※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

世の中の「かわいい」を探求し、多様なキャラクターコンテンツを世に送り出す株式会社アミューズ。1990年の創業以来、ぬいぐるみや雑貨の企画・製造を手がけ、とりわけアミューズメント施設向けの景品メーカーとして独自の地位を築き上げてきた。その歴史は、時代の変化を読み解きながら事業の軸を柔軟に変え、常に新しい価値を創造してきた挑戦の連続だ。親の会社を窮地から救い、その後独立して同社を創業した代表取締役社長の飯島充実氏に、その波瀾万丈な道のりや、心の琴線に触れる「かわいい」を追求するものづくりの哲学、そして社員や社会への深い思いについて話をうかがった。

家業を立て直し、玩具業界での経験を礎に独立へ

ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。

飯島充実:
新卒で株式会社バンダイに入社し、ホビー事業部に所属しました。ちょうど『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』のプラモデルが次々と発売され、世の中が熱狂していた時代です。仕事は非常に多忙でしたが、仕事に情熱を燃やす素晴らしい上司に恵まれ、ビジネスの基礎から多くのことを学びました。

もともとバンダイでは海外事業に携わりたいと考えていましたが、実は親の会社である株式会社大国屋は当時、廃業を考えるほど厳しい経営状態でした。親からその話を聞いた時、胸が締め付けられる思いがしました。学生の頃から実家の手伝いをしていたので、全くの未経験ではありません。しかし、バンダイという大きな組織の中で結果を出すため、がむしゃらに働いた3年間を経て、家業を立て直すために大国屋に入社することを決意したのです。

ーー大国屋では、どのような業務を担当されたのでしょうか。

飯島充実:
おもちゃメーカーから特価商品を仕入れて福袋として問屋に卸したり、縁日などの露店を営む業者に直接販売したりしていました。その後、コンビニエンスストアが増え始めたのをきっかけに、コンビニエンスストア向けの商品も取り扱うようになりました。しかし、流通形態の変化で問屋の手数料が増え、利益が出なくなったのです。そこで問屋への卸は縮小し、縁日業者向けの商品を自社でつくるように事業内容を変え、卸と直接販売の両方で売上を伸ばしていきました。

「かわいい」を追求するオリジナルキャラクター開発への転換

ーーその後、どのような経緯で会社を設立されたのでしょうか。

飯島充実:
大国屋で働いている時に、アミューズメント施設の景品として特売品が使われていることを知りました。これがアミューズメント業界へ進出するきっかけとなり、景品用の商品もつくるようになったのです。その後、事業の成長を機に親から独立を勧められ、妻と社員、アルバイトの4人で株式会社アミューズを立ち上げました。

ーー起業後、事業はどのように発展していったのでしょうか。

飯島充実:
会社を立ち上げて3〜4年が経った頃、事業の転換期を迎えました。当初は、大手企業が手を出さないキャラクターのライセンスを取得して、景品として商品を製造していました。しかし、徐々に大手企業が自社で開発を始めるようになり、人気のキャラクターはライセンスが取得できなくなってしまったのです。そこで私たちは、市場のニーズを徹底的に研究し、自分たちで「かわいい」と思えるオリジナルのキャラクター開発を始めることにしました。

具体的には、「豆しば三兄弟」を皮切りに、「アルパカッソ」「ひげまんじゅう」などのキャラクターを次々と生み出しました。これらのキャラクターは、“癒し”や“ゆるさ”といったテーマを軸に、ぬいぐるみや雑貨として展開したところ、それまでのアミューズメント景品にはなかった愛らしさが幅広い世代に響き、大きな反響をいただきました。特に「豆しば三兄弟」は、アニメ化やLINEスタンプ化もされ、当社の代表的なキャラクターに成長しました。

ーー現在はどのようなキャラクター展開に注力されていますか。

飯島充実:
現在は、自社でつくったキャラクターをアニメーションやYouTube、TikTokといったSNSで積極的に宣伝しています。コンテンツそのものを有名にし、キャラクターのブランドを確立することに最も力を注いでいます。今後は、国内だけでなく、海外にも積極的に展開していきたいと考えています。

私たちは、人間は誰しも心に闇を持っていると考えています。だからこそ、ネガティブな部分にも寄り添い、そんな心にも癒しを与えられるような商品をつくりたいと思っています。当社のキャラクターが、人々の心の琴線に触れる存在になることを目指しています。

社員が誇りを持てる会社を目指して

ーー今後の事業展望についてお聞かせください。

飯島充実:
現在、売上の7割をアミューズメント事業が占めていますが、今後は物販やガチャガチャ、ライセンス事業などと均等にしていきたいです。また、日本だけでなく、世界中に当社のキャラクター商品を広めていきたいと考えています。そのために、社員が誇りを持てるような職場環境をつくってあげたい。今、池袋の自社ビルにある4つのフロアを使い、社員が快適に仕事ができる環境を準備しているところです。

ーー貴社をどのような会社にしていきたいとお考えでしょうか。

飯島充実:
当社のキャラクターを通じて、サンリオさんのように平和な社会づくりに貢献していきたいと考えています。ものづくりにおいては、予算を超えてでも“心の琴線に触れる”ような「かわいい」ものを追求するこだわりがあります。長年勤めてくれている社員も多く、彼らが会社の伝統をつくってくれていますが、彼らが仕事に誇りを持てるように、良いところを認め、多様性を尊重できる会社にしていきたいです。

編集後記

親の会社を窮地から救い、独立後も時代の変化を捉えながら会社を成長させてきた飯島氏。その歴史は、常に挑戦の連続である。特に印象的だったのは、ものづくりにおける「かわいい」への強いこだわりと、社員への深い思いであった。飯島氏の「充実」という名にちなんだ言葉からは、会社と社員の未来を豊かにしたいという力強い思いが伝わってきた。今後、同社がどのような「かわいい」で世界に癒しを届けてくれるのか、その飛躍が楽しみである。

飯島充実/1956年東京生まれ。明治大学卒。株式会社バンダイで3年勤務した後、親の会社株式会社大国屋に勤務し、1990年に独立し株式会社アミューズを設立し代表取締役社長に就任。お客様の喜びを自分の喜びとするをモットーに、アミュファンブランドのキャラクターを通して、平和な優しい社会づくりに貢献したいと思っています。