
人々の生命と財産を火災から守る防災事業のリーディングカンパニー、能美防災株式会社。同社は自動火災報知設備や消火設備の開発・製造から施工、保守までを一貫して手がけ、防災業界のトップメーカーとして社会の安全を支えている。長年にわたりトンネルやプラントなど大規模な現場の第一線でキャリアを重ね、2025年に代表取締役社長へ就任した長谷川雅弘氏。現場で培った知見と「社会に役立つ仕事」という揺るぎない信念を胸に、変化する社会の新たなリスクに挑む同氏に、これまでの歩みと防災の未来に向けた展望をうかがった。
社会貢献への強い決意と仕事の原点
ーー貴社へ入社された理由についてお聞かせください。
長谷川雅弘:
一つの専門分野を極めるだけでなく、より広い領域で社会に貢献したいと考えていました。その中で、人々の安全に直結する「防災」という事業の社会貢献性の高さに強く惹かれたのです。さらに、自社で設計から製造、施工、保守・メンテナンスまで一貫して手がけている点、多様な仕事を通じて成長できる点に魅力を感じ、入社を決意しました。
ーー入社後のキャリアで、特に印象に残っている経験は何でしょうか。
長谷川雅弘:
入社2年目に経験した日本坂トンネル火災事故です。173台もの車両が焼失した大事故の復旧工事に携わりました。トンネル内の防災設備が機能しなければ車両を通すことは一切できず、重要な交通インフラが麻痺してしまう状況でした。入念な準備をして、24時間体制で約1ヶ月かけて復旧させました。この経験を通じ、自分たちの仕事が社会に不可欠であると肌で感じ、「世の中に役立っている」という強い実感を得たのです。これこそが、私の仕事の原点です。
最前線に出て課題を先回りする現場主義の徹底
ーーその他に、記憶に残っているプロジェクトはありますか。
長谷川雅弘:
東京湾アクアラインの消火設備プロジェクトです。複数の建設会社が各工区を施工する中、消火設備はアクアライン全体を一つのシステムとして統合・管理する必要がありました。関係者全員と密に連携し、約2年間かけて完遂させたこの巨大プロジェクトは、私のプロジェクトマネジメントの礎を築く、貴重な経験となりました。
ーー大規模な現場をまとめる上で、特に大切にされていたことは何でしょうか。
長谷川雅弘:
常に現場へ足を運び、自分の目で直接状況を確認することです。「報連相」をただ待つのではなく、自ら現場の最前線に出て状況を把握し、課題を先回りして解決することを徹底していました。時には他社の業務領域まで深く理解し、互いの協力点を見いだすことで、プロジェクトは円滑に進みます。オフィスで報告を待っているだけでは、真の現場主義は実現できません。
世界でも類を見ない技術力と一貫体制の強み

ーー貴社の事業内容や強みについてお聞かせください。
長谷川雅弘:
自動火災報知設備、消火設備、そして保守・メンテナンスの三つが事業の柱です。火災報知と消火の両方を高い技術レベルで一貫して手がける企業は世界でも類を見ません。多様な燃焼実験が可能な国内最大級の研究施設を保有している点も強みです。お客様が抱える個別の課題に対し、研究開発の段階から最適なソリューションを提案できる技術力こそが、弊社の最大の強みだと考えます。
ーー会社として最も大切にされている価値観は何でしょうか。
長谷川雅弘:
創業以来受け継がれている「防災事業のパイオニアとしての使命に徹し、社会の安全に貢献する」という社是と、経営理念です。経営理念は「研究開発からメンテナンスまでの一貫体制の下、災害から生命・財産を守るための最新、最適な防災システムを、日本全国そして世界に提供し続けること」です。防災という事業領域に特化しているからこそ、私たちの使命は極めて明確です。全社員がこの価値観を共有し、自らの仕事が社会の安全・安心に直結しているという誇りを持って業務に取り組んでいます。
新たなリスクに挑む技術開発と事業領域の拡張
ーー今後の事業展開について、どのようなビジョンをお持ちですか。
長谷川雅弘:
堅調な業績を背景に、2028年度に売上高1700億円の達成を目指す中長期ビジョンを推進中です。例を挙げると、近年はリチウムイオン電池による火災のように、従来の想定にはなかった新たな火災リスクが増加しています。それらに対応する新しい防災システムの開発が急務です。また、環境負荷低減の観点から、フッ素化合物を含まない新しい泡消火薬剤の開発にも注力しています。
ーー今後の事業成長の鍵は何でしょうか。
長谷川雅弘:
事業領域の「拡張」と「深化」、この両輪だと考えています。もちろん、基盤である防火事業の技術をさらに深化させていくことは大前提です。しかし、近年の自然災害の甚大化・頻発化や社会インフラの老朽化といった社会課題に目を向けたとき、私たちが培ってきた技術で貢献できる領域は、まだまだ大きく残されています。この新たなニーズに応えていく「事業領域の拡張」こそが、成長の鍵です。具体的には、橋やトンネルの健全性を監視するモニタリングシステムや、災害備蓄品の管理といった、火災以外の防災ソリューションの提供を既に始めているところです。
そして、この動きを加速させるための大きな布石となるのが、気象センサーを得意とする企業のグループ化です。この会社が保有する技術と、弊社の防災技術を融合させることで、これまでの枠組みを超えた新たな価値を創造できる。この相乗効果こそが、未来の成長を牽引していくと確信しています。
大規模インフラへの挑戦が育むプロ意識と誇り
ーー事業を拡大していく上で、人材の採用や育成についてはどのようにお考えですか。
長谷川雅弘:
社長就任のお話をいただいた際、営業から現場設計、そして大規模プロジェクトの管理まで、この会社の全てを見てきた自分だからこそ成し遂げられることがあると確信し、引き受けました。事業成長を支える人材確保と、働きがいのある環境づくりの両輪で取り組んでいます。特に、現場で働く社員のモチベーション向上に力を入れているところです。社員が「現場の仕事がしたい」と心から思えるよう、待遇改善や働きやすい環境づくりを推進します。社内公募制度により人材の流動性を高め、挑戦を後押しする取り組みも始めています。
ーー貴社で働く魅力について教えてください。
長谷川雅弘:
社会の記憶に永く残るような大規模プロジェクトに、若いうちから挑戦できることだと思います。たとえば、これから建設される日本一の超高層ビルの防災設備には、弊社も携わっております。このような巨大建築物の安全を一つのシステムとしてつくり上げる仕事ですから、責任は重大です。だからこそ、乗り越えた先には計り知れない達成感とやりがいがあるでしょう。自分が手がけた仕事が形として残り、永続的に社会の安全を支え続ける。そうした誇りを感じられることこそ、弊社で働く最大の魅力ではないでしょうか。
編集後記
入社2年目に経験した未曽有のトンネル火災。その過酷な復旧現場で「社会に役立つ」という、生涯の仕事の原点を見いだした長谷川氏。その経験を原点に、東京湾アクアラインをはじめとする数々の大規模プロジェクトの最前線に立ち、常に現場を起点に物事を考える姿勢を貫いてきた。代表取締役社長に就任された今も、その信念が揺らぐことはない。変化する社会の新たなリスクに立ち向かい、火災という領域を超えて「防災」の未来を切り拓こうとする能美防災。その挑戦を支えるのは、社員一人ひとりの胸に宿る「命を守る」という熱き使命感である。

長谷川雅弘/1955年福井県生まれ。1978年早稲田大学理工学部卒業後、能美防災工業株式会社(現・能美防災株式会社)に入社。取締役エンジニアリング本部長、取締役常務執行役員、取締役専務執行役員を経て、2025年6月、同社代表取締役社長に就任。