※本ページ内の情報は2025年12月時点のものです。

125年以上の歴史を有するドイツのファミリービジネス、レオナルドクルツ社は、世界50以上の拠点に5,800人以上の従業員を抱えるグローバル企業。その日本支社であるクルツジャパン株式会社は、表面加飾技術による製品の高付加価値化や、紙幣・パスポート向けの先進的なセキュリティソリューションの提供を中心に、生活に欠かせない多様な製品のブランド価値と安全性を支えている。長年にわたり、多様な文化間の課題解決を経験してきた代表取締役の中根章夫氏は、特殊なビジネスをどのように牽引し、変革させようとしているのか。中根氏の豊富なキャリアの原点や、未来を担う人材の育成に懸ける思い、そして同社の多角的な事業の強みについて、話をうかがう。

異文化の壁を越えた品質への認識と柔軟な交渉術

ーー社会人として最初のキャリアについて教えてください。

中根章夫:
外資のホテル業界といった、製造業とはまったく異なる畑でキャリアをスタートさせました。日本国内では、サービス業から製造業への転職は非常にハードルが高く、ほぼ不可能です。しかし、フランスの会社に勤めていた当時、出張先のシンガポールで現地で仕事を見つけました。それが偶然メーカーだったことから、製造業でのキャリアが始まりました。

ーーその後、どのような経験をされましたか。

中根章夫:
製造業に移った後、シンガポールで創業したメーカーの商社部門のような会社に移りました。経営者からパートナーとして誘われ、非常に少人数で事業を運営するベンチャー的な環境でした。その会社では大手メーカーから工場運営など特定のビジネスを引き受けたり、メーカーの海外営業部として海外展開を代行したりするなど、米国のスマートフォンメーカーや北欧の携帯電話メーカーといったお客様とも直接仕事をした経験があります。

日系や米国系メーカーの代理として営業活動を行い、メーカーの技術をアピールすることもあったのですが、その中で日常的に「品質保証」の問題に直面することになりました。

ーーこれまでのキャリアにおいて、印象に残るエピソードはありますか。

中根章夫:
特に印象に残っているのは、やはり品質をめぐるトラブルです。たとえこちらが「良品としての許容範囲内で問題ない」と主張しても、相手は「使えない」の一点張りで、話が平行線をたどることが日常茶飯事でした。製品そのものの良し悪しだけでなく、国や文化的な背景によって「品質」に対する認識や判断基準そのものが、根本から異なっていたためです。こうした認識のズレをどう乗り越えるかという経験が、今の仕事にも活きています。

ーー問題や対立を乗り越えていく上で、大切にされていたことは何ですか。

中根章夫:
相手と対立してしまうと、必ず非常に厳しい状況に陥ります。そのため、相手をコントロールしようとせず、「どうすれば一番楽に、シンプルに解決できるか」を常に意識していました。最終的に大切なのは「交渉先の顧客の先にいるエンドユーザーがどう満足するか」です。それを軸に、「この現状を少しでも打破する道はないか」と、利害が一致する点を探すようにしていました。

自分が描いたシナリオに固執しすぎると、相手との戦いになってしまいます。大きな流れには逆らえないので、状況の変化を柔軟に受け入れることが重要です。そのうえで、「このようにしたいのですが、どうしたらいいですか?」と相手や関係者に相談し、巻き込んでいくようなイメージで交渉していました。この柔軟な発想が大切だと感じています。

「問いで返す」育成法

ーー社員の育成において特に意識していることは何でしょうか。

中根章夫:
社員に対しては、私の経験談を押し付けることはありません。何か聞かれたり質問されたら、問いで返すというメンター的な発想を心がけています。社員は必ず問題の渦中に巻き込まれるため、自ら気づきを得て解決策を見つけてもらう体験を大切にしています。

ーーメンター的に問いかけを繰り返されることで、どのような変化がありましたか。

中根章夫:
弊社は、主に加工メーカーへ製品を販売するビジネスを展開しています。しかし、製品がお客様に届くまでの一連の流れの中には、非常に多くの課題や、まだ満たされていない要望が隠されています。たとえば、加工業者とその先にいるブランドオーナー、デザイナーでは、求めているものがまったく違います。

相手や関係者に相談し、巻き込みながら進めていく手法は、立場の異なる人々が抱える課題を的確に捉えるうえで非常に重要なアプローチです。弊社では、この考え方と視点を日々の指導を通して社員と共有しています。こうした共有によって、社員一人ひとりが物事を多面的に捉える力を高め、ビジネス上の課題を発見し、主体的に解決へ導く力を育んでいます。その結果として、組織全体の力を高める大きな相乗効果が生まれ、弊社の持続的な成長につながっています。

多様なポートフォリオと「本物」を守る中核事業

ーー貴社の事業について、おうかがいできますか。

中根章夫:
弊社の事業の核は、セキュリティ分野にあります。製品が本物であることを証明することが、私たちの最大の使命です。たとえば、紙幣やパスポートには特殊ホログラム箔が付いています。これは「DOVID(回折光学可変画像デバイス)」と呼ばれ、弊社の技術が使われています。様々なブランド製品にもご使用いただいていますが、弊社の会社名が表に出ることはありません。あくまで企業様のブランディングや、ブランドの保護を支えるのが仕事です。

弊社のお取引先は非常に多岐にわたります。食品メーカーから国立機関、自動車、家電、服飾関係まで、お取引先の業界や企業規模を一切問いません。そうすることで、特定の業界の景気に左右されにくいため、社会全体の縮図のようにバランスが取れ、事業が安定しています。

また、「直販」にこだわっているのも特徴です。お客様と直接お話しすることで、市場の生の声をフィードバックとして得られます。それが継続的な事業の推進力になっています。

生き残るための変革と高付加価値モデルへの挑戦

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。

中根章夫:
今後も、自動車部品や電機機器メーカーといった、日本のものづくりを支えるお客様へのサービスは変わらず大切にしていきます。同時に、医療系のような成長分野のサポートも強化します。

中長期的なビジョンは、まず「生き残る」ことです。従来のビジネスモデルは、大量生産を前提に考えられています。しかし、現在の日本市場はすでに多品種・小ロットで高付加価値を追求する形に移行しています。今までのモデルだけに頼っていては、生き残ることはできません。そこで、日本市場に適した新しいモデルを開発する必要があります。たとえば、優れた技術を持つ日本のメーカーと提携し、その日本の技術をクルツグループがグローバルに展開している製品に組み込み、世界に販売していくといった形です。

ーー今後、どのような人材を求めていますか。

中根章夫:
私たちの仕事は、業界もお客様も非常に多岐にわたるため、常に柔軟な対応が求められます。慣れるまでは大変なことも多いかもしれません。だからこそ、「自分らしさとは何だろう」とか「自分は何を発見したいのか」といった問いを、自分自身で持っている方が向いていると思います。

単に流されるのではなく、自分で意識を持って活動していける方。そうした主体性のある方にとっては、日々新しい変化に触れられる、非常に面白く、学びの多い環境だと感じてもらえるはずです。

編集後記

中根氏の言動には、徹底した「柔軟性」が感じられる。グローバルな最前線で文化的な対立を乗り越えてきた経験が、その流儀を形作っているのだ。力でねじ伏せる「戦い」ではなく「利害の一致点を探す」交渉術や、「問いで返す」という独特の人材育成論も、答えを押し付けない同氏の柔軟な姿勢の表れだろう。日本の高い技術力をグローバル製品に融合させるという新たなビジョンも、まさにこの「シナリオを書き換える」発想が鍵となるに違いない。

中根章夫/1967年大阪府生まれ。関西学院大学大学院経営戦略研究科修了。海外商社にて経営に参画し、11年間にわたり複数の国で実務・マネジメント経験を積む。2009年に現職企業へ転職し、2012年に取締役就任。2018年より現職にて、マーケティングおよびデザイン経営の推進を担う。2020年7月より京都芸術大学理事を兼任。アントレプレナーシップ教育、経営と文化を横断する新たな実践知の創出に取り組んでいる。