り越え、新たなECの形を創造しようとする同社。今回は門奈氏に挑戦と先に描く未来像について話を聞いた。

ゼロから200名規模への成長で学んだリーダーシップ

ーーこれまでの経歴についてお聞かせください。

門奈剣平:
私は父が日本人、母が中国人の日中ハーフです。15歳まで上海の現地校で育ったため、当時は日本語が使えませんでした。高校から日本に来て、大学1年生の頃から当時スタートアップ企業だった株式会社Loco Partnersに参画しました。

学生時代からスタートアップで働いているのは、両親が共に自営業を営んでいたことが大きいと思います。父は東京で建築設計の事務所を、母は上海でレストランを経営していました。苦労する姿も見てきましたが、それ以上に自分の仕事に充実感を持ち、楽しんでいる様子が私の原体験としてあります。そのため、大企業に所属するよりも、何か新しいものを生み出すスタートアップの世界に自然と引かれました。

ーーLoco Partnersではどのような経験を積まれたのでしょうか。

門奈剣平:
代表しかいない会社に2人目のメンバーとして入社し、セールスやマーケティングなどの実務から始めました。最終的には海外事業の担当執行役員として中国に3年間駐在し、年間約50億円規模のビジネス責任者を務めました。その後、組織が200名規模に成長するまで、約8年間在籍しました。受託サービスから自社サービスを立ち上げ、資金調達を経て大手企業にM&Aされるまでの一連の流れを経験できたのは幸運でした。

スキル面はもちろんですが、最も代えがたいのは、困難な状況におけるリーダーの判断や行動を間近で見られた経験です。自分たちより何倍も大きな企業と対峙する際にどう振る舞うのか、難しい局面で仲間をどう導くのか。そうした場面ごとのリーダーシップのあり方を学べたことが、今の私の礎になっています。

発見型ECの仕組みと驚きの低価格を実現する秘訣

ーー貴社の事業内容と特徴を教えてください。

門奈剣平:
弊社が提供する「カウシェ」は、食品や日用品といった消費財をお得に購入できる買い物アプリで、アプリのダウンロード数は500万を突破しています。最大の特徴は、買い物にソーシャル性やエンターテインメント性を持たせている点です。ユーザーはInstagramのようにタイムラインを眺めながら商品を発見し、他のユーザーの投稿を見て購入を決める「発見型」の体験ができます。そのため、検索から購入する方はほとんどいません。

ーー貴社事業の着想はどこから得たのですか。

門奈剣平:
直接のきっかけは2020年の独立直後、コロナ禍で商業インフラや人々の交流が制限される世の中を見たことでした。中国駐在時に見たモバイル決済やECが人々の日常をアップデートしていく光景が、常に頭の中にありました。しかし、日本ではまだその領域のインフラが不足していると感じ、ここに人生をかけようと決意しました。

ーーユーザーからはどのような声がありますか。

門奈剣平:
主なお客様は30〜60代の女性で、ご家庭の消費における意思決定権を持っている方々です。買い物後の食卓の様子やお子さんが喜んでいる姿などを投稿してくださり、そうした生活に寄り添ったコミュニケーションが、他の方の購買意欲を刺激する好循環を生んでいます。

ーー貴社のビジネスモデルについて教えてください。

門奈剣平:
弊社のサービスには、まだ買うものが明確に決まっていないお客様がたくさん訪れます。これは、「目的買い」のコンビニエンスストアと、「宝探し」のようなドン・キホーテの違いに似ています。お客様がサービスに滞在し、商品を探し回遊していただけるので、出店企業様は検索広告費をかける必要がありません。弊社は広告費をいただかない代わりに、出店企業様には価格を抑えて商品を販売していただいています。これにより、検索せずとも商品が多くの方に目に留まり、売れるという仕組みです。

売上9割減の苦難を越えた事業転換とV字回復の軌跡

ーーこれまでの事業で、ターニングポイントとなった出来事はありますか。

門奈剣平:
2023年に行った事業の方向転換が最大のターニングポイントであり、乗り越えた最大の苦難です。当初、複数人で一緒に購入するとお得になる「シェア買い」をコンセプトに掲げていました。このコンセプトで150万ダウンロードを達成し、30億円以上の資金調達も実現するなど、順調なスタートを切っていました。しかし、その後、想定ほどそのコンセプトが広がらなかったのです。苦渋の決断でしたが、「シェア買い」を中止しました。これにより、当時の売上は約9割減少しました。

試行錯誤の末、現在の「発見型」のモデルに再スタートを切った結果、売上は一番底の状態から207倍にまで成長し、過去最高を大きく上回ることができました。

この経験はまさにジェットコースターに乗っているかのようでしたが、変化を恐れず行動しなければ、この転換は成し遂げられなかったでしょう。私自身もチームも恐怖を背負っていましたが、考え抜いた末にそれが「背負う勇気」に変わりました。この経験から、今では企業バリューの最初に「変化を愛す」を掲げています。

目的なく訪れる楽しさ デジタル上の「駅前」という構想

ーー5年後、10年後にどのような社会や企業を目指していますか。

門奈剣平:
弊社が目指すのは、人間味のある「デジタル上の生活圏」をつくることです。かつて商店街での雑談から買うものが決まっていたように、テクノロジーが進化する中でも、人間でしか作れない温かい交流の接点をデジタル上に生み出したい。その思いを「新しい生活圏のカタチをつくる」というビジョンに込めています。

10年後には、「カウシェ」がデジタル上の「駅前」のような空間になることを目指しています。駅前には目的がなくても、本屋やカフェに立ち寄ることで新たな発見があります。そんな「駅前」のような空間を、地域に縛られず、誰もが好き好んで訪れられるよう、デジタル上につくりたいのです。

現在のアプリの1日あたりの平均滞在時間は30分を超えています。これは目的買い中心のECと比較すると非常に長い数値です。この「滞在」こそが、私たちの目指す世界の入り口だと考えています。

ーーそのビジョン実現のために、今、何に最も注力していますか。

門奈剣平:
採用に注力しています。「デジタル上の生活圏」をつくるためには、ECに限らず、お客様が楽しく滞在できる新たなサービスを立ち上げる必要があります。そのためには、未来の事業責任者となる人材が必要です。ユーザーに満足いただきながら、裏側では強力なビジネスを成り立たせていく。その両面を担える人材を、全方位で募集しています。

ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。

門奈剣平:
弊社は、まだまだ変化と非連続を起こし続けていくベンチャーです。消費・小売の世界には、弊社の数百倍もの規模を持つ巨大な企業が存在します。この大きな市場の中で、弊社は検索による目的買いではなく、「探索」や「発見」という買い物の本丸で価値を創造しようとしています。オンラインの中に「新しい生活圏のカタチをつくる」という挑戦を、一緒に目指せる方をお待ちしています。

編集後記

単なるECアプリの枠を超え、人間味のある「デジタル上の生活圏」をつくるという門奈氏のビジョンに、テクノロジーと人の温かさを融合させようとする強い意志を感じた。売上9割減という絶望的な状況からV字回復を成し遂げた経験こそが、その壮大な挑戦を支える揺るぎない土台となっているのだろう。同社が描く新しい買い物の未来に、期待せずにはいられない。

門奈剣平/1991年生まれ。父親が日本人、母親が中国人の日中ハーフ。2007年まで上海で育ち、中学2年生の頃から日本語学校に通い始める。その後、慶應義塾高等学校への進学を機に来日。2015年慶應義塾大学 環境情報学部を卒業。大学在学中の2012年より、ホテル・旅館の予約サービス「Relux」を運営する株式会社Loco Partnersへ2人目のメンバーとして参画。シード期からM&A後のPMI(経営統合)までを経験。海外事業責任者・中国支社長として年商50億円規模への事業成長に貢献し、執行役員に就任。2020年4月、株式会社カウシェを創業し、代表取締役に就任。強みはチームビルド、大型提携、アジア展開。