
ITや将棋、文芸など特定の専門分野に強みを持つ株式会社マイナビ出版。同社は出版にとどまらず、イベントやセミナーを通じて読者に深い学びと体験の機会を提供するユニークな事業モデルを確立している。編集者として30年以上のキャリアを歩み、2022年に代表取締役 社長執行役員に就任した角竹輝紀氏は、「読者や著者、さらには業界の垣根を越えたコミュニティづくりこそが出版社の新たな価値を創造する」と語る。現場の最前線で変化の潮流を捉え続けてきた同氏に、これまでの歩みと出版社の未来像を聞いた。
未経験は最強の武器 読者と同じ視点で歩んだ激動の30年
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのですか。
角竹輝紀:
1991年に新卒で、株式会社毎日コミュニケーションズ(現・株式会社マイナビ)に入社しました。もともと読書が好きで本に関わる仕事をしたいと思い、複数の出版社を巡る中で出会った一社です。就職情報事業がメイン事業なのに、将棋やコンピュータといった少しニッチで専門的な分野の出版を手がけている点に面白さを感じました。大手総合出版社より、何か新しいことに挑戦できるのではないかという冒険心から入社を決めたのです。配属されたのは、ちょうど立ち上がったばかりの書籍編集部でした。
ーー新卒で入社された当時の状況についてお聞かせください。
角竹輝紀:
編集実務は、書籍編集部でのIT・コンピュータ担当から始まりました。私自身は文系で、コンピュータに触れた経験すらありませんでした。当時はインターネットも一般的ではなく、情報も限られていた時代です。そのため、専門知識と編集実務の両方を必死に学びました。
まさにゼロからのスタートでしたが、この経験は大きな財産となりました。入社後の30年間は、社会がIT技術を通して劇的に変わる変革期の連続だったからです。Windows 95の流行やウェブの普及、スマートフォンの登場、そしてAIの進歩。新技術を、常に読者と同じ「学ぶ側」の視点で捉えてきました。未経験だったからこそ、変化を楽しみながら歩んでこられたのです。
ーーそれから30年以上、出版の第一線で走り続けてこられたのはなぜでしょうか。
角竹輝紀:
常に社会を変える変化の渦中に身を置いていたからだと思います。情報の送り手として、変化をどう伝えるかを追求してきました。たとえばスマートフォン一つとっても、利用法を知りたい方から開発者まで読者は多様です。「これはどういう仕組みか」という自身の疑問を著者にぶつけました。そこで得た知見を、読者に分かりやすく届ける。このサイクルを繰り返してきたため、飽きることはありませんでした。
テクノロジーの進化に伴い、扱うテーマも自身の生活も常に刷新されます。同じ仕事を長く続けているという感覚は、今も全くありません。
本を届けるだけではない 読者と著者をつなぐ「場」を創る
ーー読者に情報を届けるうえで大切にされていることはありますか。
角竹輝紀:
書籍や雑誌による単なる情報発信に留まらず、本の内容に関わる体験も併せて提供できれば、といつも企画を考えています。たとえば、企業によるウェブでの情報発信が盛んになり始めた頃、ウェブサイトの制作と運用、集客などのノウハウを解説した書籍を制作しました。そのとき、刊行に合わせて著者に講師になってもらい、書籍内容に即した企業のウェブ担当者向けのセミナーを企画しました。当時は誰もが手探りで企業のウェブサイトを運用している状態だったと思います。著者から直接知見を学び、事例に触れる場をつくることで、読者により役立つのではないかと考えたのです。
セミナーは非常に好評だったのですが、それ以上に印象的だったのが、セミナー会場で、講師と参加者だけでなく、参加者同士の活発な情報交換が行われていたことでした。それを見て、参加者は講師から学びたかっただけでなく、同じ悩みを持つ人とつながりたかったのではないか、ということに気づきました。参加者同士で話すことで「悩んでいるのは自分だけではない」と実感し、その実感が学びを深める一助となったようです。本を読んで終わりではなく、著者や読者同士でつながり合うことで、次の一歩を踏み出すきっかけをつくる。そのために、イベントなどの体験型コンテンツを積極的に開催しています。
ーー読者と著者をつなぐ「場」の提供にこだわるのは、なぜでしょうか。
角竹輝紀:
私自身がコミュニティに飛び込み、その価値を実感してきたからです。編集者としてキャリアをスタートしたとき、ITやコンピュータの知識に疎かった私は、企画を考えるのに苦労しました。考えた企画も今ひとつな内容になってしまうことも多かったです。自分だけで考えていても限界があると思った私は、現場の人が何を考え、何に興味関心を抱いていて、何に困っているかを知りたくて、開発者の集まりへ頻繁に足を運ぶようにしたのです。半分部外者の私でも受け入れてくれる、そんなオープンな空気がそこにはありました。技術の話を聞いたり、こちらも出版の話をしたり、企画の悩みを話して人を紹介してもらったり。そういう場に身を置くことで得た熱量や人脈が、新たな企画や著者との出会いを生みました。
それを行っているうちに分かってきたのですが、同じ関心を持つ人々が集う場には、本による独学だけでは得られない学びがあります。著者と読者、あるいは読者同士がつながることで、新しい価値が生まれます。私たちは情報の送り手であると同時に、人と人をつなぐ「ハブ」でありたい。それが、今の出版社の重要な役割だと確信しています。
編集一筋から社長へ 全社員との対話で見えた組織の姿

ーーこれまでのキャリアの中で大きな転機となった出来事について教えてください。
角竹輝紀:
2015年の分社化は、私にとって大きな転機となりました。マイナビという大きな企業の一部門だった出版事業本部が、株式会社マイナビ出版として独立したからです。それまではプレイヤー意識が強かったと思うのですが、分社後は、出版専業の会社として組織を支える責任を強く自覚しました。後進の支援や組織の活性化を担う立場へと意識が変わりました。
ーー編集者から社長にご就任された時の心境はいかがでしたか。
角竹輝紀:
正直なところ、指名を受けたときは驚きしかありませんでした。私は入社以来30年間、ずっと編集一筋で、しかもほぼ同じジャンルを担当して働いてきたからです。販売などを含め、多彩なキャリアを積んではいない。心の準備期間もなく、まさに「人生初めての大きな異動先が社長就任」という気持ちでした。販売営業や管理業務は未経験だったので、当初は戸惑いもありました。
全体を俯瞰する立場として、まずやるべきことは何かを必死に考え、一つの答えを出しました。それは、一緒に働く「人」を深く知ることです。そこで、全社員と1対1でコミュニケーションを図る場を設けました。仕事の話題に限定しなかったので、趣味の話や、時には「なぜ社長になったのですか?」という率直な質問も受けました。アジェンダなしで社員と向き合い、話してみることで、組織のありのままの姿が見えてきたのです。編集者が著者や読者と向き合うように、社員一人ひとりと向き合う。それが、私なりの経営者としてのスタートラインでした。
出版社の未来を拓く「知と学びのテーマパーク」構想
ーー今後、会社として特に注力していきたいことは何ですか。
角竹輝紀:
読者との距離感を縮め、関係性をさらに深めるため、マーケティングとブランディングを強化しています。当社の取り組みや体験の場の存在を、より多くの人に知っていただきたいと思っているからです。単に本を出して終わりではなく、読者の課題解決をサポートしつづけることで信頼され、「マイナビ出版なら何か面白いことをしてくれるんじゃないか」と期待される会社になりたい。その、読者との信頼と期待の関係こそが、これからの時代における私たちのブランド価値になると考えています。
ーー将来的な会社のビジョンをお聞かせください。
角竹輝紀:
ある役員が使った表現が面白くて気に入っているのですが、「知と学びを主体としたテーマパーク」のような存在になれたらと考えています。そこに行けば何かを学べたり、新しいコトに出会えたり、楽しい体験ができたりする。リアルな場、オンライン、書籍を融合させます。読者の「知りたい」「やってみたい」に応える多様な選択肢を提供できる会社を目指します。
また、自社だけで完結しようとせず、業界の垣根を越えて他社と連携します。読者にとって、より豊かな体験を共創していきたいと考えています。出版という枠にとらわれず、様々なジャンルで多様な価値を提供できる組織を目指します。なにより読者にとって、信頼して頼れる存在、また当社にやってほしいことを気軽に提案できるような身近な存在になりたいですね。
編集後記
文系でコンピュータ未経験という立場からIT編集者としてのキャリアをスタートし、変化の最前線に30年以上身を置いてきた角竹氏。その言葉からは、読者と同じ「分からない」という視点から出発し、知る喜びを分かち合おうとする真摯な姿勢がうかがえる。本を届けるだけでなく、人と人をつなぐ「場」を創出し、コミュニティの熱量を事業の力に変える。出版社の枠を超えた「知と学びのテーマパーク」という壮大なビジョンは、同氏が貫いてきた現場起点の信念の延長線上にあるのかもしれない。

角竹輝紀/1969年生まれ。1991年九州大学法学部卒業後、株式会社毎日コミュニケーションズ(現・株式会社マイナビ)に入社。出版事業本部に配属され、書籍を中心とした編集業務に従事する。2015年出版事業本部の分社化にともない、株式会社マイナビ出版に移籍。書籍編集部長を経て、2018年、同社取締役(編集担当)に就任。2022年、同社代表取締役 社長執行役員に就任。