
塗装業を祖業としながら、現在はレーザー技術を駆使し、老朽化が進む社会インフラの再生という世界的課題に挑む株式会社トヨコー。同社は独自の工法により、橋梁やプラントといった重要施設の長寿命化を支えている。陣頭指揮を執る代表取締役の豊澤一晃氏は、かつて東京でファッションやデザインの世界に身を置いていた。当初は家業を継ぐ意思はなかったというが、なぜ彼は華やかな世界を離れ、建設業界の道へと進んだのか。本記事では、彼が家業に戻る決意をした背景と、業界の常識を覆す挑戦に懸ける思いに迫る。
「4K」の現場よりも、華やかなデザインの世界へ
ーーもともと家業を継ぐつもりはなかったとお聞きしました。
豊澤一晃:
正直に言えば、家業は嫌いでした。かつての塗装業、いわゆるペンキ屋には「きつい・汚い・危険」という3Kに加え、「稼げない」というイメージも強く、私の中では「4K」の職場でした。実家は静岡の漁師町にありましたが、10代の頃の私はそんな泥臭い世界よりも、東京の洗練された世界に強い憧れを抱いていました。
高校卒業後はすぐに地元を離れ、東京の建築デザイン事務所やアパレル関係のデザイン事務所で働き始めました。渋谷や代官山を拠点に、クリエイティブな仕事をする日々。作業服を着て現場に出る家業とは、対極にある世界を生きていました。
挫折、そして帰郷。「自分ができること」への気づき
ーーその華やかな生活から、なぜ地元に戻る決断をされたのですか?
豊澤一晃:
転機は20代半ばのことです。当時、デザインの仕事にやりがいは感じていたものの、毎日が徹夜続きでした。さらに、どれだけ努力しても「上には上がいる」という圧倒的な才能の壁に直面し、自分の限界を感じ始めていました。
若くして家庭を持っていたこともあり、将来への不安と葛藤する中で父から「戻ってこないか」と声がかかります。家族を養うため、そして自分の生き方を模索するために、あれほど避けていた家業に戻る決断をしました。
ーー家業に戻られてからのスタートはいかがでしたか?
豊澤一晃:
最初は全く仕事になりませんでした。東京のファッション業界の感覚を引きずったまま戻ったので、地元の堅実な建設業界とは文化も感覚もまるで合いません。周囲からは「浮いた若造」として冷ややかな目で見られ、誰からも相手にされない日々が一年ほど続きました。
何も成果を出せない中、父の提案でホームページ制作を始めたり、飛び込み営業をしたりしましたが、それでも成果は上がりません。再び「自分は何をすべきか」と悩み抜いた末に行き着いたのは、「結局、自分ができることしかできない」という答えでした。
それまでの私は「ゼロからものを生み出す」デザインの世界にいました。対して塗装業は、メーカーが作った塗料を塗るだけの仕事。そこに「何も生み出さない」虚しさを感じていたのです。ならば、塗装業の中にも「ものづくり」の要素を持ち込めばいい。自分でパンフレットを作り、工法に名前を付け、自社ブランドとして展開しようと考え方を切り替えました。
単に「塗装しませんか」と売り込むのではなく、デザイン力を活かした資料で「お客様の課題解決」を提案するスタイルに変えた途端、事業は急成長し始めました。
ルーツへの回帰と、レーザー技術との出会い

ーー事業が軌道に乗っていた中で、なぜ全く新しい「レーザー事業」に着手したのでしょうか?
豊澤一晃:
順調だったからこそ、危機感を抱いたのです。屋根や建物の修繕は、一度直してしまえばその後十数年は仕事がありません。「焼畑農業」のようなビジネスモデルではなく、会社を永続させるためには、もっと長期的で尽きることのない社会課題に取り組む必要があると痛感しました。
そこで会社のルーツを遡ったところ、創業の地はかつて東京タワーや橋梁など、「社会インフラ」の塗装を手がけていた職人さんが数多くいたことが分かりました。ちょうどその頃、アメリカで橋の崩落事故が大々的に報じられ、日本でもインフラ老朽化が問題視され始めていました。「創業の地の先人たちが守ってきたインフラ領域に、今こそ我々が新しい技術で向き合わなければならない」。ルーツと社会課題が一本の線でつながった瞬間でした。
ーー解決策として「レーザー」を選んだ理由は?
豊澤一晃:
インフラ崩落の最大の原因は「サビ」です。塗装で守るためには、まず古いサビを完全に除去する「下地処理」が重要になります。しかし、現場では既存の工具では完全に除去しきれないというジレンマを長年抱えていました。
「誰も解決できていないなら、既存の延長線上ではない、全く新しいエネルギーが必要だ」。そう直感して行き着いたのが「光(レーザー)」でした。幸運なことに、同じ静岡県には光技術の集積地である浜松市があります。私はすぐに「光産業創成大学院大学」の門を叩き、物理の知識ゼロの状態から、レーザーによるサビ除去技術「CoolLaser(クーレーザー)」の研究開発に飛び込みました。
求めるのは「異端児」。技術で新たなスタンダードを創る
ーー最後に、これからどのような仲間を求めていますか?
豊澤一晃:
トヨコーには、「誠実」「自由・自発」「本質」という3つのカルチャーがあります。特に大切にしているのは「自由」と「本質」です。これは好き勝手という意味ではなく、業界の常識や既存のルールに縛られず、課題の本質に向き合う姿勢を指します。
私たちが目指しているのは、単にすごい技術を作ることではなく、この技術が公共事業の「スタンダード(標準)」になることです。そのためには、完成されたものを守るのではなく、自ら作った「当たり前」を破壊し、再構築できるようなエネルギーが必要です。
「今の社会や組織になんとなく馴染めない」「何か成し遂げたい情熱はあるのに、くすぶっている」。そんな方にこそ来てほしい。例えば、大手メーカーで精密機器や工学設計に携わっているエンジニアの方。その高度な技術を、全く異なるフィールドで「暴れさせる」チャンスがここにはあります。日本のものづくり技術で、世界のインフラ課題を解決する。そんな途方もない挑戦を、一緒にやり抜く仲間を待っています。
編集後記
既存の枠組みに捉われず、レーザー技術という新たな手段で社会インフラの老朽化という難題に挑む姿勢は、同社独自の強みといえる。自らのルーツを再定義し、現場に「新しい当たり前」を根付かせようとする真摯な取り組みは、着実に実を結びつつある。日本の技術で世界のインフラを守る同社の歩みが、今後どのような変化を業界にもたらすのか。その飛躍に注目していきたい。

豊澤一晃/1976年静岡県静岡市生まれ。デザイナーとして活動後、父が創業した株式会社トヨコーに20代半ばで加わると、インフラメンテナンス現場の「3K」を目の当たりにし、日本の将来のインフラ保全を危惧。現場を「3C (Cool・Clean・Creative)」に変えることで、若い担い手にも支持されると考え、3層の特殊な樹脂をスプレーコーティングして強靭な屋根に蘇らせる「SOSEI」と老朽化したインフラのサビや塗膜等をレーザーで除去する「CoolLaser」を考案し、事業化。デザイナーの感性を活かした独創性に加え、リーダーシップを発揮し両事業を牽引。