
福岡県北九州市を拠点に、ステンレスや特殊金属のリサイクル事業、加工販売を手がける親和スチール株式会社。製鋼原料の供給を通じて循環型社会の一翼を担う同社は、近年「週休3日制」の導入や、社員の独立支援といったユニークな施策で注目を集めている。その改革の先頭に立つのが、2018年に代表取締役社長に就任した守田幸泰氏だ。かつて高い離職率に直面し、組織のあり方に苦悩した過去を持つ守田氏。「会社のために人がいるのではなく、人の幸せのために会社がある」という経営哲学は、どこから生まれたのか。社員を「コスト」ではなく「可能性」と捉え、常識にとらわれない組織づくりに挑む守田氏に、これまでの歩みと組織改革への思いを聞いた。
苦悩の末に見出した「人に優しく」あるための覚悟
ーーまずは、守田社長のこれまでのご経歴についてお聞かせください。
守田幸泰:
私は大阪で生まれたのですが、紆余曲折があって、生まれてすぐに母の出身である韓国に渡った後、小学校に上がる頃には北九州へ移り住んでいました。私には兄がいるのですが、私が学生の頃にはすでに家業に入っており、周囲からはずっと「兄のサポートをしなさい」と言われていました。
当時、会社は輸出事業を行っており、母が韓国の大手製鋼メーカーへの販路を自ら切り開いていた時期でもありました。そこで「サポート役として、まずは韓国語を身につけてほしい」と言われ、高校卒業後は韓国へ行き、語学学校とソウルの大学に合わせて6年間通い、その後帰国。そのまま家業に入ったという流れです。
ーー入社後はどのような業務を担当されたのでしょうか。
守田幸泰:
最初は現場からのスタートでした。意気込んで重機の免許も取得したのですが、いざやってみると操作がうまくいかず、現場の職人たちから現場の戦力としては力及ばずと判断され、早々に営業職へ配置転換することになったのです。
そうして営業の仕事が始まったのですが、当時の取引先は父や母が築いた既存のお客様ばかりでした。訪問するたびに「お父さんはすごいね」と言われるのが当時の私には親の七光りのように感じて悔しかったのです。「親が築いた基盤に安住するのではなく、自分の力で一から信頼を勝ち取りたい」。そんな一種の反抗心から、あえて新規開拓に注力することにしました。
入社2年目には大阪営業所の立ち上げを任されたこともあり、それを好機と捉えて、業界紙を頼りに飛び込み営業を繰り返しました。門前払いを受けることも日常茶飯事でしたが、とにかく自分の力でゼロから販路を切り拓こうと必死でしたね。
「余裕」こそが優しさを生む。週休3日制に込めた真意

ーーその後、社長に就任されたのはどのような経緯があったのですか。
守田幸泰:
実は社長就任の直前、会社は組織として危機的な状況にありました。具体的には、離職率が非常に高く、現場はとても疲弊している状態だったのです。
背景には、当時のトップダウン型による厳しいマネジメントがありました。この状況を受けて、私は経営方針に強い不信感を抱いていました。「このままでは残っている社員まで不幸にしてしまう」と痛感し、「私がやります」と手を挙げて引き継ぐ決意をしたのです。ですから、私の経営の原点は「社員を幸せにしたい」ということに尽きます。
ーー社長就任後、具体的にどのような組織改革に取り組まれたのでしょうか。
守田幸泰:
まず徹底したのは、何よりも「社員を守る」という姿勢です。例えば就任直後のコロナ禍では、国の指針を待たずに台湾や韓国の事例を参考にし、2週間の全社一斉休業や時差出勤を即断しました。利益よりも、まずは社員の命と健康を最優先したのです。また、一部の部署では給与水準を維持したままの「週休3日制」も導入しています。
一見すると「社員を甘やかしている」と思われるかもしれませんが、その根底には、私なりの「性悪説」があります。これは決して社員を疑うという意味ではありません。「人は心に余裕がなければ、他人に対して優しくなれない」という、人間としての弱さを前提にしています。
私自身も含め、切羽詰まれば誰しもイライラして他人に当たってしまうものです。だからこそ、精神論ではなく、制度として強制的に「時間的・精神的な余裕」を作り出すことで、社員が互いに優しくなれる環境を整えました。改革の結果、組織全体の雰囲気も自然と良くなっていると実感しています。
自律した個の集合体へ。「全員個人事業主」の構想
ーー貴社の強みや魅力は、どの点にあるとお考えですか。
守田幸泰:
私自身が一番うれしいのは、お客様から「親和スチールの社員さんは対応が素晴らしい」「能力が高くて良い方ばかりだ」と褒めていただいた時で、経営者として何よりも誇りに思います。
もちろん、先代たちが築いてきた販売網や競争力といった基盤はありますが、それらを支えているのは間違いなく最前線で闘っている社員たちです。彼らの真面目さや責任感の強さこそが、現在の弊社における最大の強みだと考えています。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
守田幸泰:
将来的に目指しているのは、社員一人ひとりが会社に依存せずとも生きていける力を身につけることです。会社という枠組みの中にいれば守られている安心感はありますが、一方で収入面での限界や不自由さも生じてしまいます。もし彼らが個人事業主として独立し、弊社と対等なパートナーとして契約を結ぶ形になれば、経費のコントロールも含めて手取り収入を増やせる可能性があります。
もちろん、全員がすぐに独立できるわけではありませんし、向き不向きもあります。ですから、グループ会社を分社化してポストをつくったり、経理部門を事務代行会社として独立させたりと、段階的にチャレンジできる環境を整えています。スキルを高め、自律したプロフェッショナルとして稼げるようになってほしい。それが結果として、彼らの人生の安定と幸せにつながると考えています。
ーー最後に、守田社長にとって「社長」とはどのような役割だとお考えですか。
守田幸泰:
私自身、「社長」という役職は「頭を下げるための肩書き」だと思っています。社員が挑戦して何か失敗したときに、責任を取って謝りに行く。そのために「社長」という立場があるのではないでしょうか。正直なところ、私は実務において社員の誰よりも仕事をしていないかもしれません。現場のことは彼らの方が詳しいですし、優秀な社員たちが自律的に動いてくれていますから。私は彼らが安心して働けるよう、生活の基盤を守り、困ったときに矢面に立つ。それが私の唯一にして最大の仕事だと思っています。
編集後記
「私は会社で一番仕事をしていないし、サボっていますよ」。インタビュー中、守田氏はそう言って笑った。しかしその言葉の裏には、過去の苦い経験から得た「社員を信じて任せる」という強い覚悟が滲む。かつて失われた命への贖罪のように、ひたむきに社員の幸福を追求する守田氏。「人はコストではない」と言い切るその眼差しは、冷徹な経営判断と、人間への温かい愛情が同居していた。親和スチールが目指す「余裕」ある組織は、これからの企業経営の一つの解となるかもしれない。

守田幸泰/1984年大阪府生まれ。韓国国民大学卒業後、親和スチール株式会社へ入社。2018年に同社代表取締役社長に就任。鉄鋼原料の一般的なイメージ払拭に注力している。