※本ページ内の情報は2025年12月時点のものです。

創業から約80年にわたり、日本の女性の脚もとと心に寄り添い、確かな技術力に裏付けられた製品を世に送り出し続けてきたアツギ株式会社。素材選びから製造、販売までを一貫して行う強みを持ち、業界のパイオニアとして確固たる地位を築いてきた。繊維産業が衰退産業と叫ばれる中でも、新たな可能性を追求し続ける同社。長年、繊維業界で辣腕を振るい、2022年にアツギ株式会社の代表取締役社長に就任した日光信二氏に、これまでのキャリアで培ってきた“諦めない精神”と、未来に向けた挑戦について話をうかがった。

諦めない信念の原点 専門商社で培った経験

ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。

日光信二:
高校時代から海外を相手にした仕事に強い憧れがあり、当時は貿易がこれからの成長産業だと考えていました。大学では貿易実務のゼミに所属し、卒業後は貿易商社を作るという夢を抱きながら、まずは会社で経験を積もうと就職活動をしたのですが、第2次オイルショック後の就職難で志望する会社には行けず、結果的に繊維の専門商社である帝人商事株式会社に入社しました。

ーー帝人商事ではどのような経験を積まれましたか。

日光信二:
入社当初は「こんな会社に入るつもりはなかった」と正直後悔する気持ちもありましたが、世界を股にかけるスケールの大きな仕事に携わるうちに、考えが変わっていきました。産業資材の輸出を担当し、タイヤコードやエアバッグ、カーシートなどのトップ企業と世界中で取引をする中で、“お金儲けよりも、スケールの大きな仕事を手がけ、人間的にも立派な人物になりたい”と考えるようになったのです。

そこで中小の貿易会社を作るという夢を諦め、帝人商事で世界中を飛び回る仕事に没頭しました。バンコク、ニューヨークにも駐在し、海外で工場を設立するなど、さまざまな経験を積ませていただきました。帝人グループの事業再編もあり、帝人フロンティア株式会社の代表取締役社長まで務めることができたのは、帝人商事に入社し、スケールの大きな仕事に触れたおかげだと感じています。

ーー帝人フロンティア株式会社の代表取締役社長を退任された後は、どのようなキャリアを考えていらっしゃいましたか。

日光信二:
帝人フロンティアの社長を退任後、顧問を1年間務めていた時に、アツギが大変な状況にあるということで、ぜひ手伝ってほしいと声をかけていただきました。当時は他の話もあり、そちらで良いと思っていたのですが、お誘いをくださったのが以前から尊敬していた方で、その熱意に応えたいという正義感が湧き出てきました。「自分のような人間が役に立つだろうか」とも思いましたが、これまでの経験にないフィールドで、アツギという誠実な会社に興味を持ったことが、社長就任を決断した理由です。

繊維業界の常識を覆す製品開発と挑戦

ーー具体的に、アツギという企業やブランドのどのような点に魅力を感じられましたか。

日光信二:
川上・川中・川下とある繊維業界で、アツギは川中(製造)と川下(販売)を持つ企業です。デザインやカラーも重要ですが、技術革新は川上、つまり原料から始まります。原料の加工や染めの技術がないと、製品は成長・進化できません。帝人グループで培った繊維の知識や技術を変革・進化させていける余地は、まだまだ残っていると感じています。弊社はストッキング、タイツ、インナーウェアを製造販売する会社ですが、一つひとつの製品に無限の可能性があるのです。繊維産業は「衰退産業」と言われることもありますが、決してそんなことはありません。お客様のかかえる悩みや課題を解決し、豊かな生活を支えるという弊社のパーパス「肌と心がよろこぶ、今と未来へ。」を実現するチャンスはいくらでもあります。

ーーアツギの製品開発において、どのような点を特に重視されていますか?

日光信二:
お客様の声を丁寧に聞くと、そこに潜在的な課題や価値を見出すことができます。その一つが、タイツのような強度とストッキングのような透明感を併せ持つ新次元レッグウェア「スゴスト」です。これは、長年お客様からいただいてきたストッキングの強度に対するご意見から生まれた製品です。はいた時に肌に馴染む透明感を持たせるため、ストッキングは細い糸で編んだ薄い生地であることが常識でしたが、これでは求められる丈夫さを実現できませんでした。

そこで、太い糸を使って透明感がある生地のレッグウェアを作ろうと発想を転換したのです。「スゴスト」は社内の着用試験で約8割の人が30回の着用を達成するほど丈夫です。破れにくい製品を作りたいという営業からのニーズと技術開発部隊のやり遂げる執念があったからこそ、この技術革新が実現しました。

もう一つは、若い女性をターゲットにした『アツギカラーズ』です。入社後すぐに「カラフルでファッショナブルな製品を開発しよう」と提案したのですが、「昔は売れなかった」と社内からは反対の声も多くありました。それでも諦めずに開発を進め、展示会に出してみたところ、バイヤーの方々から「こういう商品が欲しかった」と大きな反響をいただきました。

ーー現在の事業戦略や、今後注力していきたい分野についてお聞かせください。

日光信二:
EC(電子商取引)は、D2C(Direct to Consumer)モデルとして強化したい事業の最重要項目です。ネットの売上は全社売上の4%ほどですが、早いうちに15%にまで伸ばしていく方針です。店舗では限られた時間でしか商品を見てもらえませんが、ネットではお客様は5分、10分とじっくり商品ページを見てくださいます。そのため、弊社がこだわっている「肌心地」や「技術」を深く訴求することができます。今後はアメリカ市場でのネット販売も考えています。

また、物流コストについては、現在全国3ヶ所にある拠点を神奈川県綾瀬市の1ヶ所に集約する物流改革を進めています。非効率な“横持ち”をなくすことでコストを削減し、同時に環境負荷の低減にも貢献したいと考えているところです。

諦めない信念が人生を拓き、成長の原動力となる

ーー社長のこれまでのキャリアを振り返り、日々の仕事で大切にされている考え方をお聞かせください。

日光信二:
私は、自分にできるベストを尽くすことを常に心がけています。ベストを尽くすとは、最後の一分一秒まで行動を諦めないことだと考えています。もし、「これでベストか?」と自問自答したときに、少しでも“ベター(より良い)”な点が見つかれば、それはまだベストではない。諦めなければ必ずうまくいく。そして、最後までやり抜いた時こそが「ベスト」なのだと信じています。後悔しないためにも、最後まで諦めずにやり抜くことが重要です。私が正しいと信じたことは必ず実行します。そして、できないことや知らないことは、素直に「分からない」と認めます。それを恥ずかしいとは思いませんし、むしろ周りの人から教えてもらうことで、自分の成長につながると考えているからです。スピーディーに行動し、常に学び続けることこそが、より良い道へとつながると信じています。

編集後記

今回の日光社長への取材を通して最も印象的だったのは、ご自身のキャリアに対する強い信念と、アツギという会社、そして製品への深い愛情であった。特に「諦めなければうまくいく。最後まで行動できたときがベスト」という言葉は、キャリアの節目節目で自らの道を切り拓いてきた日光社長だからこそ持つ、重みのある言葉だと感じた。長年培ってきた経験と情熱を、レッグウェア・インナーウェアという日用品の技術革新に注ぎ込み、お客様の生活を豊かにすることに貢献しようとするその姿勢は、ビジネスパーソンにとって大きな示唆を与えてくれるだろう。アツギが描く未来の「肌心地」に、今後も注目していきたい。

日光信二/1956年北海道生まれ、関西大学卒。1979年帝人商事株式会社(現:帝人フロンティア株式会社)入社。帝人フロンティア株式会社 専務取締役 衣料繊維第二部門長、帝人グループ執行役員兼 製品事業グループ長兼 帝人フロンティア株式会社 代表取締役社長、帝人グループ常務執行役員 繊維・製品事業グループ長兼 帝人フロンティア株式会社 代表取締役社長などを経て、2022年アツギ株式会社に入社。同年、代表取締役社長に就任。