
週1回2時間のレッスンから声優を目指せるという独自のコンセプトを打ち出し、業界に新たな流れを築いてきた株式会社日本ナレーション演技研究所。声優養成所市場において、エリア展開や幅広い時間帯の選択肢を提供し、受講生の通いやすさを追求している。2024年9月に代表取締役社長に就任した山ノ井弘昌氏は、経理畑での長いキャリアで培った経営感覚と、社員を信頼し権限を委譲するボトムアップの経営方針で、設立35周年を迎える同社に新風を吹き込んでいる。変革期にある同社の強みと未来の展望について話をうかがう。
経理の知見を活かし組織の健全性を見据えた経営基盤
ーー貴社へ入社された経緯をお聞かせください。
山ノ井弘昌:
前職の会社を辞め、転職活動を始めた当初は、いくつか内定をいただいた会社がありました。その中で、弊社に入社を決めた最大の理由は、将来性と「誰と働くか」という点です。面接でお会いした方々との会話を通して、この会社が将来性豊かであると感じました。また、私自身、仕事をする上で「誰と一緒に働けるか」を最も重視しています。もちろん待遇も大事ですが、会社で一緒に過ごす時間は家族よりも長くなります。そのため、面接を通じて「この方たちとなら一緒に働ける」という期待が確信に変わり、入社を決めました。
ーー社長就任時に掲げた経営の目標と方針は何でしょうか。
山ノ井弘昌:
以前の弊社は、かなりトップダウンの体制でした。しかし、私はもともと一般の社員として入社し、社長になったとはいえ、つい最近まで同僚だった人間です。そのため、社員には「権限を委譲して業務を任せる」という、今までと真逆のボトムアップの体制を基本方針として掲げました。社員の中には戸惑った人もいたと思いますが、時間をかけて定着させていきたいと考えています。
また、会社の数字はオープンにできないところもありますが、業績にはこだわっていきたいです。声優養成所とはいえ、実態はサービス業です。ご利用の方により良いサービスを提供できる仕組みを、社員全員でつくり上げたいと考えています。
風通しが活発化し社員の自発性が生まれた組織の成果

ーーボトムアップへの移行で、社内の組織にどのような変化がありましたか。
山ノ井弘昌:
以前は社員が指示を待つトップダウンのイメージが強かったのですが、今はスタッフからさまざまな提案が挙がってくるようになりました。業界については素人である私に対して、社員から提案をいただく形です。社長である私は「イエスマン」ではなく、社員の良い提案を前に進める役割を担っています。「なぜ今までこういうことができなかったのだろう」と思うほど、良いアイデアが活発に出てきており、風通しが良くなったと感じています。
また、以前は部署ごとの意識が強かったのですが、今は皆が会社全体のことを考え、積極的な姿勢で新しいことに取り組んでくれるため、組織としてまとまってきたと感じています。
ーー経理畑でのご経験は、現在の社長業でどのように活きていますか。
山ノ井弘昌:
経理畑でのキャリアが長いので、事業計画を練るという点、特に数字に落とし込んで次の具体的な計画を描く場面で経験が活きていると感じています。しかし、どんなに完璧な計画を立てたとしても、それを実行してくれる社員がいなければ、それは「絵に描いた餅」になってしまいます。計画を現場で実現してくれている社員には、改めて感謝しています。
また、中小企業では一人ひとりが多くの役割を担うため、会社全体を俯瞰する視点が非常に大事です。私は経理出身ですが、営業部門など他部署の社員と積極的に情報共有を行い、全体最適を考えるようにしています。
声優スキルを通じた社会人基礎力の育成という新たな価値

ーー貴社事業の強みと他社との違いについてお聞かせください。
山ノ井弘昌:
弊社の最大の特徴は、「週1回からのレッスンで声優を目指せる」というコンセプトです。かつては生活の全てをレッスンに集中させることが常識でしたが、弊社は「まずはチャレンジしてみる」という敷居の低さを実現しました。全力で取り組んでも声優になれるのは狭き門であり、仮になれても自分で稼いで生活できる方はさらに少ないのが現状だからです。
そのため、受講生になるべくリスクを負わせないことを重視し、まずは演技を知ってもらうことからスタートしてもらっています。この取り組みは、当時は本当にそれで役者になれるのかと疑問視されましたが、今では他社も真似るパイオニア的なものとなっています。

ーーレッスン内容や環境面で、特にこだわっている特徴は何でしょうか。
山ノ井弘昌:
レッスンは、現役で活躍されている声優や俳優の方などが直接指導しています。環境面では、地方を含めた様々なエリアでレッスンスタジオを展開しており、時間帯も幅広く選択できるため、通いやすさが強みです。
また、基礎科、本科、研修科とレベル別の指導を行っている点も特徴です。さらに、グループ会社には声優プロダクションが5社あり、受講生全員が所属オーディションを受けられる機会があるのは大きなアドバンテージだと考えています。

ーー声優を目指す方以外に、演技レッスンが生み出す価値は何でしょうか。
山ノ井弘昌:
演技レッスン自体がコミュニケーション能力や社会に役立つスキルにつながったという声を多くいただきます。アニメ好きやエンタメ好きの中には内気な方々もいますが、レッスンを続けることで、積極的な発言や挨拶、表情の明るさなど、自己表現力が格段に向上するのです。声優になれなかった方でも、社会に出て「レッスンのおかげでリーダーになれた」「店長になれた」といった報告をいただいており、私たちとしても、その方たちの人生の一部に何か貢献できたと感じています。
ーー今後は演技レッスンを通して、どのような価値を広げたいとお考えですか。
山ノ井弘昌:
声優育成がどんなものなのかを知ってもらい、もっと認知してもらいたいというのが、現在の弊社の一番の目標です。長期的には、声優を目指す方だけでなく、単純に演技を楽しんでもらうカルチャースクール的な取り組みで、気軽に学べる場もつくれるのではないかと考えています。
また、これまでは情報開示に消極的なスタンスでしたが、より多くの方に声優やお芝居の魅力を知っていただきたく、今後はメディア露出やSNS展開を強化し、親近感を持ってもらえるような動きをしていきます。
会社継続と認知拡大を目指す長期的な事業展望
ーー今後の長期的な展望をお聞かせください。
山ノ井弘昌:
何よりも大事なのは、この会社を継続させていくことです。どんなに理念を語っても、会社の業績が健全で、売上を上げ続けられなければ意味がありません。継続してこそ初めて価値が生まれるので、常にチャレンジし続ける姿勢を続けるべきだと考えます。そのうえで、演技レッスンを通して声優の素晴らしさを知っていただく活動を続け、さらに認知を広げていきたいです。
また、社員にとっては、待遇を含めて働きやすい環境を整備し、会社を好きになってもらい、長く働き続けてもらえる会社にすることが目標です。社員の皆が自発的に動き、その流れを次世代にバトンタッチして、彼らが活躍してくれる姿を見届けることができたらと考えています。

ーー声優に興味を持った読者に向けてメッセージをお願いします。
山ノ井弘昌:
弊社は、「週1回2時間から、気軽に、なおかつリーズナブルな価格でレッスンを受けられる」ということをコンセプトにしています。声優に少しでも興味を持たれた方には、レッスン見学や無料体験レッスンなども用意していますので、「お試し」ぐらいの感覚でぜひ一度チャレンジしていただければと思います。
編集後記
代表取締役社長就任から約1年。山ノ井氏は、異なるバックグラウンドだったからこそ、社員の自発性やアイデアを尊重する「ボトムアップ」の経営を徹底している。そこから生まれたのは、演技レッスンの価値を、声優育成だけに限定しないという新たなビジョンだ。レッスンを通じて培われるコミュニケーション能力や自己表現力など、社会で役立つスキルとして、その価値を広く届けようとしている。この独自の教育理念は、リスクを負わず夢を追いかけたい若者にとって心強い。風通しの良い組織で一丸となり、業界の常識を変えようと挑戦し続ける同社の今後に期待したい。

山ノ井弘昌/1968年生まれ。埼玉県出身。早稲田大学教育学部卒業。大手IT企業にてシステム開発に従事の後、洋菓子メーカー、ベビーグッズ販売会社などでの財務経理職を経て、2014年に日本ナレーション演技研究所に財務経理職として入社。2023年に取締役、2024年に代表取締役社長に就任。