※本ページ内の情報は2025年12月時点のものです。

栃木県足利市に位置する「あしかがフラワーパーク」。圧巻の藤棚や幻想的なイルミネーションで国内外から多くの観光客を魅了する。その運営を担うのが株式会社足利フラワーリゾートだ。同社は、花の価値に応じて入園料を変動させる独自の価格戦略や、顧客の心を掴む商品開発力を武器にしている。CNNによって「世界の夢の旅行先10カ所」に日本で唯一選出されるなど、国際的にも高い評価を受け、年間150万人以上が訪れる日本有数の施設へと成長を遂げた。同社を率いる代表取締役社長の早川公一郎氏は、幾多の困難を乗り越え、いかにして組織を成長させてきたのか。独自の経営哲学と、従業員や地域と共に未来を創造しようとする情熱に迫る。

葛藤の末に見出した生涯を捧げる決意

ーーこれまでのご経歴についてお聞かせいただけますか。

早川公一郎:
弊社は祖父が創業した会社で、もともと後を継ぐつもりは全くありませんでした。大学4年生までは、ごく普通のサラリーマンになろうと考えていたのです。本家の人間ではなかったこともあり、いずれは私のいとこが後を継ぐのだろうと漠然と思っていました。

しかし、後継者の問題がうまく進まない中で、大学4年の夏に父である現会長から「やってみないか」と声をかけられました。その時、不思議と直感で「やろう」と決めたのです。特別な修行や経験を積むこともなく、園内のレストランでウェイターとしてキャリアをスタートさせました。

ーー入社当初は、どのような思いで仕事と向き合っていましたか。

早川公一郎:
正直に言うと、最初は中途半端な気持ちでした。「ダメだったら、いつでも東京に出て自分のやりたいことをやればいい」と、どこか安易に考えていたのです。しかし、「社長の息子」という立場は想像以上に難しく、何でもできて当たり前という周囲の目に常にさらされていました。

経済学部の出身で、造園や飲食の知識も経験も全くない状態からのスタートです。業者との打ち合わせでは知らない言葉をすべて頭に詰め込み、後で必死に調べる毎日でした。教育係もいなかったので、「自分で成長しなければ、この会社に自分の居場所はない」と、常に自分を追い込んでいました。

ーー仕事をしている中で、心境の変化はありましたか。

早川公一郎:
20代半ばまでは自分の生き方に迷いがありました。しかしある時、共に働く社員たちの信用や信頼を肌で強く感じる瞬間がありました。そこからは「もう迷うのはやめよう。この人たちや、その大切な家族のために人生を捧げて生きていこう」と、覚悟が決まりました。それが、私の中ですべてが変わった大きな転機となりました。

コンプレックスを強みへと昇華させた信念

ーー会社を率いる中で、どんなところに難しさを感じていましたか。

早川公一郎:
私はもともと自分に自信がなく、人見知りで、人前で話すことが本当に苦手でした。しかし、会社を率いる立場として、それではいけないと考えました。「社員や関わる人たちのためにどういうリーダーであるべきか」を考えた末に、理想の姿を「演じる」ことにしたのです。何事もスマートにこなし、論理的でありながら人に寄り添える人間。それが私のなりたいリーダー像でした。

ーー「演じる」ことで、ご自身に変化はありましたか。

早川公一郎:
仕事中は本来の自分を完全に封印し、まるで劇団員のように理想像になりきりました。休日もほとんどなく、寝る時以外はずっと演じ続けていたら、いつしかそれが本当の自分になっていきました。かつて人見知りの自分にコンプレックスを感じていたことが、今では信じられないくらいです。「変わらなければ自分の居場所はない」というくらい自分を追い込んだからこそ、今の私があるのだと思います。

芸術性を追求する「永遠の未完成」という理念

ーー貴社が目指す庭園のあり方についてお聞かせください。

早川公一郎:
私たちは、藤の花、イルミネーション、そしてこれからの柱となるバラを中心に、年間を通じて季節感と感動をお客様にお伝えできる庭園を目指しています。そのために、日本の四季をさらに細分化し、独自の「8つの季節」というテーマを設定しました。

庭園づくりで最も大切にしていることは、品質(クオリティ)と個性(オリジナリティ)の徹底的な追求です。本当に素晴らしいものは何度見ても飽きません。私たちも、お客様が来るたびに新しい感動を得られるような、芸術性の高い庭園づくりを目標としています。

この仕事に完成はなく、いわば「永遠の未完成」です。従業員一丸となって追求し続けるからこそ、施設の価値は高まっていくと信じています。花を通して、お客様の心に温かさや感動をお届けすることが私たちの使命です。

高いリピーター率を支える緻密な価格戦略

ーー貴社の強みについてどうお考えですか。

早川公一郎:
現状に満足せず、常に新しい魅力づくりに挑戦し続けていることだと思います。お客様が「来年は何があるのだろう」と期待してくださることが、約65%という高いリピーター率につながっています。

また、花の開花状況に応じて入園料を毎日変動させる「ダイナミックプライシング」も重要です。毎朝、私と幹部が園の状態を確認し、その日の価値にふさわしい価格を提示します。お客様に納得感のある価値を誠実に提供することが、未来のお客様をつくると考えています。

また、入園料収入だけでなく、販売や飲食の売上が非常に高いことも特徴です。藤の香りを生かした化粧品や、藤の花をイメージしたソフトクリームなど、ここでしか手に入らない商品を各部署が企画・開発に力を入れています。社員それぞれが「お客様に喜んでいただくにはどうすれば良いか」を考え抜き、実践することで、高い収益性を実現できているのです。

試練を乗り越え描く事業と地域の未来図

ーーこれまでで最も厳しい経験は何でしたか。

早川公一郎:
資金繰りに窮した20代の頃や東日本大震災など、厳しい経験は数多くありました。中でも最大の試練が、2019年に起こった台風で園内が水没した時です。世間からは「復旧には2、3カ月はかかるだろう」と言われていました。しかし、私はこれをチャンスだと捉えたのです。世の中が悲観的な見方をしている今だからこそ、驚異的なスピードで復旧を成し遂げれば、大きなポジティブイメージに転換できると考えました。結果的に、従業員と関係業者様の尽力により、わずか8日間で仮オープンにこぎつけることができました。

ーー数々の困難を乗り越えてこられた経験は、どのように生かされていますか。

早川公一郎:
組織としての本当の強さを手に入れることができたと感じています。順風満帆な時は、どうしても無駄が生まれたり、仕事に対するこだわりが甘くなったりしがちです。私たちは、良い時も経験しましたが、それ以上に厳しい時期を全員で乗り越えてきました。絶望的な状況に陥ると、不思議と全員が同じ方向を向き、組織が一つにまとまります。そうした経験があったからこそ、組織としての基礎体力が養われ、コロナ禍のような未曾有の事態に直面した時も、冷静に対応できました。厳しい経験こそが、今の私たちを作っている糧になっています。

ーー最後に、今後の展望と目標をお聞かせください。

早川公一郎:
現在、年間約25万人の訪日外国人客数を、3年で倍増させたいと考えています。庭園や花を鑑賞することを「旅の目的」として確立し、「あしかがフラワーパーク」をその目的地の一つにしていきたいです。

しかし、事業拡大自体がゴールではありません。究極の目標は、企業が正しく成長し、そこに関わる社員が豊かになること。そして、私たちの成長が、この地域全体の発展に貢献できることを目指します。

編集後記

家業を継ぐつもりのなかった青年が、社員からの信頼を胸に覚悟を決めた。そして理想のリーダー像を「演じ」続けることで本物の経営者へと変貌を遂げた。早川氏の歩みは、そのまま会社の成長の軌跡と重なる。「順風満帆な時は、仕事に対するこだわりが甘くなりがち」という言葉通り、幾多の逆境を乗り越える中で培われた組織力と、現状に満足しない真摯な姿勢。それこそが、多くの人々を魅了し続ける庭園の美しさの根源なのだろう。社員の豊かさを第一に願うその経営哲学は、これからの時代のリーダーのあり方を示唆している。

早川公一郎/栃木県足利市出身。成城大学経済学部を卒業後、2003年に入社。2017年に代表取締役に就任し、年間来場者が150万人を超える花のテーマパーク「あしかがフラワーパーク」を運営する。社外では、日本商工会議所 観光・インバウンド専門委員会委員、とちぎDMO とちぎ観光地づくり委員会委員長などを務めている。