
アンジェス株式会社の創業者である森下竜一氏は、大阪大学の研究室から、治療法のない病に挑むため同社を設立した。その歩みは、日本の大学発ベンチャーの先駆けといえる。まだ「大学発ベンチャー」という言葉すら一般的でなかった1999年、なぜ同氏は起業の道を選んだのか。研究成果を社会に届け、一人でも多くの患者を救うという強い思いを胸に、幾多の壁を乗り越えてきた。今回は同氏に、創業の原点から遺伝子治療の未来、そして2025年大阪・関西万博を機に描くヘルスケアの新たなビジョンまで、その軌跡と情熱についてうかがった。
支援なき時代に起業した大学発ベンチャーの原点と困難
ーー貴社設立の経緯についてお聞かせください。
森下竜一:
弊社は私が創業した会社で、1990年代半ばにHGF(肝細胞増殖因子)が血管再生を促すことを発見し、これを治療法に応用するため、1999年に大学発ベンチャーとして立ち上げました。
創業した1999年当時は、現在のように大学発ベンチャーを支援する制度は全く整備されていませんでした。たとえば、国立大学の教員が企業の取締役になることは原則として認められていませんでしたし、大学の研究成果を企業へスムーズに移管する仕組みもありませんでした。周囲の理解を得るのも難しく、非常に高いハードルがあったのは事実です。
それでも突き動かされた原動力は、やはり「治療法のない患者さんを救いたい」という一心でした。アメリカでは、「バイ・ドール法」(※)が整備されていたので、そうした事例も参考にしながら、一つひとつ壁を乗り越えていきました。
(※)バイ・ドール法:米国で1980年に制定された法律で、連邦政府の資金で研究開発された発明であっても、その成果に対して大学や研究者が特許権を取得することを認めたもの。
ーー治療薬の開発に取り組まれた原点についておうかがいできますか。
森下竜一:
「薬がないなら、自分たちでつくろう」。それがすべての始まりです。私が大阪大学で臨床に携わっていた頃、動脈硬化などで足の血管が詰まり、血流が途絶えて足を切断せざるを得ない患者さんを多く見てきました。当時は有効な治療法がなく、何とかして救いたいという強い思いがありました。そこで着目したのが、体の中で血管を新しく作る働きを持つ遺伝子です。この遺伝子を薬として投与すれば、新たな血管ができて血流が回復し、足を切断せずに済むのではないかと考えました。
治療法のない患者を救う「天使」を意味する社名に込めた使命

ーー社名の由来と、そこに込められた貴社ならではの強みやこだわりについてお聞かせください。
森下竜一:
アンジェスという社名は、フランス語で天使を意味するアンジェからきており、難病で悩む患者さんを救う天使のような会社でありたいということで名付けた名前です。血管を新しくつくるHGF(肝細胞増殖因子)遺伝子の治療薬の開発からスタートした原点と、新しい治療法をつくり出していくという使命をこの名に込めています。この使命こそが、私たちの強みにもつながっています。
大手製薬企業がなかなか参入しない領域であっても、有効な治療法がなく困っている患者さんがいる限り、最先端の技術を用いて挑戦を続ける。まだ誰もやっていない道を切り拓くパイオニアであることこそが、私たちの存在意義だと考えています。
ーー事業を進める中で直面した、最も大きな課題とは何だったのでしょうか。
森下竜一:
最も大きな壁は、日本の医薬品承認に関する行政の仕組みです。アメリカでは、科学的な合理性や患者さんにとってのメリットを基に議論が進みます。一方、日本の場合はどうしても行政手続きとしての側面が強く、前例のない新しいものに対する承認のハードルが非常に高いのです。「何%の有効性がなければ認めない」といった画一的な基準があり、患者さん一人ひとりの状況に合わせた柔軟な判断がされにくい現状がありました。この文化や制度の違いを乗り越えて、新しい治療薬を世に届けることには大変なエネルギーが必要でした。
大阪・関西万博で示す健康を支える未来像の構築
ーー今後の事業戦略と、それを担う次世代に求める姿勢についてお聞かせください。
森下竜一:
事業としては大きく二点に注力します。まず、米国で治験中の重症虚血肢への遺伝子治療薬など、既存パイプラインを早期に実用化すること。そして、AI技術との融合による創薬プロセスの革新です。AI活用によって難治性疾患のメカニズムを解明し、開発スピードを上げていきます。
こうした新しい挑戦を行ううえで、現在の環境は私の創業当時よりも格段に恵まれています。だからこそ次世代の方々には、専門分野の枠を超えて挑戦してほしいです。これからは「医学×AI」のように、異分野の知識を組み合わせて越境できる人材が、新しい価値をつくっていくと確信しています。
ーー描かれている未来像の実現に向け、現在はどのような取り組みを行っているのでしょうか。
森下竜一:
2025年の大阪・関西万博では、私が総合プロデューサーを務めた「大阪ヘルスケアパビリオン」において、2050年の医療を体感できる展示を行いました。そこで提示した世界観は、人々が体調が悪くなってから病院に行くのではなく、自宅のセンサーが常に健康データを計測・解析し、AIが一人ひとりに最適な食事や運動、さらには必要な治療まで提案してくれる社会です。病気を未然に防ぎ、誰もが健康で生き生きと暮らせる「ウェルネスな未来」の在り方を、万博という場を通じて発信できたと考えています。
今後は、万博を一過性のイベントで終わらせず、未来の健康社会につながる資産として残していくことが重要です。その取り組みの一つとして、パビリオンでは来場者の健康データを大規模に集積・解析するプロジェクトを実施しました。今後万博のレガシーとして得られた知見をもとに、個人の「エイジングクロック(生物学的年齢)」を測定し、科学的根拠に基づいて若返りへと介入する方法を提案していく方針です。万博という大きな契機を活かし、健康寿命を延ばすための具体的なソリューションを生み出す社会の礎を、これから築いていきたいと考えています。
編集後記
臨床現場での切実な思いから「薬がないなら、作る」と立ち上がった森下氏の強い信念が、この事業の根底にある。制度が未整備な時代に幾多の壁を乗り越え、遺伝子治療という最先端の技術で難病に挑み続ける姿勢は、まさにパイオニアの挑戦だ。米国での治療薬開発の推進、AI技術による創薬プロセスの革新は、医療の未来を大きく変える可能性を秘めている。さらに2025年の万博で示すウェルネスな未来像は、私たち自身の「生きる」という問いに具体的な答えを与える。この企業の挑戦は、生命科学の進展と健康長寿社会の実現に向けた大きな功績となるだろう。

森下竜一/1991年、大阪大学医学部老年病講座大学院を卒業後、米国スタンフォード大学循環器科にて研究員を務める。2003年より大阪大学大学院にて臨床遺伝子治療学の寄附講座教授に就任。同年に知的財産戦略本部本部員、2013年には内閣府規制改革会議委員および健康医療戦略本部戦略参与を歴任するなど、国政の重要課題にも携わる。2020年に大阪府・市特別顧問に就任し、2021年からは2025年大阪・関西万博における大阪パビリオンの総合プロデューサーを務めている。