
中華まんや純印度式カリーなどで知られ、1世紀以上にわたり日本の食文化を支え続けてきた株式会社中村屋。東京・本郷のパン屋から始まった同社は、菓子、レストラン、さらには業務用食品や家庭用レトルト食品へと事業領域を拡張し、伝統の味を守りながらも時代の変化に即した価値を提供し続けている。その舵取りを担うのが、同社代表取締役社長の島田裕之氏だ。業務用食品の営業からキャリアをスタートさせ、家庭用食品事業の立ち上げに尽力してきた「現場を知る」経営者である。長い歴史を持つ組織の中で、いかにして変革の種を蒔いてきたのか。同社の未来を担う島田氏に、組織づくりと未来への展望を聞いた。
キャリアの原点は「相手の期待を超える」こと
ーーまずは、貴社に入社されたきっかけを教えていただけますか。
島田裕之:
正直に申し上げますと、確固たる動機があったというよりは、第一印象で惹かれたというのがきっかけです。就職活動をしていた当時はまだインターネットが普及しておらず、情報誌を頼りに企業を探していました。その中でたまたま開いたページに、弊社が掲載されていたのです。
そこには当時の新宿本店の一階の正面間口から撮影した写真があり、言葉にはできない「良い雰囲気」が漂っていました。また、直営店を持ちながら、メーカーとしての事業も展開しているユニークさに可能性を感じ、直感的に「ここ一本に絞って受けてみよう」と決意しました。当時はまだ、レトルト食品は一般流通に参入しておらず、私自身、入社するまでは弊社がカリーを手がけていることすら知らなかったほどです。
ーー入社後のキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
島田裕之:
最初に配属されたのは業務用食品部でした。外食産業やホテルに向けて、冷凍のカレーソースやパスタソースといった食材を提案・販売する営業職を8年ほど経験しました。中村屋のブランド名は一切表に出ない、いわば「黒子」の仕事です。しかし、我々がつくる食材は業界から非常に高い評価をいただいており、部門全体が自信と活気に満ちていました。
その後、2001年に100周年記念事業として家庭用食品事業が立ち上がり、そのメンバーに加わり、営業活動だけでなく、モノをつくるところにも関与することとなりました。
ーーその後のキャリアで、特に大切にされてきたことは何ですか。
島田裕之:
社内外を問わず、「相手の期待を超える仕事」を常に意識することです。営業という職種柄、社外のお客様との接点が多かったこともありますが、仕事の本質はどこにいても同じだと考えています。相手が求めている水準を、少しでも上回る成果を出し続ける。そうすれば、自然と信頼が生まれ、頼られる存在になれます。この姿勢は、当時の営業現場で学び、経営者となった今でも大切にしている私の信条です。
伝統と革新が共存する事業の舵取り 非効率の先に見出した「個性」

ーーこれまでのご経験で、特に大きな転機となった出来事はありますか。
島田裕之:
役員に就任し、それまで担当していた食品事業に加え、中華まんやお菓子といった歴史ある事業も管掌するようになった時です。商品やサービスの精神の原点は本店にありますが、同じ「中村屋」の暖簾(のれん)を掲げていながら、ビジネスの構造が全く異なる事実に衝撃を受けました。たとえば、百貨店などの直営店を中心に展開するお菓子や中華まんは、メーカーと小売業者が直接取引を行います。一方で、私が立ち上げに携わった家庭用食品は、問屋を介してスーパー等に商品を卸す、一般的な流通の仕組みで動いています。
ーービジネスモデルの異なる事業をどのようにマネジメントされたのですか。
島田裕之:
当初は戸惑いもありましたが、各部門の責任者たちと「それぞれのビジネスの良さを、どう最大化するか」を徹底的に議論しました。合理的に見れば、同じブランド内で仕組みが異なるのは非効率かもしれません。しかし、その多様性こそが弊社の個性であり、面白さであると気づいたのです。新しいビジネスモデルが加わったことで、既存の仕組みにとらわれず、新たな可能性を模索する議論が活発化しました。先人たちが築いたブランドにあぐらをかくことなく、どう磨き上げていくか。伝統と革新の間で葛藤したあの時期が、今の経営判断の礎になっています。
「もっといい会社に」従業員と共につくる次なる100年
ーー社長に就任された時の率直な心境についてお聞かせください。
島田裕之:
前社長から突然打診を受けた際は、まさに青天の霹靂でした。当時、私は執行役員の中でも末席におりましたので、最初は「支社長をやってくれ」と言われたのかと聞き間違えたほどです。弊社には支社など存在しないにもかかわらず、そう勘違いしてしまうほど予想外でした。しかし、冷静に考えると、これは「自分より若い世代やミドルクラスの力を借りながら、次の新しい中村屋をつくれ」というメッセージなのだと理解しました。その使命を感じ、その場で引き受ける覚悟を決めました。
ーー貴社の経営理念について、詳しく教えていただけますか。
島田裕之:
私が社長に就任する1年前、創業120周年を機に経営理念を「真の価値を追求し、その喜びを分かち合う」という言葉に刷新しました。これには、創業者の精神を根幹に残しつつ、「守るべきは守り、新しいことには従業員全員で思い切って挑戦しよう」という強い意志が込められています。この理念がすでに指針として示されていたからこそ、私がその体現者となり、先頭に立って変革を進める覚悟が固まりました。
商品ではなく「事業」をつくる オフィス向け新サービスへの挑戦

ーー今後の展望について、お聞かせいただけますか。
島田裕之:
弊社では本店から派生した商品を展開しており、それぞれの商品には歴史的ストーリーがあることが個性になっています。ロングセラー商品に恵まれてきた反面、ゼロから新しい事業を生み出す力が弱いという課題がありました。そこで、現状を打破すべく私の直轄チームを立ち上げ、「商品をつくるのではなく、事業をつくる」取り組みを開始しています。
その第一弾として、2025年11月より本格展開を開始したのが、「Office Stand By You(オフィス スタンド バイ ユー)」です。これは、シェフが開発した本格的なスープが楽しめる「法人向けオフィス常設型の社食サービス」で、電子レンジで温めるだけの手軽さに加え、常温で長期保管ができるため、ランチ難民の解消はもちろん、いざという時の防災備蓄としても活用できる点が大きな特徴です。
ただ、このプロジェクトの真の目的は、単なる新サービスのヒットではありません。「新しい事業を創出できる組織」をつくることです。チームの活動や思考プロセスをすべて形式知化し、次に誰かが挑戦する際の「型」として残していく。単発の成功で終わらせず、再現性を持って挑戦し続けられる組織を目指しています。
ーー最後に、会社を今後どのような姿にしていきたいですか。
島田裕之:
私は常々、「もっといい会社になろう」と従業員に伝えています。私が目指す「いい会社」とは、社会や人々を幸せにする価値を提供し、その仕事を通じて従業員自身も喜びを感じ、結果として高い収益を生み出し続けられる組織です。
その実現に向け、まずは足元の現状を知るべく従業員サーベイを徹底し、一人ひとりの声に真摯に向き合っています。華々しい改革だけでなく、地道な対話を重ねながら、従業員と共に一歩ずつ、これからの未来を支える「もっといい会社」を築いていきたいと考えています。
編集後記
”変わらない「おいしい」を、いつもあたらしく。”この言葉を掲げる中村屋の挑戦は、まさに有言実行だ。取材を通じて見えてきたのは、120年以上の歴史を持つ老舗でありながら、そのブランド力に安住することなく、常に変革を求める真摯な姿勢である。島田氏が語る「相手の期待を超える」「もっといい会社に」「事業をつくる」という言葉には、キャリアを通じて培われた一貫した哲学が感じられる。伝統という強固な土台の上で、未来を見据えて新たな事業の種を蒔き続ける同社の姿は、変化の時代を生きる多くのビジネスパーソンにとって、大きな示唆となるだろう。

島田裕之/1970年 神奈川県出身。麻布大学卒業。1993年に株式会社中村屋に入社。執行役員食品事業部統括部長、菓子・食品営業部門統括部長などを歴任。2022年6月に代表取締役兼社長執行役員に就任し、2024年6月より代表取締役社長。