
患者自身の脂肪組織から細胞治療用の細胞を自動分離する医療機器の販売を手がけるADRセラピューティクス株式会社。商社として実績を積んだ同社は今、製品の国産化を進め、メーカーへと生まれ変わる重要な変革期にある。この転換を牽引するのが、代表取締役社長の林寿人氏だ。幼少期に抱いた科学者への夢を叶え、化学メーカーで19年の経験を積んだ同氏に、これまでのキャリアと新たな挑戦、その技術が拓く可能性について話を聞いた。
科学者の夢を実現したキャリアと二つの流儀
ーー科学の道に興味を持たれたきっかけについてお聞かせください。
林寿人:
小学校1年生の時に行った「つくば万博」がきっかけです。当時、野球選手や警察官といった夢もありましたが、万博で科学関係の展示を見て、「科学技術は面白い」と衝撃を受け、科学者になりたいと強く思いました。
大学は理系学部に進みましたが、研究室での生活は正直とても辛かったです。期限までにデータを出すため、朝まで実験することも日常茶飯事でした。しかし、つらい中でもやり遂げた時の達成感は非常に大きかったです。その楽しさもあり、「行けるところまで行きたい」という思いで大学院に進み、博士号を取得しました。
ーーその後はどのようなキャリアを歩まれましたか。
林寿人:
ご縁あって日産化学工業株式会社(現・日産化学株式会社)に入社しました。ここでは、研究員として大学時代から関心のあった再生医療向けの材料開発などに携わりました。再生医療向けの細胞製造プロセスや、それに使う材料を開発するプロジェクトを手伝うチャンスをいただき、夢中で取り組みました。最終的にはそのプロジェクトを任され、製品化のタイミングで本社のプロジェクトマネージャーになりました。
その後、企画部門へ移ったのですが、ここでの経験が今に直結しています。研究は実験結果が第一でした。しかし企画では予算の立案・管理から受発注、契約、特許関連まで、実務を幅広く担当することになったのです。扱っている製品は同じでも業務内容は全く異なり、最初はギャップがありましたが、「知らないことはなくしたい」「できるようになりたい」という一心で取り組みました。この時に培った実務経験は、現在の業務にそのまま生きています。
ーー仕事に向き合う上で大切にされている考え方を教えてください。
林寿人:
2つあります。1つは、「うまくいくイメージを持って仕事に取り組むこと」です。ゴールのイメージができていれば、そこに向かって力を適切に配分できます。注力すべき点と、効率化すべき点を明確に判断できるからです。その方が疲れにくくて、何より楽しいと思うのです。
もう1つは「責任を持つこと」です。私にとっての責任とは、「一度やり始めたことを、投げ出さずに最後までやりきること」。分からなくても、できなくても、途中で投げ出さずに、ちゃんと人に渡せる良いところまで持っていく。それが本当の責任だと考えています。
医療現場への思いとメーカー変革への使命感
ーー貴社へ入社されてから社長へ就任されるまでの経緯をお聞かせください。
林寿人:
前職では製品の基礎となる材料の開発に携わっていました。ですが次第に、それが最終製品として医療現場でどう使われ、患者さんからどんな声が届くのかをダイレクトに知りたい、という思いが強くなりました。全力で働ける残り時間を考え、その分野にチャレンジしたいと決意したのです。
社長への就任については正直まったくの想定外でした。もともとは研究開発がしたくて2025年の1月に入社し、会社の課題などを経営陣に提案していました。そうした流れの中で3月には執行役員となりました。そして6月には、それまでの提案も含めて「自ら責任を持って推進する必要がある」という意志の下で、社長を任されたと認識しています。
ーー社長就任時、どのような役割を託されたとお考えでしたか。
林寿人:
弊社はもともと、海外製品を日本で販売する商社でした。しかし今、主力製品の国産化を進めており、まさに商社からメーカーへと生まれ変わる変革期にあります。メーカーとして品質を安定供給し、お客様をサポートする責任が生まれます。前職で培ったメーカーとしての経験を生かし、この変革を軌道に乗せることが私に託された役割だと考えています。
培養不要の細胞分離技術が拓くQOL向上の可能性

ーー貴社の事業について、教えてください。
林寿人:
弊社は、患者様ご自身の脂肪組織から細胞治療用の細胞を分離・抽出する医療機器を扱っています。その機器の最大の特長は、脂肪採取から移植まで最短1時間半から2時間という短時間で完了することです。一般的な治療のように細胞を培養する必要がないため、患者様の負担も少なく、安全性が高いと考えています。
脂肪由来の細胞には、血管を新しくつくる力や炎症を抑える力などが期待されています。たとえば、多くの方が悩む膝の痛みや、糖尿病の末期症状で足の切断に至るケース。また、前立腺の手術後の尿漏れや乳がん後の乳房再建など、さまざまな分野で患者様のQOLを大きく向上できる可能性があります。ひいては健康寿命を伸ばすことにも貢献できると、臨床研究などで示されています。
製品国産化と新製品開発で目指す未来の企業像
ーー現在、特に注力していることは何ですか。
林寿人:
まずは既存事業の営業強化です。国産化で製品価格も抑えられるため、積極的に市場を拡大していきます。同時に、新会社として株式会社ADR genesisを設立し、主に海外展開を視野に入れた新製品の開発もスタートしました。また、細胞間の情報伝達を担う「エクソソーム」を活用した製品開発も進めています。これらを新規事業の柱として育てていく方針です。
ーー事業を拡大していく上で、どのような人材を求めていらっしゃいますか。
林寿人:
営業であれば、特に臨床工学技士の方などを歓迎します。病院で装置のメンテナンスや実際の使用を経験された方は非常に強いです。そうした経験を持ち、営業にも意欲のある方は大歓迎です。
また、メーカーとして体制を整えていく重要な時期でもあります。そのため、自分の業務に垣根をつくらない方が必要です。主体的に「あれもこれもやらなければ」と考え、実行できる方。求められるものを自ら考え実行する「頭脳集団」を、一緒に目指せる方に来ていただきたいです。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
林寿人:
まずは国産化を軌道に乗せて早期に黒字化することです。国産化で製品をより安価に提供できる見込みでもあります。これまで不足していた情報発信にも力を入れ、出荷数を上げていきたいです。
そして、2030年頃には「1人1億稼ぐ会社」になっていたい。装置の導入実績や安全性というポテンシャルは十分にあると思っています。今後は学会発表などを通じて、この素晴らしい治療法をより広く届け、多くの方の健康に貢献していきます。
編集後記
幼少期に抱いた科学への憧れは、研究、事業企画というキャリアを経て、「患者のQOL向上」という明確な使命へと昇華された。商社からメーカーへという困難な変革を、林氏は持ち前の探究心と責任感で牽引していくのだろう。培養不要という画期的な技術が、より多くの人々の健康寿命を延ばす未来に期待したい。

林寿人/1977年東京都生まれ。2006年筑波大学大学院数理物質科学研究科修了後、日産化学工業株式会社に入社。材料科学研究所主任研究員、企画本部主査・細胞材料プロジェクト マネージャー、AMED ACEプロジェクト外部識者を歴任。2025年1月サイトリ・セラピューティクス株式会社(現・ADRセラピューティクス株式会社)へ入社し、執行役員事業企画統括を経て、6月代表取締役社長に就任。