※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

年収3000万円という華々しいキャリアと安定を捨て、株式会社花形を創業した代表取締役の小澤忠氏。同社は、総合型選抜(旧・AO入試)に特化した学習塾「AOI」を運営。生徒一人ひとりの個性と向き合い、主体性を引き出す教育を追求する企業だ。今回は、小澤氏が歩んできた道のりと、その根底にある教育への思い、そして未来への展望を深掘りする。

年収3000万円を捨てた男の決断 安定を捨てて追い求めたもの

ーー社長の社会人として最初のキャリアについてお聞かせください。

小澤忠:
明確な理由はなかったのですが、漫画『島耕作』を読んだ影響で、昔から「大企業の社長になりたい」と漠然と思っていました。新卒で入社した野村證券で社長になろうと考えていたほどです。

就職先の企業を選ぶ軸は2つありました。1つは、企業の経営者へ営業ができること。もう1つは、会社の資産だけでなく、活動で得た時間や人とのつながりが自身の資産となることでした。決まった顧客やルートを回る営業スタイルに縛られたくはなく、組織の完璧な歯車になりたくなかったのです。個人に経験や人脈が蓄積される可能性に魅力を感じ、就職先として銀行ではなく証券会社を選びました。

ーー証券会社で仕事をするにあたって大切にされていたことはありますか。

小澤忠:
明確に一つあったのは、お客様のために使う時間の多さです。どれだけ頻繁にお会いするか、どれだけ時間をかけるかを重視していました。その姿勢は今も同じで、入社希望者との面談や生徒獲得のための活動にも通じています。

人は、自分を気にかけて連絡をくれる人、自分のために言葉を使ってくれる人を嬉しく感じるものです。手土産一つにしても、簡単に手に入るものではなく、その人のために時間をかけて選ぶ。そのような行動にこそ、心が伝わると考えています。提案内容の素晴らしさは当然として、最終的には「人に寄せる思い」が人の心や行動を動かすのだと信じています。

ーー当時のご経験を経て、ご自身のキャリアについてどのような思いを抱いていましたか。

小澤忠:
30歳で年収3000万円に達し、キャリアとして一つの到達点を感じていました。外資系の証券会社では顧客が減ることがほとんどなく、一度成果を出せば仕事の仕方もある程度自由です。この先、安泰な未来が確定していると確信しました。

しかし、その安定が逆に「面白くない」と感じるようになりました。幼少期の経験から「すごい奴になりたい」という漠然とした思いがあり、20代はがむしゃらに高い年収や地位を目指してきました。しかし、そこに行き詰まりを感じたのです。タワーマンションに住み、良い車に乗るなど一通り経験しましたが、物質的な豊かさでは幸せになれないと気づきました。

そこで、副業として民泊事業にも挑戦しました。月50万円ほど稼げるようになり、Airbnbのスーパーホスト(※1)も獲得しましたが、結局それも「稼ぐ手段」になってしまったのです。ゼロからサイトをつくったり、部屋を整えたりする業務は楽しかったのですが、業務がルーティンになると面白みがなくなってしまう。やはり、事業内容にやりがいや挑戦する気持ちが伴わないと、長く続けることはできないと感じました。

(※1)Airbnbのスーパーホスト:宿泊実績やレビュー評価などが一定の基準を満たした場合に認定される称号。スーパーホストには、検索結果に表示される機会が増えたり、特別な報酬を受け取ったりできる特典がある。

個性を育み「自分らしい人生」を歩む教育

ーー貴社の事業内容と、その強みについてお聞かせください。

小澤忠:
AOIは、総合型選抜(旧・AO入試)や推薦入試に特化した学習塾です。

最大の強みは、「完全個別での徹底伴走」にこだわっている点です。塾として質の高いノウハウを提供するのは当然ですが、私たちが本当に大切にしているのは、生徒のそばに寄り添い、伴走してくれる存在であることです。まるで、家の外にもう一人「お節介なお母さん」がいるような、そんな関係性を理想としています。

総合型選抜では、生徒自身のストーリーが評価の軸となります。そのため、他者の意見に流されることのない、精神的に安全な環境での対話が欠かせません。一人ひとりと向き合う個別指導を通して、本人の中にしかない魅力を引き出すことを大切にしています。

ーー学力向上や合格実績以外に、大切にされていることは何ですか。

小澤忠:
弊社では「コミュニティ」の形成にもこだわっており、運動会や卒塾イベントなどを開催しています。もちろん、受験に合格することは重要ですが、そのための学習メソッドは他の実績ある塾でも得られるでしょう。私たちが提供したいのは、その先にある、生徒たちの将来の財産になる「人とのつながり」です。

私自身、これまでのキャリアで多くの人脈に助けられてきました。生徒たちにも、さまざまなコミュニティを持つ生き方が幸福度を高めることを伝えたいのです。たとえば、仕事、副業、趣味など、それぞれにチームを持つことです。偏差値という縦の比較軸だけでなく、横のつながりを大切にし、より自分らしい生き方を見つけてほしいと願っています。

社員との対話から生まれるチーム力と未来へのビジョン

ーー採用においてどのような人物像を求めていますか?

小澤忠:
自ら情熱を燃やせる人、つまりモチベーションに依存せず、自力でやる気を生み出せる人が活躍しています。また、スキルよりも「素直で挨拶ができる人」を重視しています。これは、仕事は個々の能力の優劣を競うゲームではなく、チームとして動けることが大切だからです。社員に関しては、明るく素直で、考えるよりも行動する方が好きなタイプの方が弊社には合うと思います。

ーー社員の方とはどのように向き合われていますか。

小澤忠:
私はサーバントリーダーシップ(※1)を非常に重要視しています。組織における上下という感覚は全くなく、メンバーは全員あだ名で呼んでいますし、私を社長と呼ぶ人もいません。むしろ私が一番下から社員を支えるタイプだと思っています。

社員が楽しくやりがいを持って働ける時間を大切にしています。そして、個人の目標と会社のミッションがうまく掛け合わされることで、双方がより良くなるような関係性を目指します。社員を単なるメンバーとは見ておらず、彼らの不安にもきちんと向き合うスタンスを大切にしています。

(※1)サーバントリーダーシップ:「リーダーはまず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」という考えのもとに生まれた支援型リーダーシップ。部下の能力を肯定し、お互いの利益になる信頼関係を築くというスタイル。

ーー社員の方々との関わりにおいて、特に意識されていることはありますか。

小澤忠:
悪いところの指摘はほとんどしません。なぜなら、悪い点を指摘してもチームは良くならないからです。課題を指摘することに意味はなく、課題をどう改善するかに意味があると考えています。

誰かのせいにしたり、「なぜできないのか」と問い詰めたりする手法もあるでしょう。それは大企業なら通用するかもしれません。しかし、弊社のようなスタートアップ企業では、個々の能力を掛け算しなければ戦えないのです。そのため、課題を指摘することは文化としても禁止しています。課題は仕事をする上で一生つきまとうものですから、課題の解決を楽しめるかどうかが重要だと考えています。

ーー最後に、今後の展望についてお聞かせください。

小澤忠:
具体的な数値目標よりも、弊社のミッションである「ヒーローを日本中に」という思いを追求していきたいです。これは、自分の軸で、自分らしい人生を生きられる人を増やすことを意味しています。受験はそのきっかけの一つであり、「AOI」のミッションは「自分らしい人生の1歩目」を踏み出すことです。

今後も、そのような人たちを一人ずつ増やすために、エリアも広げていきたいと考えています。都市部だけでなく、地方にも展開する。そうすることで、生徒自身の「熱」が周囲に影響を与え、日本の若者全体の熱量を取り戻せるのではないかと感じています。やるべきことは、一人ひとりに丁寧に、真剣に向き合い続けることだと信じています。

編集後記

年収3000万円という安定した金融業界でのキャリアを自ら手放し、新たな挑戦を選んだ小澤氏の生き方は、現代社会における幸福の追求のあり方を深く考えさせられる。利益だけでなく、社員や生徒の内面に深く寄り添い、彼らの可能性を最大限に引き出そうとする小澤氏のサーバントリーダーシップは、これからの時代の理想的なリーダー像を示唆していることだろう。株式会社花形の、そして小澤氏の飽くなき挑戦は、これからも続いていくに違いない。

小澤忠/立命館大学卒業。株式会社花形共同創業者、AOI代表。野村證券でトップクラスの営業成績を収め、その後メリルリンチ PB証券からヘッドハンティングを受けプライベートバンカーを5年経験。その後、運命の出会いがあり協働創業に至る。