※本ページ内の情報は2025年12月時点のものです。

イオンバイク株式会社は、イオンのショッピングセンターを中心に店舗を展開し、自転車の販売とサービスを一体的に提供する事業モデルを確立している。しかし、業績は厳しい結果となっていた。そのような状況の中、2022年に代表取締役社長に就任したのが松尾和英氏である。

就任直後から大胆な変革に着手し、会社を収益改善へ導いた改革の背景には、どのような哲学と戦略があったのか。そして今、松尾氏が見据える「自転車業界の新しい未来」とは何か。若手社員が成長できるチャンスに満ちた同社の未来について、そのビジョンと社員にかける思いをうかがった。

経営者への第一歩、原点とキャリア

ーー経営者を志したきっかけについてお聞かせください。

松尾和英:
実家が事業を営んでいたこともあり、幼少期から「いつか社長になりたい」という漠然とした思いを抱いていました。社会人になってからはその思いを意識する機会が減ったものの、ブリヂストンで経営企画部に所属し、3人の社長と一緒に仕事をする中で、改めて「経営者になりたい」という気持ちが強くなったのです。同時に、経営者として圧倒的に知識が足りないと感じ、体系的に学ぶ必要があると考え、グロービス経営大学院への入学を決意しました。

ーーその後、どのようなキャリアを歩まれましたか。

松尾和英:
当時37歳だった私は、ブリヂストンにいては子会社の社長になれるのは50歳くらいになると考え、「もっと早く、経営者としての経験を積みたい」と切望していました。そこで、外の世界で可能性を探るべく、楽天に転職しました。楽天は、トップの意思決定で企業が短期間で方向性を変えていく、ダイナミックな企業でした。一方、ブリヂストンのような製造業は、一つひとつの意思決定が非常に丁寧で慎重です。まったく異なる業界と経営スタイルを経験したことで、物事を複数の視点から客観的に見られるようになり、視野が大きく広がりました。

この経験を通じて、改めてブリヂストンという大きな組織の中で、より大きな裁量を持ってキャリアを築いていきたいと考えるようになったのです。最終的に、縁あってイオンバイクという新しい舞台で、社長という役職を任されることになります。

会社の業績拡大、集中と選択の経営戦略

ーー社長就任後は、まず何から着手されたのでしょうか。

松尾和英:
私が社長として与えられた一番大きなミッションは、会社の収益を改善することでした。就任当時は業績の苦戦から収支が厳しくなる状況を抱えておりました。経費削減の余地はほとんどなく、利益額を大きくするしかないと気づいたのです。

ーー利益額の改善に向けて、具体的にどのような戦略を講じられたのでしょうか。

松尾和英:
過去と同じことを繰り返しても収益改善は難しいと考え、まず安売りをやめ、値付けを見直しました。自転車は平均で5〜7年に一度しか買い替えないため、価格の安さだけで選ばれるものではないと判断したのです。無駄な値下げをやめ、お客さまが本当に価値を認める価格帯の商品を揃えることに注力し、利益率を改善していきました。

その結果、売上を大きく伸ばすことよりも、一台あたりの価値を高めることに注力するようになりました。この“集中と選択”の戦略が功を奏し、就任後、会社は収益改善を達成しました。

イオンバイクの強みと今後の挑戦

ーー貴社の事業内容と強みについてお聞かせください。

松尾和英:
弊社の事業は、自転車および自転車用品の小売販売とサービスの提供です。強みの一つは、人が直接手を動かす必要があるサービスにあります。自転車の点検や修理はAIに代替できない部分であり、お客さまの知識不足を補う接客スキルが非常に重要となります。弊社は全国に260店舗以上あり、その8割がショッピングモール内にあります。そのため、明確な目的を持たないお客さまとも接点を持つことが可能です。潜在的なニーズを引き出すチャンスに恵まれていることも強みだと考えています。

ーー今後の事業展開について、どのような展望をお持ちでしょうか。

松尾和英:
今後はイオンのショッピングセンターだけでなく、駅の近くや人々の生活圏に根ざした場所など、これまでのやり方とは異なる出店方法にも積極的にチャレンジしていきたいと考えています。特に、自転車に乗る人口が多い地域には、まだ出店できていない場所がたくさんあります。そうした地域のお客さまにとって、より身近な存在になることを目指しています。

成長の機会を求める若手へのメッセージ

ーー採用にあたり、貴社が特に重視している人物像についてお聞かせください。

松尾和英:
私たちが求めるのは、何よりもまず、お客さまに寄り添い、コミュニケーションを大切にできる方です。技術や専門知識は入社後の研修で十分に身につけられますので、現時点での自転車の知識は問いません。それよりも、明るく前向きな姿勢で、お客さまの潜在的なニーズを引き出し、最高の「購買体験」を提供したいという熱意を重視しています。弊社には、意欲ある社員が成長できる多様なキャリアパスを用意しています。若手であっても早期に責任あるポジションを任せるチャンスが豊富にあります。

ーー具体的にどのような成長のチャンスがあるのでしょうか。

松尾和英:
店舗で働く販売員として経験を積んだ後、店長を経て本社勤務になるというキャリアパスも選択できます。商品開発や店舗のオペレーション、マーケティングなど、本社の様々な部署で活躍するチャンスが豊富です。また、勤務地は全国転勤か、地域限定かを選ぶことができ、年に一度変更することも可能です。今後店舗数を増やしていく計画なので、店長やエリアマネージャーといったポジションのチャンスも増える見込みです。

ーー松尾社長が実現したい、未来のビジョンについてお聞かせください。

松尾和英:
自転車業界は、製品としての大きなイノベーションがないまま長い間変わらずにきました。しかし、そこにこそ大きなチャンスがあると思っています。私は「メガネ業界の変革」を参考にしています。かつてメガネは価格が不透明でした。しかし低価格攻勢を仕掛ける国内メガネチェーン店の登場で、誰でも気軽に買える“スリープライスライン”という新しい売り方が定着しました。自転車業界も同じで、これまでは製品の進化がなかったからこそ、お客さまの「購買体験」を変える余地がまだまだあると考えています。この変革をリードし、業界の新しい歴史をつくっていきたいですね。

編集後記

営業面の苦戦から、就任後、会社を業績回復に導いた松尾氏。その経営手腕の核心には、「利益額を押し上げる」という一点に集中した独自の戦略があった。大きな変化のないように見える自転車業界に、お客さまの購買体験を変えるという新たな視点で挑む同社。この挑戦は、社長の決断力と、それに続く社員の成長と活力によって支えられている。今、まさに転換期を迎える同社は、社員一人ひとりが会社の未来をつくるやりがいと成長の機会に満ちている。

松尾和英/1992年、山口大学経済学部を卒業。2011年グロービス経営大学院修了。1992年に株式会社ブリヂストンへ入社。楽天株式会社を経て、再び株式会社ブリヂストンに戻り、経営企画および国際渉外部長、総務・不動産本部長などを歴任。ブリヂストンサイクル株式会社およびブリヂストンスポーツ株式会社の取締役としても参画。2019年にブリヂストンサイクル株式会社の代表取締役社長、ブリヂストンスポーツ株式会社の取締役専務執行役員に就任。2022年よりイオンバイク株式会社代表取締役社長に就任。