
三重県桑名市に本社を置き、1933年の創業以来、納豆製造を手掛ける株式会社小杉食品。伝統食品である納豆の品質を徹底的に追求し、同族経営からの脱却という変革を成し遂げてきた。大手食品メーカーでの経験を活かし、品質管理体制を確立するとともに、納豆菌と向き合い続ける同社の代表取締役、小杉悟氏に、品質への探求と健康への理念を聞いた。
品質管理と営業を学んだ修業時代
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
小杉悟:
小杉食品は祖父母が始めた家業で、生活に納豆があるのが当たり前の環境で育ち、自然と家業を継ぐ思いがありました。大学は食に関連する分野を選び、社会人としてのキャリアはキユーピーでスタートしました。きっかけは、夏休みに今でいうインターンシップのような形でキユーピーでアルバイトをしたことです。その流れで入社の話をいただき、卒業後はそのままキユーピーへ入社しました。
ーーキユーピーではどのような経験をされましたか。
小杉悟:
最初は工場のマヨネーズの原料である卵を割る割卵部門に配属されました。マヨネーズは菌が繁殖しにくい一方、ドレッシング類は徹底した衛生管理が必要です。そこでの経験は、現在の納豆づくりにも通じる部分があると感じています。
食品の製造部門で働いていた時に、父の体調が優れない時期があり、上司に家業を継ぐことについて相談しました。その上司は、私の事情を理解し、「家業があるなら、工場経験だけでなく営業的なことも勉強して帰った方がいい」と言ってくださったのです。そして、キユーピーを退職し、上司の勧めに従って、大阪の伊丹にあるグループ会社で1年間、営業を経験させてもらいました。キユーピーでの食品製造管理と営業の経験を合わせたこの4年間で、社会人として働く上で大事なことをすごくたくさん学ぶことができました。
「家業」から「企業」へ 品質管理の意識改革
ーー家業に入られた当時のことをおうかがいできますか。
小杉悟:
1987年に入社しましたが、前職で培ったプロの食品製造管理の意識から見ると、当時の家業の現場には「企業」と「家業」の間に深いギャップがありました。特に、衛生観念や作業手順に「時代錯誤」と感じる部分が多く、「このままではいけない」と強く感じました。当時はHACCP(※1)の考え方も浸透しておらず、食品を扱う企業としての意識に変えてもらうのに苦労しました。ここから、家業ではなく「企業」を目指すための意識改革が始まりました。
そのギャップを埋めるために、先代である父及び父の兄弟と衝突しながらも、粘り強く対話を重ねました。そして転機が訪れます。一つ目の転機は、関東の大手納豆メーカーのOEM(※3)を引き受けたことです。大手企業の高い品質基準に応え続けることで、工場の衛生レベルや社員の意識が向上しました。OEMの経験が、現在の品質基盤となっています。
そして二つ目の転機は2000年の工場移転です。移転を機に、食品会社として正式にHACCPに沿った考え方での管理をしようと決めました。その後HACCP認証(※2)を取得することになります。私も配達などの外回りの仕事から、工場がうまく稼働するかどうかを管理する役割に変わりました。
(※1)HACCP(ハサップ):食品の安全性を確保するための国際的な衛生管理手法。
(※2)HACCP認証:HACCPに基づく衛生管理システムを審査し、基準を満たしていることを公式に認める制度。
(※3)OEM:「Original Equipment Manufacturing」の略で、他社ブランドの製品を製造すること。
「納豆菌と会話する」品質への絶え間ない追求

ーー納豆づくりで最も大切なことについてお聞かせください。
小杉悟:
納豆菌という「生き物」を扱っている意識を常に持つことです。納豆の品質は発酵の良し悪しで決まります。発酵が浅ければえぐみが残り、深すぎるとアンモニア臭が出ます。狙った「良い香り」と「豆の旨味」を引き出すには、菌が心地よく活動できる環境整備が不可欠です。
そこで「納豆菌と会話する」ことを目指しています。菌の日々の状態変化に合わせ、五感で納豆菌の生育状況と発酵状態を感じ取り、気温や湿度、大豆の状態により、発酵の温度や時間を微調整します。そのためのデータ管理も重要であり、現場の調整が品質を左右します。
納豆菌はデリケートで雑菌に弱いため、品質を安定させるためには、工場の清掃や衛生管理を徹底しなければなりません。さらに、大豆も産地や品種によって水分量や硬さが異なります。そのため、私たちはその特性を確実に見極め、最適な浸漬時間や蒸し方を調整しています。これは、納豆菌が均一に活動できるようにするためです。
納豆の可能性を広げる新たな挑戦
ーー新たな商品開発の取り組みについて教えてください。
小杉悟:
電気製品など、あらゆる業界が大きく変化するなか、納豆は20年、30年前と変わらず、発泡スチロールの容器に入ったままです。食品業界自体は変化していますが、納豆のスタイルは変わっていません。だからこそ、今の時代に応じた納豆へと、もっと変えていかなければならないと考えています。
そうした革新の取り組みの一つとして、海外展開と、多様な食文化への対応に力を入れています。会社の歴史とともに成長してきたロングラン商品「都納豆」をはじめ、当社の納豆は市場平均より遥かに高い比率で国産大豆(地元三重県産や北海道産)を使用し、大豆の栽培方法にこだわり、納豆製造の水や空気にもこだわっています。
また、インバウンド(訪日外国人)の回復を見据え、ハラールに対応した商品やホテルの朝食向け商品も手掛けています。加えて、欧米のビーガン(完全菜食主義者)向けに、動物由来の成分不使用の納豆のタレも開発しています。一般的なタレにはカツオエキスなど動物由来の成分が使われます。しかし、ビーガン対応のタレは昆布など植物性の旨味だけで味を調えました。「これなら安心して食べられる」と、納豆に手を出しにくかった方にも間口を広げたいと考えています。
ーー商品開発のアイデアはどのように生まれるのでしょうか。
小杉悟:
弊社には、あえて専門の商品開発部という部署は設けていません。営業の仕事は商品を売ることだけではなく、お客様から「こんな商品があったらいい」という生の情報を収集してくることが非常に重要だと考えています。その情報をもとに、品質管理の担当者や工場の製造メンバーなど、現場をよく知る者たちが集まって開発チームをつくり、お客様のニーズを形にするために検討を重ねています。
納豆を通して心と身体、地球の健康に貢献する
ーー経営理念にはどのような思いを込めていらっしゃいますか。
小杉悟:
「『納豆』をとおして、心と身体の健康に貢献しよう!」という企業理念を掲げています。これはお客様だけでなく、地域社会、地球の健康にも貢献するという意味です。国内のみならず、海外の納豆文化がなかった人たちにも健康を届けたいと考えています。
ーー採用・人材育成についてお聞かせください。
小杉悟:
現場のスタッフとして高校生を毎年2〜3名採用しています。その他、大卒採用も行っており、工場の管理部門や発酵のコントロール、機械のメンテナンスなど、技術的なところを担ってもらいたいと考えています。もちろんキャリア採用も行っています。
社員には「個性のある人間として更に自分を磨くことを大切にしてほしい」と伝えています。皆が同じ方向を向くのではなく、違う人間の集まりであってほしいと考えています。仕事だけでなく趣味や遊びでも、好きなことを一生懸命に打ち込むことで、互いに発見があり人生が豊かになります。
ーー最後に、今後の展望についておうかがいできますか。
小杉悟:
今後の展望としては、納豆のスタイル自体を変えていきたいです。納豆は発泡スチロールの容器に入って、タレとからしを混ぜて食べるというスタイルが何十年も変わっていません。もっとスマートに、たとえば既に味付けがしてあったり、具材が入っていたり、消費者の皆様にとって「こんなに便利になった」と感じてもらえるよう、納豆自体がもっともっと変わっていかなければならないと模索しています。
編集後記
大手メーカーで培ったプロの食品製造管理と品質管理の視点を武器に、小杉氏は家族経営の現場へと飛び込んだ。先代との衝突を恐れず品質意識の徹底を説き続けた原動力は、「納豆菌と会話する」という言葉に象徴される、生き物への深い敬意と絶え間ない品質探求心にある。日本の伝統食品の可能性を信じ、ビーガン対応や海外展開といった新たな市場に挑戦し続ける同社の取り組みは、食を通じて人々の健康に貢献するという、揺るぎない理念の未来を力強く照らしている。

小杉悟/三重県桑名市生まれ。大学の農学部・食品製造科学科を卒業後、大手食品メーカーのキユーピー株式会社に入社。工場での製造経験と関連会社での営業経験を積む。1987年、家業である株式会社小杉食品に入社し、工場移転に伴うHACCP(ハサップ)認証取得などを主導。2002年に代表取締役に就任。