※本ページ内の情報は2024年7月時点のものです。

アパレル業界は、今まさに転換期を迎えている。コロナ禍、円安、大手の破綻など業界を取り巻く状況は不透明そのものだ。

今年25周年を迎えるDOUBLE STANDARD CLOTHING(ダブルスタンダードクロージング)は、現在最も勢いのあるアパレルブランドのひとつである。独特の世界観で人々を魅了し、熱心なファンと販売スタッフの熱量の高さでも知られる。

ブランドを擁する株式会社フィルムは、コロナ禍前にいち早く経営刷新に着手し、業績を伸ばした。すべてのデザインを手掛けながら、経営を統括する社長、滝野雅久氏にお話をうかがった。

強い危機感から新ブランド立ち上げへ

ーーどのようなきっかけで社長に就任したのですか。

滝野雅久:
サンデザイン研究所を卒業し、19歳で入社して初代の江口社長のアシスタントとしてなんでもやりました。経営者になることは考えていなかったのですが、2000年に江口社長が急逝し社長に就任しました。

ーーDOUBLE STANDARD CLOTHINGの立ち上げについて教えてください。

滝野雅久:
1999年、弊社のプライベートブランドとして始めました。当時人気を集めていたagnès b.(アニエスベー)やNICE CLAUP(ナイスクラップ)などはシンプルで安く、価格破壊に近いものを感じました。弊社は特にレディース向け商品を扱っていましたが、高額で一部の層にのみ受け入れられていた状態で、このままでは沈んでいくのではないかという危機感を感じたことを覚えています。

ダブルスタンダードという名は、ブランドのコンセプトに「対になるデザインを掛け合わせた」と掲げていますが、実は後付けです。世の中は今も昔も本音と建前だらけで、表も裏もあります。「しかし、真実はひとつだ!」と感じていたので、あえて逆の意味の言葉を、反骨精神を持って名付けました。

ーーブランドが認知されてきた経緯をお聞かせください。

滝野雅久:
もともと故江口社長も、ものづくりにはこだわりがあり、縫製の良さで知られる会社でしたので、まずは、その縫製の品質を押し出してやってきました。

今は、SNSの普及で情報が飽和し、表も裏もなくなってしまいましたね。しかし、当時は表より裏のほうがカッコいい時代。弊社は「知る人ぞ知る存在」でしたが、小さなセレクトショップが増えてきた時期で、そのようなショップと組んで口コミでじわじわ認知されていきました。ファッション誌の編集者の方も「何か変なのつくっているね」と面白がって、取り上げてくれました。

販売における人間力の重要性

ーー店舗では販売スタッフの存在が重要だと思いますが、どのような人が活躍していますか?

滝野雅久:
「人間力」を持った人、具体的には親身に相談に乗ってくれる、お得な情報も教えてくれるような気遣いができる人だと思っています。お客様はそのようなスタッフのサービスを見て、あなたがそこまで言うなら買いましょうとなるわけです。人柄や接客で相手の心を動かす、実販売の妙味はそこですね。

販売の仕事を敬遠する向きもありますが、販売の魅力は、今日よくても明日はまたゼロから挑戦していけるという面白さがあります。信頼関係を結んだお客様がたくさん買ってくださったら、販売員冥利に尽きるでしょう。売るということには、そういう満足感があります。それには、自分磨きも必要ですね。販売をしていると、言葉遣いも所作も磨かれてきます。

私は販売員が出世して、本社・本部へ行くという図式にあまり魅力を感じません。販売と本社、それぞれの山があると思うのです。私は本社の山の上にいますが、販売の山に対しても同じ目線でリスペクトしています。

顧客との信頼関係のもと常に新しいものを

ーー経営についての改革などを教えてください。

滝野雅久:
コロナ禍前、資産45億円が27億円まで下がり、マーチャンダイジングを根本的に見直しました。昔はまだ暑いのに冬物を売るなど、現実とはかけ離れた売り方をしていたのです。そこから、一気につくらずその時期に合ったものを出していく形に変えました。常に新しいものをたくさんではないけれど、提供していく。コロナ禍が苦しかったとよく聞きますが、うちはコロナ禍前の施策があったので盛り返しました。

ーー会社の指針と展望をお聞かせください。

滝野雅久:
今の時代は、混沌としていますね。物があふれているのに、人はあまり買いません。円安が進んで、安いものがつくれなくなっています。安いものを大量につくって売る時代も、とっくに終わっています。だとしたら、やはり私たちのようなブランドが、好きでいてくださる方に確実に何かを届けていくことが大切なのではないでしょうか。

私たちの服は、その都度変わります。前のものを追いかけるのでなく、どんどん進んでいくのです。変化しないのが一番危険と考え、常に新しいものをつくりながら、生きてきました。だからこそ、生きてこられたとも思います。

今、経営はとてもいい状態ですが、特に何か数字を目指しているわけではありません。私たちには、Sov.、ESSENTIAL、CORCOVADO、OSLOW、D/himなどのブランドもあります。今後はニュアンスの違うブランドを掛け合わせて、それぞれを活かす店をつくっていきたいと思っています。

編集後記

かつて、「裏」というものがカッコよかった時代がある。裏原宿全盛の時代に産声を上げ、セレクトショップの中で存在を確立したDOUBLE STANDARD CLOTHINGは、表も裏もなくなった今の時代にいよいよ強い輝きを放っている。残暑の時期に冬物を売るような業界の慣習を排し、大手には不可能な独自の道を歩む。真実はただひとつ、「変わり続けること」。株式会社フィルムの歩みは、アパレル転換期のひとつの希望となるだろう。

滝野雅久/1961年、岩手県生まれ。サンデザイン研究所で学び、株式会社フィルムに入社。社長アシスタントとして営業・経理などに携わる。2000年、代表取締役に就任。