
物流を基幹事業として展開するジュピター・ジャパン株式会社。JALグループである、同社は、社会の変化を敏感に捉え、時代のニーズに応えるべく生鮮輸出、航空機関連、EC、アパレルの他、医療輸送機器の分野にも進出するなど、新たな領域への挑戦を続けている。地政学リスクや紛争など、予測困難な事態が続く現代。物流の安定供給と革新をどう両立させるのか。代表取締役社長の西田昌司氏に、変化への挑戦と、それを支える現場力について話を聞いた。
JAL再建で学んだ「変化しなければ後退する」という真理
ーー西田社長のこれまでのご経歴をお聞かせください。
西田昌司:
私は1988年に日本航空(以下、JAL)に入社し、それから30年以上にわたって、貨物郵便本部で仕事をしてきました。もともと大学時代から貿易に興味があり、島国である日本にとって不可欠な、「海外と日本を繋ぐ仕事」を志したのが、この道を歩むことになった原点です。入社後は輸入の現場からキャリアをスタートさせ、その後はモスクワ、ロンドン、北京と、計3カ所での海外駐在も経験しました。現場での実務に加え、営業や企画など、貨物事業に関わるほぼすべての業務を経験できたことは、現在の経営における大きな基盤となっています。
ーー自身に影響を与えた、特に印象深い経験はありますか。
西田昌司:
2010年のJAL経営破綻と、そこからの再生の経験は、非常に印象深いものでした。当時、私は40代で欧州から帰国したばかりでしたが、京セラの稲盛和夫氏が会長に着任され、フィロソフィや部門別採算制度が導入されたことで、どこか経営を他人事と捉えていた社員の意識が劇的に変わるのを目の当たりにしました。「利他の心」に立ち返り、全社員が一丸となって再生に取り組んだ日々は、私の仕事観を根本から変えました。
この経験を通じて、「環境の変化とともに自分たちも変わらなければ、それは後退を意味する」という真理を学びました。私が考える「会社は常に発展途上であり、未完成である」という言葉も、この経験に基づいています。現状に満足せず、常に新しいことに挑戦し続ける姿勢こそ、激動の時代を生き抜く唯一の方法だと確信しているからです。
「物流は時代の鏡」社会の変化を映し出すインフラ
ーー変化の激しい環境下で、物流業界が果たすべき役割をどうお考えですか。
西田昌司:
私は、航空貨物・物流という仕事は「時代の鏡」だと思っています。私が新人の頃、日本からの輸出品と言えば、現在の半導体、自動車関連部材に加え、家電製品やゲーム機など完成品も主流でした。逆に、輸入では、かつては成田漁港と言われたほどマグロやイチゴ、ブームとなったボジョレーヌーボーやティラミスの原料のマスカルポーネチーズなどの水産、農産品が目立った商品でした。
現在も、工業製品は航空貨物の主流ではあるものの、私たちジュピター・ジャパンが主力として輸出しているのは、昔は想像もしなかった豊洲市場や成田市場の鮮魚、和牛、青果をはじめとする日本の食文化(生鮮貨物)です。扱うモノも変われば、求められるサービス、スピード、ノウハウ、温度管理も全く異なります。このように、物流は経済や社会の変遷をそのまま映し出し、その変化に対応して進化し続けなければならない産業だと考えています。
現状に満足しない「発展途上」という経営信念

ーー会社経営において、最も大切にされていることは何でしょうか。
西田昌司:
先ほど申し上げた「発展途上」という認識を組織全体で共有し、変化を恐れない文化を根付かせることです。現代は社会の動きが非常に速く、現状維持を選んだ瞬間から、実質的には後退が始まり、世の中から取り残されてしまいます。だからこそ、失敗を恐れて一歩踏み出すのを止めることこそが最大のリスクだと捉えて、試行錯誤から学び続ける集団でありたいと願っています。
ーー組織づくりの点では、どのような考えを大切にされていますか。
西田昌司:
「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という理念を体現することです。会社が成長して得た利益は、給与や賞与といった経済的な面はもちろん、働きがいという心の面も含めて、しっかりと社員に還元しなければならないと考えています。社員が幸せを感じられる会社にすることで、それが次の活力となり、結果として会社のさらなる発展につながる。そうした好循環を生み出し続けていきたいですね。
自ら考え行動する「現場力」と共に描く、物流の新たな未来図
ーー今後の成長に向け、どのような人材を求めていますか。
西田昌司:
「利他の心」を持ち、現場で自ら考えて行動できる人です。物流の答えは会議室ではなく、常にお客様の現場にあります。だからこそ、指示を待つのではなく、社員一人ひとりが課題を見つけて解決していく改善力が求められます。私たちの仕事は、単にモノを運ぶだけではありません。「世のため人のために役立つ」という視点を持ち、多様なバックグラウンドを持つ仲間と協力しながら、新しい価値を創造できる方と共に働きたいと考えています。
ーー最後に、今後の展望についてお聞かせください。
西田昌司:
物流という仕事は人間社会がある限りなくなりませんが、その形は常に進化させていく必要があります。具体的には、既存の強みを活かした展開と、新たな社会的使命への挑戦という二つの軸で進化を目指します。
まず、現在の売上の約4割を占める生鮮貨物の分野では、豊洲市場や成田市場の鮮魚、青果を即日海外へ輸送するという得意分野を生かしつつ、これをさらに発展させていきます。同時に、日本の地域社会にどのように貢献していくかということを目指します。トラックドライバー不足が懸念される「2024年問題」もあり、国内線の利用や他のモード、たとえば鉄道の利用なども利用し、地方の特産品を世界へ届けるモデルを作りたいと考えています。
また、食文化だけではなく、ファッションやサブカルチャーなど様々な日本文化が輸出されるようになってきています。アパレルやECなどにおいて、この分野は、新たな挑戦だと考えています。
さらに、高齢化社会において人命に直結する医療物流インフラを支えることは、私たちの社会的使命です。医薬品輸送は、厳格な温度管理が求められるため参入障壁は高いですが、まずは、今般、米国の高性能な保冷コンテナのコントロールハブを受託することとなりました。今後は、医薬医療品を安全に届ける体制を提供していきたいと思います。
このようにJALグループとして、その路線網や空港施設などのアセット(資産)を最大限活用し、国際輸送のコーディネーターとしての柔軟性を活かしながら、常に新しい物流の形を切り拓いていきます。
編集後記
西田氏の言葉には、常に前に進む強い意志が宿る。「会社は常に発展途上」。この言葉は単なるスローガンではない。世界的な混乱の中、物流という社会インフラを担う責任と「変化を選ばない瞬間から後退が始まる」という危機感に基づいた真理だ。西田氏が繰り返した「現場に答えがある」という姿勢。お客様のニーズを察知し自分で考えて行動する力こそが、生鮮や医療機器物流のような新領域への挑戦を可能にする原動力である。このメッセージは自立したキャリアを目指すすべての人にとって、試行錯誤を促す羅針盤となるだろう。

西田昌司/1965年奈良県生まれ。同志社大学卒業。1988年日本航空に入社し、貨物郵便本部で企画、営業を中心に歴任。モスクワ、ロンドンでの駐在経験を持つ。現職の前、2019年から2023年は日本航空北京支店長を務める。2023年に同社代表取締役社長に就任。