
リアルタイムの空き状況可視化サービスで、社会の「待つ」をなくしてきた株式会社バカン。トイレや飲食店の混雑情報を提供するシステムを開発した同社。その技術は今、防災や危機管理といった領域にも応用され、社会の安心・安全を支える新たなインフラへと進化を遂げている。創業の背景には、代表取締役 河野剛進氏の家族との原体験から生まれた「優しさの連鎖を広げたい」という純粋な思いがあった。日常の小さな不便の解消から、グローバルな社会課題の解決までを見据える同社の挑戦と、その先に描く未来像に迫る。
「待つ」をなくす挑戦が社会インフラへ進化した背景
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
河野剛進:
私は学生時代、画像認識と金融工学を専門としていました。そのバックグラウンドを活かすことができるため、株式会社三菱総合研究所に入社し、金融とIT・AI領域工学の研究員からキャリアをスタートさせました。当時携わっていたのは、大量演算や超高速の処理が求められる分野で、現在の人工知能の分野に通じるものです。具体的には、大量のセンサーデータやログデータといった情報を高速で処理し、リアルタイムで配信する分野です。3年半勤務しましたが、現在の弊社の事業のベースとなる考え方を、ここで学ぶことができました。
ーーその後、どのような企業で働いたのでしょうか。
河野剛進:
もともと学生時代から起業しようと考えていました。私は宮崎出身で地元が好きだったのですが、将来的な人口減少を考えたときに、経済が縮小するスピードが速いのは地方だと強い危機感を持っていました。シリコンバレーのように、場所を問わず、夢を持った人たちが集まり、新しい産業が生まれる連鎖を日本でも起こしたいという思いがありました。
そこで、急成長している事業会社であるグリー株式会社(現:グリーホールディングス株式会社)へ転職しました。そこでは、企業戦略、経営管理、新規事業立ち上げ、グローバル展開など、多岐にわたる役割を経験しました。
ーー貴社創業の直接的なきっかけは何だったのでしょうか。
河野剛進:
家族との外出で困った、という個人的な体験がきっかけです。商業施設でランチのお店を探している間に子どもが待ちきれずに泣き出してしまい、せっかくの外出が悲しい思い出になってしまったことがありました。このような経験を繰り返すうちに、外出そのものが億劫になってしまう。これはとてももったいないと感じていました。
「無駄に待つ」という時間がなくなれば、心に余裕が生まれ、人に優しくなれるのではないか。その「優しさの連鎖」を生み出したいという思いから、弊社を立ち上げました。飲食店だけでなく、商業施設やオフィスのトイレなど、日常のさまざまな「行ってみないと分からない」という課題を解決したいと考えたのです。
テクノロジーで人と空間をつなぐ独自のデータ解析基盤

ーー現在の事業内容と、その核となる技術的な強みについて教えてください。
河野剛進:
弊社は「人と空間を、テクノロジーで優しくつなぐ。」をミッションに、リアルタイムの空き状況や行列の可視化サービスなどを展開しています。その中核を担っているのが、混雑可視化サービス「VACAN AIS(アイズ)」です。AIカメラを天井等に設置し、あらゆる店舗、施設の混雑状況を自動で可視化でき、画像データをAIにより解析し、その場にいる人数を算出します。カメラの設置場所によっては待ち時間の算出も可能になります。
この技術を応用すれば、トイレではセンサーを導入することで状況が見えたり、避難所のような特殊な空間でも同じようにデータを管理・活用でき、予測技術なども適用可能になります。
ーー創業初期のターニングポイントについてお聞かせください。
河野剛進:
創業して間もない頃に、大企業との協業プログラムに参加できたことが大きな転機となりました。東京都が支援するアクセラレーションプログラムを通じて、鉄道会社やデベロッパーといった企業と連携する機会を得たのです。
当初、弊社が持っていたのは技術の種だけでした。そこから実際のニーズを聞き、多くのフィードバックをいただきながら製品を磨き、初めて商業施設全体で空き状況がわかるサービスが実現したのです。AIを活用した画像認識技術を使ったサービス完成までに1年以上かかりましたが、自分たちだけの力ではなく、多くの人のつながりと支援があったからこそ、今の私たちがあると感じています。
ーーコロナ禍は事業にどのような影響を与えましたか。
河野剛進:
非常に大きな影響がありました。弊社のサービスは主に駅やオフィス、商業施設、空港などに導入されていました。しかし、コロナ禍でそれらの施設が軒並み休業状態となり、事業は厳しい状況に直面しました。
この逆境をどう乗り越えるか、様々な業種の方々の悲痛な声を聞いて、必死に考えた末にたどり着いたのが、データ活用の目的を変えて、同時に公共分野など異業種での応用でした。例えば、防災領域への展開です。避難所での「密」を避けるため、空き状況を可視化して人々を分散させるというニーズがあることに着目しました。民間向けの事業が苦しい状況でしたが、このチャレンジを続けた結果、弊社の認知度が広まり、社会の安心・安全に貢献できるという新たな道筋が見えたのです。「状況に応じて自ら変化し続ければ道は開ける」ということを改めて学んだ貴重な経験でした。
危機管理インフラを支えるグローバル展開への確信
ーー今後5年後、10年後のご展望についてお聞かせください。
河野剛進:
私たちのミッションとビジョンを実現していくことが最も大事だと考えています。そのために、日本全国に私たちのサービスを届け、暮らしをアップデートしていくことが目標です。そして、今までの「空き状況の可視化に強い会社」というイメージから、進化させていきたいと考えています。
さらに、その先にはグローバル展開を目指します。私たちのサービスは国境を越えて価値を提供できるものだと確信しているからです。目指すは、日本、そして世界中で、継続性のある優しい地域を実現するためのプラットフォームの構築です。
ーー最後に、これからの時代を担う若者へメッセージをお願いします。
河野剛進:
これから未来を創っていく皆さんにお伝えしたいのは、既存の枠組みにとらわれず、チャレンジし続けてほしいということです。日本がこれから経済的に厳しい時代を迎える中でも、自分たちが誇れる未来を創るためには、挑戦が不可欠です。私たち自身も挑戦を続けますし、皆さんもそれぞれの場所で、新しい発想で未来を切り拓いていってほしい。一緒にチャレンジしていきましょう。
編集後記
家族との外出で感じた「無駄に待つ時間がなくなれば」という小さな気づき。その気づきを起点とした同社の事業は、今や災害時に人々の命を守る社会インフラへと大きな進化を遂げている。河野氏の言葉からは「選んだ道を正解に変えていく」という強い意志が感じられる。変化を恐れず、逆境さえも成長の糧に変えて未来を切り拓くその姿勢は、先の見えない時代において、挑戦することの価値を改めて提示している。

河野剛進/東京工業大学大学院修了(MOT)。画像解析や金融工学のバックグラウンドを背景に、株式会社三菱総合研究所で市場リスク管理やアルゴリズミックトレーディング等の金融とIT・AI領域における研究員として勤務。その後、グリー株式会社(現:グリーホールディングス株式会社)にて事業戦略、経営管理、新規事業の立ち上げ、および米国での財務・会計に従事。2016年に株式会社バカンを設立し、代表取締役に就任。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。