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1965年の創業以来、日本の警備業界を牽引し続けてきたALSOK株式会社。同社は強固な「絆」と「人財(財産)」を基盤に、機械警備や常駐警備、さらには介護やビル管理まで多角的なサービスを展開している。2025年に創業60周年を迎えるにあたり、スローガンを「ALwayS OK」へと刷新。警備の枠を超えた社会インフラとして、課題解決に取り組む企業への進化を加速させている。この新スローガンには、安全・安心の先にある快適・便利までを支え抜くという強い決意が込められている。2022年に代表取締役グループCOO 社長執行役員に就任した栢木伊久二氏に、これまでの歩みと未来へのビジョンを聞いた。

阪神・淡路大震災での経験が教えてくれた警備の原点

ーー社会人としての原点や、キャリアにおける大きな転換点となった出来事について教えてください。

栢木伊久二:
私は1982年に、大卒採用の第一期生として入社しました。当時はまさに人的警備から機械警備へとシフトが進む変革期であり、分業化されたサービス業の将来性に魅力を感じたのが入社動機です。

キャリアにおける最初の転換点は、神戸で勤務していた1995年の阪神・淡路大震災でした。発災後、すぐに会社へ駆けつけると、夜勤明けの隊員たちが次々と戻ってきました。彼らは自身も被災し、家族の安否すら不明な状況下でも、土壁の下に埋まった高齢者を救出したり、混乱する街中で住民の方々を助けたりしていました。契約上の義務を超え、人として「社会の安全・安心のために寄与する」という一心で動く。この体験が、私の仕事に対する姿勢を決定づけました。

その後、埼玉の支社長に着任した際は、KPIを明確に定めて一つひとつの課題を解決することで、赤字だった拠点を半年で黒字化させました。この経験を通じて、経営において最も重要なのは「絆」であると学びました。ただ指示を出すのではなく、現場の社員とベクトルを合わせることに注力する。経営陣が現場の苦労に寄り添い、同じ目線で汗を流す。この泥臭いまでの人との繋がりこそが、組織をより良い方向へ変える力になると確信したのです。

ーー被災地の最前線で、ALSOKの社員様は具体的にどのような行動をとられたのでしょうか。

栢木伊久二:
当時は道路も寸断され、車での移動が困難な状況でした。しかし、銀行様のATMや企業内CD機(現金自動支払い機)には現金が残されています。お客様の資産を守るため、私たちはバイク部隊を編成し、現金の回収や、機能不全に陥った銀行への警備員の緊急配備を行いました。

弊社には入社時の研修で徹底して学ぶ「ありがとうの心」と「武士の精神」という創業の精神があります。「ありがとうの心」とは、常に感謝の気持ちを忘れず社会に奉仕すること。「武士の精神」とは、強く正しく、信義を重んじる心です。家族の安否を確認した後、自発的に現場へ戻り、不眠不休で任務にあたった社員たちの姿は、まさにこの精神、「社会の安全・安心に寄与する」という魂を体現したものでした。この時の「有事の際にこそ社会の役に立つ」という経験が、現在の「災害時には即座に対策本部を立ち上げ、現地へ飛び込む」という弊社の強固な体制に繋がっています。

後発からの大逆転を支えたワンストップ体制の圧倒的強み

ーーこれまでのご経歴の中で、特に印象に残っているプロジェクトについてお聞かせください。

栢木伊久二:
株式会社セブン銀行様との、セブン-イレブン店舗への共同ATM設置プロジェクトです。当時、私たちは競合他社に対して1年半以上の遅れをとっている状況からのスタートでした。

逆転の鍵となったのは、機械警備、現金輸送、そしてATMの障害対応までを自社で一貫して引き受ける「ワンストップ」の提案です。通常、ATMの運用には「警備・輸送・保守」の3要素が必要で、当時は各業務を別会社が行うのが一般的でした。しかし、分業体制では現金過不足などのトラブルが起きた際に、責任の所在が曖昧になりがちです。そこで弊社が全責任を負い一元管理することで、お客様に「任せて安心」と言っていただける体制を構築したのです。

社内には当初「コンビニに警備一体型のATMを置くなど不可能だ」という懐疑的な意見もありました。しかし、できる方法を徹底的に考え、社内で議論を重ねました。その結果、大逆転での受注に成功し、現在は全国で2万8000台以上のATM稼働を支えるという、弊社にとって最大級の事業へと成長しました。

経営の根幹にある絆と東日本大震災での誓い

ーー社長就任時はどのような思いを抱かれ、何を経営の軸に据えようと考えられたのでしょうか。

栢木伊久二:
社長就任直後のインタビューで私が真っ先に掲げたのは、「対話と共感」という言葉でした。株主や投資家の皆様はもちろんですが、何より重視したのは社員との対話です。現在は年間約1200人の若手社員と直接言葉を交わし、現場の声に耳を傾けています。

私がなぜこれほどまでに「対話」や「絆」を重視するのか。その原点は、2011年の東日本大震災にあります。当時、東日本エリアの本部長として辞令を受けたわずか2日後に震災が発生し、私は不慣れな土地で、しかも原発事故などの不安を抱えながら、4月1日の着任日を待たず仙台へ車を走らせました。

そこで目にしたのは、自身が被災し、家族を失うという絶望的な状況にありながらも、「お客様の安全・安心のために」と翌日から懸命に職務に励む社員たちの姿でした。その姿を見て、私は彼らの身を案じると同時に、社会貢献という弊社のパーパス(存在意義)が、社員一人ひとりの魂に刻まれていることを再認識し、胸が震えました。

私たちの仕事は、お客様が最も困難な時にこそ役に立ち、社会に貢献するものです。有事の際、マニュアルを超えて一人ひとりが正しく動ける力は、会社と社員、そして社員同士の強固な信頼関係があってこそ発揮されるものです。だからこそ、リーダーである私が現場と対話を重ね、社員との「絆」を深めることで、彼らが持つ高い志と能力を最大限に引き出すことが使命だと考えています。

スローガンが導く警備の枠を超えた未来への展望

ーー60周年を機に刷新されたスローガンに込められた、未来への展望をうかがえますか。

栢木伊久二:
これまでの「ALways Security OK」から、Securityの枠を超えた「ALwayS OK」へとスローガンを進化させました。これはセキュリティを基盤としつつ、介護やビル管理、PCトラブル等に対応する「レスキューシリーズ」など、社会のあらゆる「困りごと」に応える企業になるという決意の表れです。

日本は労働人口が減少しており、人手不足は深刻な課題です。これを乗り越えるために、私たちは最新技術と人の力を融合させます。センサーやAIによる画像解析、ロボット、アバターなどを活用した省人化を進めると同時に、そこで生まれた余力を、より高度な専門性が求められる分野へと振り向けます。単に警備をするだけでなく、設備の点検や高齢者の見守りなど、現場にいる「人」だからこそできる付加価値の高いサービスを提供していきます。

ーー最後に、今後のビジョンと読者へのメッセージをお願いします。

栢木伊久二:
警備業で培ったセンシング技術を活かし、農作物を守る有害鳥獣捕獲等事業やCO₂排出量(Scope1・2・3)への取り組みなど、社会課題の解決にも積極的に参画しています。これらはすべて、地域社会が持続可能であるために不可欠なインフラです。

警備業は解約率が低く安定したストックビジネスですが、現状に甘んじるつもりはありません。「人財」こそが弊社の最大の財産です。社員一人ひとりを磨き上げ、他社とのアライアンスも積極的に進めながら、社会の安全・安心を支える新しいグランドデザインを構築していきます。そして、これからも社会から必要とされ続けるALSOKでありたいと願っています。

編集後記

栢木氏の話を通じて最も印象的だったのは、非常時こそ組織の真価が問われるという事実だ。阪神・淡路大震災や東日本大震災といった極限状態において、社員が自発的に公のために動く姿は、単なる組織管理を超えた「武士の精神」の浸透を感じさせる。警備という物理的な守りから、サイバー領域や社会課題の解決へと翼を広げる同社。その根底には、常に現場と対話し、絆を重んじる栢木氏の温かなリーダーシップがある。「ALwayS OK」の旗印のもと、ALSOK株式会社は警備の枠を超えた「社会インフラ企業」としての第二創業期に突入している。今後のさらなる飛躍が楽しみだ。

栢木伊久二/1960年兵庫県生まれ、近畿大学卒。1982年綜合警備保障株式会社(現・ALSOK株式会社)に入社し、2022年6月に代表取締役グループCOO社長執行役員に就任。