一般社団法人日本動画協会によると、日本のアニメ産業は成長を続け、2022年の売り上げは過去最高の2兆9277億円に達した。特に2013年以降、急成長している配信メディアや海外市場は、前年比110%前後の伸びを記録している。
そんな著しい成長を見せるアニメ市場の中で、日本国内での制作にこだわりつつ、従業員が働きやすい環境を追求する企業がある。制作の激戦区、東京都杉並区で作品を創り続ける株式会社MAHOFILMだ。代表取締役社長の村田淳司氏に、創業時の思いや今後の展望についてお話をうかがった。
アニメ業界の雇用形態の改善に挑戦する新鋭企業のビジョン
ーー創業されるまでの経緯を教えてください。
村田淳司:
大学卒業後、自分の好きな道に進みたいという思いからアニメの専門学校に入学しました。作画や演出の勉強をしながら、在学中に葦プロダクションに入社。2社目のタツノコプロダクションで、OVA作品の制作を担当した後、再び葦プロダクションに戻って活動を続けました。
その後、より良い作品をつくり続けたいという信念から、6年前に株式会社MAHOFILMを設立しました。創業の際、アニメ業界の慣習で疑問に感じていたことを大きく変えようと決意していました。
ーー何に疑問を感じ、どのように変えたのでしょうか?
村田淳司:
フリーランスで働くのが当たり前だったこの業界で、弊社も創業当時はアニメーター全員、業務委託として契約していました。当時、アニメーターの報酬は原画1枚ごとの単価で決まっていたため、多くの人は複数の会社と契約して働くのが常態化していました。
しかし、前職から長年一緒に働いてきた従業員も多いため、制作職や営業職は正社員なのに、アニメーターは契約という慣習を改善したいと考えていました。
アニメーターの場合、作業の質もそうですが、作業した数も反映させなければならない。その場合、固定給における国の賃金水準を守りつつ、数という歩合制の部分をいれることが難しいのですが、成立させました。アニメーターも、給与や福利厚生を整えて正社員として雇用したいと考えたのです。
また、社員同士が何でも話し合える「第二の家族」のような会社をつくりたいと考えています。「家族」なので、会社がむやみに解雇することはありません。実際に、弊社では前の職場から50年近く続けて勤務している80代の方も正社員として働いています。
「魔法のような作品」を届けるMAHOの制作へのこだわり
ーー改めて業務内容を教えてください。
村田淳司:
アニメーション番組や声優バラエティ番組などの制作を中心に手がけています。創業時から営業面では、昔からの知り合いの方にたくさん助けていただき、そのおかげで、私たちは制作に専念することができました。約10年前からはテレビだけではなく配信メディアが一般的となり、日本国内だけではなく世界中の企業とお付き合いさせていただくようになりました。現在、8年先までの仕事をいただいている状況です。
社名の「MAHO」は「魔法」を意味しています。「みなさまに夢を与えられる、ステキな魔法のような作品」をつくり続けるために、「会社は社員のため、作品は皆さまのため」というモットーを大切に日々コンテンツを制作しています。
ーー他社にはない貴社の強みを聞かせてください。
村田淳司:
他社にないか分かりませんが、現在の社員数は65名ですが、そのうち4名を除く全員が新卒採用でゼロから育てた人材です。社内には、先輩が後輩を支え、互いに教え合うという風土が根付いています。
作品づくりにおいては、頻繁に議論を交わし、後輩が困った時には、先輩たちは自分のことのように考えフォローしています。自主的に研修に参加してスキルアップを行う社員が多く、「こうしたい」といった提案や意見が社員から自然にあがってくる点も、弊社の大きな強みです。
アニメーターを守るため常に仕掛ける働き方改革とは
ーー良い作品をつくるために、こだわっていることはありますか?
村田淳司:
最もこだわっているのは、社員の働き方の改善です。良い作品を継続して作るためには、労働時間の適切な管理と十分な休息が不可欠です。かつてのアニメ制作の現場では、佳境に入ると家に帰れないほどの過酷な勤務が当たり前でしたが、弊社では労働時間を朝10時から19時までと設定しました。残業も最大22時までに制限し、土日や年末年始の休みも確実に取得するよう促しています。
また、働く環境の改善にも注力しています。整理整頓を意識し、探し物に時間を浪費せず無駄な作業を減らすことで、業務を効率化するためです。これは、自分自身の作業だけでなく、他の社員の負担軽減にもつながります。
人事評価制度も整備し、売り上げが向上すれば、その成果を社員に還元することで、モチベーション向上につなげています。すべてのセクションで、努力に応じた公平な評価が行われる体制を構築することを目指しています。
ーー今後、特に力を入れていきたいことは何ですか。
村田淳司:
やはり、作業効率のさらなる改善です。たとえば、何度も修正が発生すると作業量が増えて、仕事が停滞してしまいます。そこで、絵コンテの精度を高めたり、3D技術を積極的に活用するなど、いろいろ模索しています。
また、海外でも日本のアニメは高い人気を誇っているので、その制作技術を日本人の手で次世代に引き継いでいきたいというのが私の強い思いです。今後も社員が働きやすい環境を整え、労働環境の改善に力を注ぎながら、最終的にはアニメ制作の拠点として200名規模の会社を目指していきます。
ーー貴社に向いている人材はどのような方ですか?
村田淳司:
弊社社員は「第二の家族」を目指して立ち上げた会社なので、協力し、助け合う風土が根付いています。制作現場は、個人主義が強いというイメージを持たれることが多いかもしれませんが、弊社ではそのようなことはありません。
先輩になるほど仲間をフォローする意欲が強く、助け合う姿勢が当たり前です。ですから、自分の仕事が終わっても、困っている仲間がいたら手を差し伸べたいという協力の精神を持っている方が、弊社に向いていると思います。
編集後記
アニメの制作現場と言えば、長時間労働や低賃金のイメージがいまだに根強い。村田氏は、夢を抱いてこの業界に飛び込んだ社員たちが、過酷な労働に苦しむことなく、長く働き続けられる環境を提供したいという強い思いを語ってくれた。
福利厚生の充実と効率的な制作体制の構築によって、いかに質の高い作品を生み出すか、その信念を貫いている。村田氏のさまざまな取り組みがアニメ業界に新しい風を吹き込み、やがて日本のアニメの制作工程そのものが、作品と同様に賞賛される日がきっと来るだろう。
村田淳司/1973年東京都生まれ。大学卒業後、アニメーションの専門学校にて作画を勉強後、葦プロダクション、タツノコプロダクションにて制作職に従事し、2018年、株式会社MAHOFILM設立。