
幼少期に父親が始めた事業の成功を目の当たりにし、起業が人生を変える力を持つことを知った中塚庸仁氏。新卒でソフトバンク株式会社へ入社後、投資ファンドでの経験から、投資家が短期間でのリターンを求めることが、中小企業に大きな負担をかけているという課題を痛感した。その思いから、より企業に寄り添う長期的な投資を目指し、2022年にNYC株式会社を設立。自己勘定(自己資金)でのM&Aを主軸に、経営のプロフェッショナルとして事業承継に悩む中小企業を支援している。既存の事業承継ファンドとは一線を画す独自のスタイルで、日本経済を支える中小企業に活力を吹き込んでいる中塚氏に、その事業に対する思いと今後の展望について話をうかがった。
原体験が導いた事業承継への道 投資ファンドで感じた課題と独立への決意
ーー起業の背景と、現在の事業に対する思いについてお聞かせいただけますか?
中塚庸仁:
もともと私の父が中小企業を経営していたため、幼い頃から起業や経営に触れる機会が多くありました。父の事業が成功し、家の環境が大きく変わるのを目の当たりにしたのが、起業という道に興味を持った原体験です。大学卒業後はソフトバンク株式会社でベンチャー投資業務などを経験した後、独立系の投資ファンドに籍を移し、そこで事業承継問題の解決に約4年間取り組みました。しかし、ファンドはリターンを出すために買収した企業を1年か2年で売却するのが一般的です。この短期間での売却が、中小企業に負担をかけていると感じていました。そこで、もっと中小企業に寄り添った投資会社をつくりたいという思いが芽生え、独立に至りました。
ーー創業当初は、どのようなことから始められたのでしょうか?
中塚庸仁:
「自己勘定でのM&A」を事業の軸として掲げてはいましたが、当然ながら最初から大きな資金があるわけではありません。まずは会社を存続させるための基盤づくりとして、コンサルティングの仕事で日々の家賃や人件費を稼ぐことから始めました。
そして、一社目の事業承継先が見つかった時が、最初の大きな挑戦でしたね。創業わずか3ヶ月の我々に融資をしてくれる金融機関はなかなか見つからず、最終的に50行近くを訪問して、ようやく一つの金融機関からご支援をいただけることになりました。事業の大きなビジョンと、足元の現実。その両方と向き合うことから、私たちの事業は始まりました。
M&Aの常識を変える「人」と「寄り添い」の投資

ーー経営におけるターニングポイントはありましたか。
中塚庸仁:
創業して間もない私たちを信じて、会社を任せたいと言ってくださったのが、士業向けのコミュニティを運営するビジネス会計人クラブ株式会社の当時の社長でした。この出会いが、まさに大きなターニングポイントでした。それまでは「背伸びをした方がいいのか」と思い、スーツを着て写真館で写真を撮ったりもしていました。しかし、島田社長から「非常に寄り添ってくれる」と評価していただいたことで、着飾るのではなく、ありのままの自分で人と向き合う誠実さこそが大切だと学んだのです。この学びは、今でも私たちの事業の基盤になっています。
ーー貴社のM&A事業における強みはありますか?
中塚庸仁:
私たちの事業の大きな特徴は、自己勘定で投資を行っていることです。外部の投資家がいないため、彼らにリターンを返さなければいけないという制約がありません。一般的なファンドはすぐにリターンを出すために1~2年で売却することが多いのですが、私たちは5年やそれ以上の期間をかけて、じっくりと企業価値を高めることができます。YouTubeやSNSでの積極的な情報発信も、ファンド形式の会社では投資家の意見で“できない”ことが多いのですが、私たちは自由に取り組んでいます。その透明性がオーナー社長の安心感に繋がり、採用活動においても好影響をもたらしています。
中小企業を成長させる「伴走支援」と「後継者育成」の独自戦略
ーー人材育成において特に注力されている点をお聞かせください。
中塚庸仁:
後継社長の育成に力を入れていることです。良い後継社長を採用し、定着させることが事業成功の鍵だと考えています。後継社長のための「育成ロードマップ」を作成しており、3カ月後、6カ月後、1年後と段階的にどういった社長になってほしいかを具体的に示しています。また、後継社長から日報を提出してもらい、私たちが日報にフィードバックする体制もとっています。たとえば、工場を持つ会社の場合、日報を見て「ずっと事務室にいたのですか?もっと現場に行って交流してください」といった細かいアドバイスをすることもあります。
ーー日報などを通じた個別サポートの他に、後継社長たちの成長を促すための取り組みはありますか?
中塚庸仁:
はい。個別のサポートと並行して、社長同士がつながり、共に成長できる「場」づくりにも力を入れています。後継者特有の悩みは、一人で抱え込みがちです。そこで、定期的にグループ会社の社長たちが集まる交流会を開催しています。同じ立場の経営者から直接話を聞ける貴重な機会ですし、お互いの強みを活かしたシナジーが生まれる場にもなっています。
また、半年に一度はゲストスピーカーを招いて人事評価などを学ぶ勉強会も実施しています。最近では、特に功績を上げた企業を表彰するアワードの創設も検討しており、具体的な目標設定やモチベーション向上に繋げていきたいですね。
「安心して任せられる」ブランドを目指す今後の展望
ーー今後のビジョンや目標についてお聞かせください。
中塚庸仁:
2027年までに投資先を100社に増やすことを目標にしています。この目標を達成した後は、私たちと同じように投資をしたいと考える若者をサポートする存在になりたいと思っています。将来的には共同投資などを通じて、全国各地にいる起業家を支援し、日本全体の中小企業を盛り上げる存在になりたいです。最終的には、「事業承継ならNYC」と第一想起されるような、圧倒的な信頼を誇るブランドを築き上げたいと考えています。
ーー目標達成に向けて、特に注力していることは何ですか?
中塚庸仁:
最大の課題は「採用」です。事業承継した企業を経営管理するためには、やはり優秀な人材が不可欠だと考えています。私たちが求めるのは、人の役に立ちたいという思いがあり、対外的な交渉に強く、雑談力があるような人物です。営業力や財務分析といったビジネススキルももちろん必要ですが、それに加えて中小企業への熱い思いを持っているメンバーを求めています。今後はSNSも活用しながら、積極的に採用活動を行っていきたいと考えています。
編集後記
幼少期の原体験から、社会課題の解決を事業として実現する中塚社長の言葉には、強い使命感と揺るぎない覚悟が感じられた。M&Aの常識にとらわれず、自己勘定による長期的な伴走支援や、後継社長を本気で育成する独自の手法は、まさに“寄り添う”という理念の具現化にほかならない。日本の99%を占める中小企業の活力を取り戻すという、壮大ながらも地に足のついたビジョンは、日本の未来を明るく照らすだろう。これからも、NYC株式会社の飽くなき挑戦に注目していきたい。

中塚庸仁/1988年7月15日生まれ。広島県福山市出身。立命館大学卒業後、ソフトバンク株式会社入社。経理、経営企画、国内外ベンチャー投資業務に従事。その後デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。M&A戦略、ビジネスデューデリジェンス、PMI等のアドバイザリー業務に従事。ACA株式会社に入社後、中小企業を対象とした独立系バイアウトファンド立ち上げに参画し、中小企業に対する投資及び投資実行後のハンズオン支援に従事。2022年NYC株式会社創業。