※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

吉祥寺エリアに根差し、地域住民の住まいに関するあらゆる課題解決を担う、みすゞ建設株式会社。同社は木造、非木造問わず新築・建替、リフォーム、分譲住宅、貸ビル業などを営むことで顧客の多様なニーズにワンストップで応える体制を構築している。創業者である父から事業を受け継ぎ、現在会社を率いるのは代表取締役、宮下真一氏だ。技術や資格ではなく「地元愛」という旗を掲げ、顧客との長期的な関係構築を最優先する。その独自の事業観の背景にある思いを聞いた。

技術競争から脱却した独自の戦略軸

ーー事業承継後、どのような課題に直面しましたか。

宮下真一:
父が創業し、私は2代目です。事業を継いで10年ほど経ったとき、自分なりの経営方針を打ち出す必要性を感じました。この業界の経営者の多くは、建築や不動産業界での豊富な経験を持っています。一方で私は、技術面で他社と競うのではなく、違う道を探していました。

戻ってきた地元には同級生がいて、彼らがお客様になることもあります。そこで、技術力とは別の軸として、「地元」という旗印を掲げました。建設や不動産の仕事をするにあたり、地元に特化することは魅力になると考えたのです。

ーー地元に特化することで、事業はどのように変わりましたか。

宮下真一:
吉祥寺にお住まいの方、住みたい方に向けたあらゆるソリューションを提供できるよう事業を整備しました。木造がメインですが、新築・建替のみならずリフォーム工事にも対応します。またRC造のビル建築やリフォームも行います。分譲住宅のような不動産売買事業や貸ビルや賃貸マンションなどの不動産賃貸事業も展開しています。土地や資金の有無にかかわらず、「吉祥寺に住みたい」と願うすべての方の力になりたいと考えています。

次世代の大工育成を担う団体支援の取り組み

ーー大工という職業の現状や課題について、どのような見解をお持ちですか。

宮下真一:
大工という伝統的な職業が危機に瀕しており、その背景には不安定な就業形態や徒弟制度といった問題があります。この課題に対し、近隣の工務店などでグループを組み、大工などの志願者を受け入れ育成する「東京大工塾」に創設時から参画しています。

社員大工(※)という形が増えていますが、大工である以前に社会人としての教育が必要です。「東京大工塾」では、個々の企業での対応が難しい社会人基礎教育などを支援します。団体として体系的に支援し、次世代の大工育成に貢献しています。

技術と社会性を身につけた社員大工は、もはや営業担当を必要としなくなると考えています。お客様と直接コミュニケーションをとり、課題を解決できるからです。今後、AIやDXが進化しても、人間でしかできないエッセンシャルワークは残ります。米国などではAIの進化によりホワイトカラー職が代替される一方で人間にしかできない技術を持ったブルーカラーの仕事が引っ張りだこでお金持ちになるチャンスが膨らんでいるそうです。職人だからこそ、お客様と直接向き合う時代になるのです。

(※)社員大工:工務店やハウスメーカーなどに正社員として雇用されている大工。

学歴や資格よりも人間力を問う選考基準

ーー貴社が求める具体的な人物像について教えてください。

宮下真一:
弊社は地元で事業をしているため、設計担当も現場監督も直接お客様と接します。図面だけ引いていたい、人と話したくないという人は務まりません。ですから、私たちは資格や学歴といった能力よりも、コミュニケーション能力を何よりも重視します。具体的には、一晩空港で過ごさなければならなくなったとき、「この人となら一緒に過ごせる」と思える人物かどうかを見ています。

これはGoogle社の採用面接試験として有名なエアポートテストというものですが、学歴や資格といった表面的な情報だけでは測れない、一人の人間として信頼できるかどうかを大切にしています。

ーー採用において最も重視していることは何ですか。

宮下真一:
私たちが一番大切にしているのは、社風との相性です。スキルや経験が突出したAさんと、弊社の文化に溶け込める人間性を持つBさんがいれば、迷うことなくBさんを採用します。そのため、未経験者も歓迎しています。

一生に一度の買い物からリピート産業へ

ーー仕事をする上で、社長が最もこだわっていることは何ですか。

宮下真一:
かつて「家は一生に一度の買い物」と言われていましたが、人生100年時代において私たちのビジネスはリピート産業だと捉え直しています。一度の利益を最大化するのではなく、長期にわたってお付き合いすることで、近江商人の言う「三方よし」が実現できると考えています。引き渡しをしてからが、お客様との本格的なお付き合いの始まりだと考えています。

ーー長期的な関係を築くために、具体的にどのようなことを実践していますか。

宮下真一:
お客様にとっての最適な解決策はお客様との対話を通じて、一緒に模索していきます。例えば、今は地価が高騰していますから実家を売りたいというお客様に対して我々はそこにアパートを建てて現金を生む手段にする提案を行う事があります。お客様の年齢、家族構成などの状況を鑑みて、一見すると悪手に見えるものでもお客様にとってベストと思えるならば提案していくことが、私たちの使命だと考えています。そのため、数字目標はありますが、営業担当と数字の話をすることはほとんどありません。

ーー今後の事業展望についてお聞かせください。

宮下真一:
私の代であるうちは、この「地元」という旗を掲げ続けます。この地元密着の経営により、当社の事業は景気の波に左右されにくく、安定的に仕事が得られる構造になっています。ここ10年から15年ほどは、このやり方でいけると確信しています。その後、次の後継者は、新しい時代の状況に合わせ、また違う旗を立てればよいでしょう。中小企業は、後継者が独自の旗を掲げ、その旗の元に人が集まることが大切だと考えています。

いつの日か社長の座を退き、次の後継者に会社を譲ったとしても、宮下真一という一市民として、個人として、吉祥寺の街のために貢献したいと考えています。

編集後記

宮下氏が掲げた「地元」という旗。それは、競合がひしめく市場で戦うための唯一無二の戦略だ。短期的な利益を追わず、顧客との長期的な関係構築の中で課題を解決し、「三方よし」を実現する。この堅実な経営姿勢こそが、変化の激しい時代においても、地域に深く根を下ろし、必要とされ続ける企業の条件なのかもしれない。

宮下真一/1958年生まれ、慶応義塾大学卒業。博報堂に入社後、1995年父親の会社である同社に入社。2003年に同社代表取締役社長に就任。2007年に父親の代表取締役会長退任により同社代表取締役に就任。