
「ムー」や「GetNavi」など、長きにわたり愛される雑誌ブランドを核に持つ株式会社ワン・パブリッシング。同社は伝統的な出版社の枠組みから脱却し、メディア運用の豊富なノウハウを武器に、企業の課題をコンテンツで解決する「メディア&ソリューションカンパニー」へと変貌を遂げた。この変革を牽引するのが、「あらゆる仕事は編集作業の積み重ね」と語る、取締役社長の松井謙介氏だ。編集者としてキャリアをスタートし、経営の最前線に立つ同氏に、独自の経営論と事業の未来について話を聞いた。
編集者としての原点とクライアントワークの醍醐味
ーーご自身のキャリアのスタートと、入社当初の業務についてお聞かせください。
松井謙介:
学生時代から音楽雑誌や文芸雑誌で記事を書かせていただいており、書くことで収入を得ていました。そのため、文字を書いて稼ぐこと以外に、あまり具体的に他の仕事のイメージが持てなかったんです。夢というより「それしかない」という感覚で、本に関わる仕事をしたいと考え、株式会社学研パブリッシング(現・株式会社Gakken)に入社しました。
入社当初から雑誌畑で育ち、コンテンツをつくること自体を数十年続けてきました。Webメディアとは異なり、紙媒体は決まったページ数に情報を効果的に配置して収めるという独特の編集作業があります。紙ならではの「お作法」のような、決まった紙幅にコンテンツを畳んでいく工程が好きでしたし、デザイナーと一つのものをつくり上げる仕事に喜びを感じていました。
ーー編集者として大切にされていたことは何ですか。
松井謙介:
クライアントと関係性を築くのが得意で、多い時には月に10本ほどタイアップ記事を受け持っていました。ただ、私はクライアントの意向をそのまま形にすることは絶対にしませんでしたね。「必ずクライアントの期待値を超えよう」という意志で制作していたところ、一定の信頼をいただき、「記事を掲載いただいて、すごく売れました」とお声がけいただくことも増えていきました。このあたりの「こだわり」こそ、自分が大切にしていたものなのでしょう。
すべての仕事は編集である 経営に息づく編集思考
ーー編集者から社長へ就任された経緯をお聞かせください。
松井謙介:
株式会社ワン・パブリッシングは2020年に設立されました。当時の会社は広告営業や書店営業といった販売力は強かったのですが、私は「コンテンツづくりの方を強化しなければ未来はない」と感じていました。どんな販促活動よりも、結局は「良いコンテンツをつくること」が一番の武器になる。商品を売るためには、良いモノであることが最低条件だと考えています。全社的にもコンテンツ復権の方向に舵を切る中で、編集出身だった私に社長の話がきたのです。
ーー経営者と編集者ではどのように視点が変わりましたか。
松井謙介:
私は、あらゆる仕事は編集だと思っています。人事も組織づくりも、すべての作業は編集作業の積み重ねだと考えています。ですから、編集者時代の延長線上に今の仕事がある感覚です。会社のブランディングも編集そのもの。「ワン・パブリッシング」という社名も、会社のロゴデザインも、一つの大きなメディアをつくる感覚で私がデザイナーと共に考えました。
出版社からメディア&ソリューションカンパニーへの転換
ーー他社にはない貴社の強みは何ですか。
松井謙介:
私たちが40年、50年とメディアを運営してきたノウハウが、今まさに企業の課題解決に生かされています。現代は「生成AI」で、企業でも一般消費者でも自由にコンテンツがつくれる時代。しかし、コンテンツ制作の敷居が下がった今こそ、歴史ある「ムー」や「GetNavi」といった強力な自社メディアを持っていることが非常に重要です。「ムー」があるから「花やしきでUFOを呼ぶイベントをやりましょう」といったユニークな提案ができ、それが代理店などとの大きな差別化につながっています。
ーー現在の事業の核について教えていただけますか。
松井謙介:
私たちは単なる出版社ではなく、「メディア&ソリューションカンパニー」になろうとしています。メディア単体で生き残るのは厳しい時代ですが、一方で企業側はコンテンツを非常に欲しがっています。オウンドメディアの記事やYouTubeチャンネルの運営など、自社で手がけられない課題が急増しているのです。
ーー事業の転換によりどんな変化がありましたか。
松井謙介:
会社ができた当初、出版事業の売上は7割以上を占めていました。現在はソリューション事業が成長し、出版事業とソリューション事業の比率は6対4になっています。これがおそらく26年か27年のうちには5対5ぐらいになるだろうと考えています。
規模の追求より働く誇りを 未来のメディアと組織像

ーー今後のメディア開発についてはどうお考えですか。
松井謙介:
私は「ペーパーメディア」が「デジタルメディア」に変わることに、大きな抵抗はありません。情報誌のニーズが減るのは世の中の流れとして自然なことだと捉えています。大切なのは、コンテンツの中身に合わせたプラットフォームを選ぶこと。ターゲットに合わせて、YouTubeやTikTokなどのメディア、あるいはオンラインサロンといった、新しい形へ拡張していかなければなりません。
ーー会社としてどのような未来を目指していますか。
松井謙介:
むやみに会社を大きくしようという考えはありません。それよりも、各従業員にきちんと価値を還元できる規模感を大切にしたいと考えています。従業員満足度を上げ、「ワン・パブリッシングで働けるって楽しいよね、かっこいいよね」と、みんながプライドを持てる会社にしたいですね。
ーーどのような方が貴社で活躍されていますか。
松井謙介:
これからの時代は、「自分で考えられる人」がますます重要になります。AIはうまく使えば最高のパートナーですが、使い方を間違えれば自分の能力を劣化させるツールにもなりかねません。AIに依存するのではなく、「自分で物事を考えて、面白がれる人」が、このコンテンツ業界では活躍できると思います。
編集後記
出版不況が叫ばれて久しい中、同社は「メディア&ソリューションカンパニー」という明確な旗を掲げる。その根幹には、松井氏の「あらゆる仕事は編集である」という揺るぎない信条があった。長年培ったメディアのノウハウを企業の課題解決に生かす戦略は、実に理にかなっている。単なる規模の拡大ではなく、従業員が誇りを持てる環境を重視する経営姿勢も印象的であった。伝統的な枠組みにとらわれることなく、時代に合わせて「編集」を続ける同社の未来に注目していきたい。

松井謙介/北海道札幌市出身、20年以上雑誌(コンテンツ)制作に従事。現在はワン・パブリッシング全体のマネジメントをしながら、コンテンツの多角的な活用を実践中。自社のメディアのみならず、企業のメディア運営や広告のコピーライティングなども手掛ける。2025年9月には『生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術』(マイナビ出版)を上梓。