
東京初の路線バスを運行して以来、1世紀以上にわたって首都圏の交通を支え続けてきた京王電鉄バスグループ。高速バス事業のパイオニアとしても日本のバス業界を牽引してきた同社は今、業界全体が直面する深刻な人材不足という課題に対し、組織の在り方を根本から見つめ直す、新たな挑戦を始めている。幾多の困難な交渉の矢面に立ち続けてきた代表取締役社長 宮坂周治氏。その豊富な経験に裏打ちされた経営哲学と、従業員が働きやすい環境づくりを通じて描く、公共交通の未来像について話を聞いた。
キャリアの礎 赤字事業の現場で学んだ労務交渉
ーーはじめに、宮坂社長の社会人としての「原点」についてお聞かせください。
宮坂周治:
私は1986年に京王帝都電鉄(当時)に入社しました。中央大学へ通うために京王線を利用しており、京王帝都電鉄にはなじみがありました。その中でちょうど就職活動の時期に、大学で企業説明会が開かれており、それにたまたま参加したのが入社のきっかけです。
ーー入社後はどのような業務に携わってこられたのですか。
宮坂周治:
現業での勤務後、本社での最初の配属先はバス部門で、人事労務関係の仕事を担当しました。当時、バス事業は毎年20億円もの赤字を計上しており、常に効率化や合理化が求められる厳しい状況にありました。新人時代から労働組合との交渉の場に上司と共に出席し、厳しい交渉を目の当たりにしてきました。新人ながら非常に重要な業務を約6年間経験したことから、その後「人事労務」の分野に長く携わることになったと思います。
ーー若手時代に最も印象に残っているご経験は何ですか。
宮坂周治:
1988年に行ったバス運転士の労働条件改革が、特に印象に残っています。合理化の最大の目玉として、1日の労働時間を6時間から7時間へ変更する就業規則改正を実施したのですが、現場からはすさまじい反発がありました。当時、私はまだ若手で改革案の立案に直接かかわったわけではありませんでしたが、本社から営業所へ足を運び、現場の皆さんを説得して回りました。最終的には、私も策定に携わった、現場の実情に即した修正案により、事態を収拾することができました。
矢面に立つ覚悟 経営者として貫く仕事の流儀
ーーこれまでのご経験が現在の経営に生かされていると感じることはありますか。
宮坂周治:
グループ会社である京王重機整備へ出向していた時の経験は大きいですね。当時、その会社の長野県の事業所では防衛省関連の特殊車両整備という大きな仕事を手がけていたのですが、2007年にその事業が終了し、10数億円規模の売上を失うことになりました。事業所の存続のため、正社員の希望退職の実施や賞与カット、祝日の廃止、契約社員の契約解除といった厳しい条件を伴う大規模な合理化を断行したのです。当然、多くの反発がありましたが、何度も膝を突き合わせて腹を割って話し合い、最後は皆さんに理解していただきました。
ーーこれまでのキャリアで、最も大きな転機となったご経験についてお聞かせいただけますか。
宮坂周治:
32歳でバス部門の営業所長を拝命したのですが、その就任直後に、大変痛ましい死亡事故が起きてしまったことです。当時加入していた任意保険は示談まで自分たちで成立させなければなりませんでしたので、会社を代表する立場として、ご遺族の元へ直接お詫びに伺い、交渉の矢面に立つ必要がありました。人の命を奪ってしまったという重い事実と向き合い、当然のことながら、厳しいお言葉もたくさんいただきました。矢面に立つことの厳しさと、責任の重さを痛感した忘れられない経験です。
ーーその経験は、現在の経営哲学や仕事観に、どのような影響をもたらしましたか。
宮坂周治:
つらいという感情よりも、「やり遂げなければならない」という責任感が常に勝っていました。これは私の仕事への向き合い方の根幹にもなっています。ですから入社式などでは、いつも「仕事からは逃げないでください」と話しています。一見、自分とは関係ないと思ってしまうような仕事でも、その経験や知識が後々必ず生きてくる時が来ます。
東京初の路線バス 歴史と実績が育む京王電鉄バスグループの強み

ーー京王電鉄バスグループならではの強みや、独自の価値についてお聞かせください。
宮坂周治:
第一に、歴史と実績があることです。弊社のルーツである京王電気軌道が1913年に鉄道を補完するために走らせた路線バスは、東京で最も古いものとされています。また、高速バス事業の礎となったのも、1956年に新宿と富士五湖を一般道で結んだ路線であり、中央自動車道の開通に合わせて1969年には「中央高速バス」として本格的にスタートさせました。これも日本で有数の歴史を誇ります。こうした長年の経験で培った高速バスターミナル運営のノウハウも高く評価され、バスターミナル東京八重洲の運営も任されています。
ーー多くのバス会社がある中で、利用者に選ばれ続けるために、貴社が最も大切にされていることは何でしょうか。
宮坂周治:
私たちが最も大切にしているのは、お客様への「接遇」「感謝」と、何よりも「安全」です。まず接客品質については、業界でもトップクラスにあるのではないかと自負しております。かつては、いわゆる“職人気質”の運転士が多く、お客様への意識が高いとは言えない時代もありました。そこで、イチから接遇を教育する新しい会社として「京王バス」を設立したという経緯があります。
もう一つの安全へのこだわりも徹底しており、たとえば右左折時には必ず一時停止し、安全を確認してから曲がるというルールを遵守しています。これは関係省庁からも高く評価していただいています。お客様に安心して、そして気持ちよくご利用いただくこと。これが私たちの変わらぬこだわりです。
誰もが働きやすい環境へ。未来の公共交通を支える組織改革
ーー現在、特に注力されている組織づくりについてお聞かせください。
宮坂周治:
深刻な人材不足という課題に対応するため、従業員の「働きやすさ」を追求することに最も注力しています。昨年からは夏場の帽子の着用を任意にしたり、業界でも珍しいビジネスネームの導入も実施いたしました。これまで画一的だった評価制度を見直し、一人ひとりの仕事ぶりを正当に評価できる仕組みの構築や、よりガバナンスを効かせた迅速な意思決定ができるよう組織体制の再編にも取り組んでいます。
ーーこれからの京王電鉄バスグループを担う人材として、どのような人物像を求めていらっしゃいますか。
宮坂周治:
まず、人とのコミュニケーションが円滑に取れる方です。現場ではさまざまな人との対話が欠かせません。そしてもう一つは、システム系に強い方です。現代のバスはまさに“システムの塊”であり、そうした知識やスキルを持つ人材は不可欠といえます。また、運転士の勤務体系や健康状態を管理する「運行管理者」は、特に仲間を増やしたい重要なポジションです。
ーー今後3年から5年先を見据え、京王電鉄バス・京王バスをどのような会社へと発展させていきたいとお考えでしょうか。
宮坂周治:
今以上に給与水準を上げ、労働環境を整え、働きたい人が集まってくれる、魅力のある会社にしたいと考えています。そして、収益性の高い会社を目指します。お客様を安全に目的地まで送り届けるということには、実は大変なコストがかかります。その価値をお客様にご理解いただけるよう、運賃に見合った、あるいはそれ以上の質の高いサービスを提供し続けなければなりません。社会がバスという公共交通の価値を正しく認識してくれるよう、私たち自身が努力を続ける。そのような会社にしていきたいです。
編集後記
大学生時代、筆者も毎日のように京王バスを利用していた。運転士の方々の挨拶や、時にかけてくれる優しい一言に、何度も励まされた記憶がある。人々の生活を当たり前のように支えるその裏側には、宮坂氏が経験してきたような、私たちの想像を超える厳しい現実と、そこから逃げずに立ち向かい続けた人々の覚悟が存在した。今、バス業界は深刻な人材不足という課題に直面している。しかし、“人を運ぶことの価値”を社会に問い続け、働きやすい環境づくりに邁進する同社の姿に、公共交通の明るい未来を見た。

宮坂周治/1962年東京都生まれ。1986年中央大学法学部政治学科卒業後、同年京王帝都電鉄株式会社(現・京王電鉄株式会社)に入社。京王重機整備株式会社取締役、京王電鉄バス・京王バス株式会社取締役、京王電鉄株式会社グループ事業部長、西東京バス株式会社代表取締役社長、京王電鉄株式会社執行役員人事部長を経て2022年に京王電鉄バス株式会社・京王バス株式会社の代表取締役社長に就任、現在に至る。