
台湾をはじめとする中華圏向けに日本観光情報を発信する、インバウンドメディアのパイオニア的存在の、株式会社ジーリーメディアグループ。同社は、台湾で絶大な人気を誇る訪日観光メディア『ラーチーゴー!日本』を運営し、日本の地方自治体や企業と台湾の旅行者を結びつけている。代表取締役の吉田皓一氏は、防衛大学校中退、放送局の営業職というユニークな経歴を持つ。一見、回り道にも見えるキャリアだが、そこで培われた経験と「ソフトパワー」で国に貢献したいという一貫した思いが、事業の成功に結びついた。その軌跡と独自の経営哲学に迫る。
「ソフトパワー」で国に貢献を 異色のキャリアの原点
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
吉田皓一:
防衛大学校に在籍していましたが、ルールに縛られるのが性に合わず1年ほどで辞めました。言われた通りに動くのが苦手な性分は、後にサラリーマンを3年で辞めることにもつながります。キャリアパスが見えてしまい、一度きりの人生を官僚的なペーパーワークに捧げるのは違うと感じたのです。
ただ、国や社会に貢献したいという思いは強くありました。在学中に「ソフトパワー」という概念に出会い、軍事力や経済力だけでなく、文化や価値観、魅力的な政策といった「共感力」こそが、これからの国力を決めると知ったからです。そこで、アニメなどのコンテンツが日本への共感を生むと考え、最も影響力のある放送局への入社を決意しました。
ーー放送局でのご経験は、今の事業にどのように活かされていますか?
吉田皓一:
ハードワークで培った体力と精神力、そして何でもできるという自信です。また、広告代理店の方々の勘所を肌で学べたことも大きいです。宴席を円滑に進めるスキルも、台湾でのビジネスの武器になります。相手の好みや席順まで気を配るアナログな気遣いは、デジタル世代の経営者にはない強みだと自負しています。
台湾市場との出会い SNSから始まったメディア事業
ーーどのような経緯で、台湾でメディア事業を立ち上げることになったのでしょうか。
吉田皓一:
防衛大学校で学んだ中国語を活かして中華圏での起業を考え、当初は中国大陸を目指しました。しかし、市場の複雑さから台湾に可能性を見出したのです。日台間には正式な国交がないからこそ、民間で交流を担うメディアに意義があると考えました。
まずSNS黎明期にFacebookページを立ち上げ、半年で10万人のフォロワーを獲得しました。そして、彼らに直接ニーズを聞き、「雑誌にないリアルタイムな情報」を求める声に応える形で、現在の事業の原型となる旅行情報サイトを立ち上げたのです。
ーー創業期に最も苦労されたのはどのような点でしょうか。
吉田皓一:
資金面です。自己資金100%で、大学施設の半地下で机一つからのスタートでした。退路がなかったのでやるしかなかったのですが、SNSのリアクションが大きなやりがいでした。資金繰りでは、前職の放送局時代に築いた人脈が生きました。新人時代から丁寧に取り組んだご縁は、独立後も途切れることはありませんでした。お願いすると「お前の頼みだから」と快く協力していただけたのです。そのおかげで、初年度から黒字を達成できました。
外部環境を追い風に 事業を飛躍させたターニングポイント

ーー事業が成長するきっかけとなった出来事はありますか。
吉田皓一:
2011年に合意した日台間「オープンスカイ協定」が大きな追い風となりました。LCCの就航で航空路線が自由化され、訪日台湾人は爆発的に増加しました。創業当時の月間7万人から、今では58万人(25年6月時点)にまで伸長しています。もう一つはコロナ禍です。逆境を機にYouTubeやEC、飲食事業にも着手し、収益の柱を多様化できた点も大きいですね。内部要因としては、人を雇い現場を任せる体制に移行してから、組織として大きく変わりました。
ーー市場がそれだけ拡大・成熟すると、お客様のニーズにも変化があったのではないでしょうか。
吉田皓一:
市場の成長に伴い、「ユーザー(読者)」と「クライアント(広告主)」の両方から、より高度で多様なニーズが寄せられるようになりました。ユーザーはリピーターが増え、東北や九州といったローカルでより深い情報を求めるように。一方、クライアントは費用対効果を重視し、効果測定の精度向上やターゲットの細分化を求めるようになりました。
こうした声に応えるため、私たちは広告代理店と連携し、彼らが提案しやすい商品開発に注力することで、クライアントの満足度向上につなげています。
歌で地方をPR ジーリーメディアグループの挑戦
ーー他メディアにはない、貴社ならではの取り組みや強みをお聞かせください。
吉田皓一:
台湾のインフルエンサーが発信する情報はどうしても画一的になりがちです。そこで、私は、一人のアーティストとして「歌」で日本の魅力を伝えるというユニークな取り組みを行っています。
弊社の強みは、47都道府県の自治体と築いてきた深いつながりです。これらを活かして、私から「一緒に日本の魅力をテーマにした楽曲をつくりませんか?」と提案させていただくこともあれば、逆に「うちの県にもつくってほしい」という声もいただいています。個人では許可が下りないような場所での撮影も可能で、これはまさに、私たちだからこそできるPRだと考えています。
ーー多くの自治体と連携されている中で、地方が抱える課題について、どのようにお考えですか?
吉田皓一:
地方へうかがうと、多くの方が「商品を安く設定しがち」なので、私はもっと高く売るべきだと考えています。やり方次第で、1泊1万円の宿でも5万円で売れる可能性は十分にあります。自社の価値を認識し、適正な価格で提供することは決して悪いことではありません。利益がなければ、新しい投資や次なる挑戦もできません。今、台湾では東北や九州への関心が高まっており、地方には大きなチャンスが眠っていると強く感じています。
社員と「青春」を追い求める独自の経営哲学
ーー5年後、10年後、どのような会社でありたいとお考えですか。
吉田皓一:
端的に言えば、5年後も10年後も、社員と「青春」を送り続けていたいですね。文化祭の前夜のように皆で熱くなれる、「部活のノリ」をいつまでも大切にできる組織でありたいと考えています。だからこそ、上場は絶対にしません。株主の意向に左右されて四半期ごとの利益を追うようでは、この文化は守れないからです。もちろん、企業として利益を追求するのは当然です。しかし、会社の規模や社員数を誇るつもりはありません。テクノロジーを駆使すれば、少人数でも社会に大きなインパクトを与えられると考えています。
ーー最後に、この記事の読者へメッセージをお願いします。
吉田皓一:
メディアでは「大企業か、ベンチャーか」という2択で語られがちですが、日本の企業数の9割以上を中小企業が占めており、そこで働く人が雇用の7割を支えています。若い方々には、ぜひ私たちのような中小企業にも目を向けてほしいです。私たちは、ベンチャーとは少し違います。短期的な急成長ではなく、着実に利益を出し、長期的な安定成長を目指す「中小企業」なのです。光る技術を持つ中小企業にこそ、大きなチャンスがあることを知ってほしいと思います。
編集後記
吉田氏のキャリアは一見、異色だが、根底には「ソフトパワーで国に貢献する」という太い軸が存在する。放送局時代の泥臭い経験や人との縁が、グローバルな事業の礎となっている事実は、キャリアに無駄はないことを教えてくれる。上場や規模の拡大を追わず、社員と共に“青春”を追い求める独自の経営哲学は、これからの時代の新しい企業のあり方を示唆している。同社の挑戦に、今後も注目したい。

吉田皓一/1982年生まれ。奈良県出身。大学卒業後、2007年に朝日放送に入社。総合ビジネス局にてテレビCM の企画やセールスを3年間担当し退職。2012年に台湾や香港からの訪日客向け観光情報サイト『ラーチーゴー!日本』を開設。翌年10月にジーリーメディアグループを設立。YouTubeチャンネル「吉田社長 JapanTV」も運営。