
1973年の創業以来、50年以上にわたり顧客の事業を支えるITソリューションを提供してきた株式会社ジムマネジメント。情報処理サービスを主軸に、顧客との長期的な信頼関係を築き上げてきた。2025年、3代目として代表取締役社長に就任したのが村山太一氏である。祖父の代から続く社訓を胸に、ロゴや社内外へのメッセージの刷新といったリブランディングを実行し、会社の新たな歴史を創り出そうとしている。厳しい環境での経験から得た独自の仕事観、そして社員と次世代にかける熱い思いに迫る。
厳しい縦社会での修業時代に得た一生の財産
ーーキャリアの原点について教えてください。
村山太一:
新卒で入社したのは、本間ゴルフでした。礼儀作法や上下関係を重んじる組織で、当時の私にとっては、仕事の厳しさに身が引き締まる毎日でした。
しかし、今振り返れば、その厳しい環境こそが私を育ててくれたと感じています。全国の店舗を回る研修を通じて、多種多様なお客様や現場の方々と接点を持てたこと。そして、徹底的に叩き込まれた礼儀作法やプロとしての振る舞いは、経営者となった今の私にとって、何物にも代えがたい大きな財産になっています。
ーー貴社へ入社された経緯と、その後のご経験についてお聞かせください。
村山太一:
弊社の創業者は私の母方の祖父で、前社長は伯父にあたります。物心ついた頃から会社は身近な場所であり、働く姿を見ながら「いつか自分もこの場所で何かできたらいいな」と思ってきました。ですので、後を継ぐことは早くから意識していました。伯父は会長として、父は専務として現在も在籍しているのですが、経営面はもちろん、精神的にも支えてくれる心強い味方です。
2015年に入社してから、それまで営業一筋だった私は、システムエンジニアの仕事を任されました。弊社が最も大きな取引をさせていただいているお客様先へ常駐し、システムの運用管理を担当する日々。一日中パソコンに向かい、会話は朝夕の挨拶だけという環境は、話すことが得意な私にとって、正直なところ戸惑いもありました。
しかし、その常駐先で出会ったお客様にあたる方々が、慣れない私を本当によく可愛がってくださいました。最終的には「君はエンジニアを続けるよりも、その個性を活かして自社で営業を行うべきだ」と背中を押していただき、営業の仕事へ戻ることになりました。当時お客様先の担当者だった方々が、時を経て現在は役職に就かれ、今も変わらず弊社とお取引くださっています。エンジニアとして現場の苦労を知り、お客様と深い信頼関係を築けたあの4年間があったからこそ、今の私があると思います。
伝統の継承と現代的な感覚を融合したリブランディング

ーー貴社の強みや、他社にはない独自の特徴についてうかがえますか。
村山太一:
創業当時から受け継がれている「百術不如一誠」という社訓が、私たちの根幹にあります。「百の技術があっても、一つの真心には敵わない」という意味ですが、50年以上の歴史を通じて社員一人ひとりの振る舞いに深く浸透しています。
弊社の社員は非常に真面目で、お客様に対する思いやりが強いのが特徴です。たとえば、システム開発において効率だけを優先せず、お客様が後々困らないよう「石橋を叩きすぎる」と言われるほど、丁寧な仕事を積み重ねる風土があります。時には、あらかじめ設定した見積もり工数を超えてでも、お客様の安心のために心血を注いでしまう社員がいるほどです。
こうした「真心」を尽くす姿勢が、他社には真似できない強固な信頼基盤を作り上げてきました。実際、最大手のお取引先様とは、数十年にわたり直接取引を継続しています。現在は、弊社社員がお客様先で一部門を任されるほど密接な関係を築くに至りました。確かな技術力は大前提として、その根底にある「真心」が生む安心感。これこそが、大手企業様からも選ばれ続ける弊社の独自性だと確信しています。
ーー貴社に入社された後、どのような変革に取り組まれているのでしょうか。
村山太一:
会社の歴史が長い分、社内には「今までこうだったから」という固定観念が根付いている部分があり、それが課題だと感じていました。そこで、伝統を守りつつも現代の感覚に合わせた組織へ脱皮するため、段階的なリブランディングを進めています。
まず着手したのは、副社長時代から構想していた本社の移転です。以前のオフィスは、良くも悪くも歴史を感じさせるお堅い雰囲気でしたが、まずは働く環境という見せ方から変える必要があると考え、現在の新宿グリーンタワービルへの移転を決断しました。これは、社内外に対して「会社が新しく生まれ変わる」という強いメッセージを発信する第一歩となりました。
そして、2025年の社長就任を機に、変革をさらに加速させています。現会長が掲げた「鳥」のシンボルマークは継承しつつ、ロゴデザインを刷新し、さらにコーポレートカラーやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を策定しました。
社訓である真心の精神を現代の言葉で再定義し、新しいオフィス環境に新しい志を込める。こうしたハードとソフト両面からの刷新は、単なる外見の変更ではありません。全社員が自社の可能性を信じ、同じ方向を向いて挑戦するための意識変革の起点になると考えています。伝統という土台の上に新しい風を吹き込むことで、次なる時代を切り拓く準備が整いました。
規模拡大の先にある社会貢献と社員の幸福の最大化
ーー今後の展望と、現在感じている課題を教えてください。
村山太一:
売上高でいえば100億円、現在の5倍の規模へ成長させることを目指しています。もちろん数字は指標の一つに過ぎませんが、規模が大きくなれば、それだけ多くの社員を幸せにできますし、社会に貢献できる範囲も広がります。この壮大なビジョンを単なる夢で終わらせないためにも、強固な経営基盤の構築を急いでいます。
その過程で向き合うべき最優先課題が、従業員エンゲージメントの向上と離職率の低減です。弊社の主力事業であるSES事業は、社員がお客様先で長期間就労するため、自社への帰属意識が薄れやすい傾向があります。
特に昨年は、主要なお客様先の開発体制の変更に伴い、運用を担うエンジニアの業務負荷が一時的に増大し、離職を招いてしまった苦い経験がありました。この反省を活かし、現在は、現場の状況を常駐先のお客様と密に共有し、弊社の社員が健全に、かつ誇りを持って働ける体制へと適正化を図っています。ビジョンの達成には、現場で活躍する社員の心身の健康と充実が不可欠だからです。
ーー具体的にどのような施策を考えていらっしゃいますか。
村山太一:
今一番行いたいのは、独自の社内通貨制度の導入です。仮称ですが「Jコイン」と名付けた通貨を、社内イベントへの参加や社員同士の賞賛、表彰などの際に付与する仕組みを構想しています。貯まったコインは、商品券や特別休暇、さらには旅行券などと交換できるようにし、日々の貢献が目に見える形で還元される環境を整えます。
また、創立45周年・50周年という節目に実施してきた社員旅行も、より柔軟で参加しやすい形にしたいと考えています。単なる福利厚生として維持するのではなく、希望者全員が気兼ねなく参加でき、一生の思い出に残るような体験を提供することで、組織の結束力を高めていきたい。他社が行っていないようなユニークな制度を次々と取り入れ、「この会社で長く働きたい」と社員が誇りを持てる環境を追求し続けます。
ーー最後に、どのような方と一緒に働きたいですか。
村山太一:
一緒に働きたいのは、どのような状況でも前向きな姿勢を忘れない方です。難しい課題に直面したときに「どうすれば乗り越えられるか」と解決策をポジティブに模索できる人と共に歩みたいと思っています。私自身、常に自分に対して負荷をかけ、あえて厳しい環境に身を置くことが自己研鑽に繋がると信じてきました。
「嫌だと感じることほど、乗り越えれば成長できる」。これは、私がこれまでの経験から導き出した信念の一つです。現状に甘んじることなく、たとえ数パーセントでも自分に負荷をかけ続けなければ、人は成長を止めてしまいます。もちろん論理的な思考も必要ですが、まずはそうした「挑戦し続けるマインド」を持った仲間を増やし、組織の熱量を高めていきたいと考えています。
そうした仲間と共に歩む先で、私は「次の世代に何を残せるか」というテーマを追求したいと切望しています。会社の真の存在意義は、単なる利益追求ではなく、事業を通じて世の中を少しでも良くすることにあると信じているからです。
この理想を具現化するには、土台となる社員一人ひとりが幸せであることが欠かせません。それぞれが好きなことや得意なことを伸ばし、仕事を通じて自己実現できる。そうして磨かれた個々の力が、結果として子どもたちや次世代への支援といった社会貢献につながる。そんな幸福の循環をつくることが私の使命です。
最終的に目指すのは、社員が自分の子どもやパートナーといった大切な人に、「この会社に入ってほしい」と心から奨められる組織にすること。「自分たちが一番のファンだ」と言い切れるほど自社を愛し、心身ともに豊かであってほしい。その幸福から生まれる「真心」こそが、お客様への温かいサービス、そして豊かな未来を創る源泉になると確信しています。
編集後記
伝統ある社訓を重んじつつ、果敢に組織の再定義に挑む姿勢が印象深い。厳しい環境を成長の機会と捉える村山氏の言葉には、実体験に裏打ちされた説得力がある。社員が自社の一番のファンとなり、家族へも入社を奨められる組織を目指す姿は、真の幸福を追求する企業の在り方を示している。「真心」から生まれる信頼を軸に、次世代へ向けた豊かな未来を切り拓く準備は整った。変革を遂げた先にある、更なる飛躍が期待される。

村山太一/1989年埼玉県生まれ。大東文化大学卒業後、株式会社本間ゴルフに入社。修行期間を経て、2015年株式会社ジムマネジメントに入社。2025年同社代表取締役に就任。創業50年以上の歴史を活かしながらも新たな挑戦を続けリブランディングにも力を入れている。