
医薬品の製造・輸入・開発・販売を行う日本バイオテクノファーマ株式会社。少数精鋭ながら、外部の専門家と連携し、製造設備を持たない「ファブレス経営」で、本質的な価値を追求している。大手外資系企業を経て起業した代表取締役社長の篠原直樹は、利益優先の医療への違和感を原点に、誰もが安価で良質な医療を受けられる社会を目指し起業した。同社が目指す「治療から予防へ」という転換と、その先に見据える未来について話を聞いた。
利益優先の医療への違和感と起業の原点
ーーご自身のキャリアの原点についてお聞かせください。
篠原直樹:
私の原点は高校時代の演劇やバンド活動にあるのかと思います。舞台を通じて人の笑顔に触れ、感動や直接感謝されることに、自分自身のモチベーションが強く突き動かされるのを実感しました。
この「一人でも多くの人を笑顔にしたい、心躍らせたい」という思いを、一生の仕事にするにはどうすればいいかと考えたとき、弁護士や教職など、目の前の人を助ける職業も検討しました。しかし、最終的に辿り着いたのが製薬業界でした。製薬であれば、生み出した一つの薬で、難病の患者の治療や、しいては一度に何万人、何億人という世界中の人々の命を救える可能性がある。その圧倒的な社会的インパクトの大きさに、計り知れない魅力と可能性を感じたのです。
大学院卒業後は米国モンサントカンパニー医薬品事業部(現ファイザー)へ入社し、さまざまな部署を経験し、多様な人種や考え方に触れることでグローバルな視点を身につけたことは現在につながる良い経験でした。
ーー起業された経緯について教えてください。
篠原直樹:
外資系製薬企業でキャリアを積む中で、私は日米の医療現場の過酷な格差、そして「利益と生命」が天秤にかけられているような場面や現実に直面しました。
日本のような国民皆保険制度がないアメリカでは、富裕層が高度な治療を受けられる一方で、一般の人々は手術を待つ長い列に並ばざるを得ないなど、貧富の差が命の長さに直結しているのではないかと思うことがありました。さらに衝撃を受けたのは、企業が自社の利益やポジションを守るために、本来救えるはずの患者様を後回しにしてしまう構造があるのではないかという懸念でした。
特に、近年主流となっているバイオ医薬品(※1)の高騰は深刻です。たとえば、若い女性に多いリウマチの治療では、自己負担額だけで月に8万〜10万円もの費用がかかることがあります。明日の生活のために痛みを堪え、治療を断念せざるを得ない方々を目の当たりにし、「命が関わる世界で、治療における価格構造は根本的に間違っているのでは」という強い憤りが、私の起業の原点ともなりました。
本当に必要な人に、必要な医療を届ける。そのために、まずは「良い薬を安く提供する」仕組みを自らの手でつくることを決意しました。高額な医薬品の価格を抑えた「バイオシミラー」(※2)の開発に踏み出したのは、医療費を削減し、社会保障という未来のインフラを守るためでもあるのです。
(※1)バイオ医薬品:遺伝子組換え技術や細胞培養技術を用いて製造したタンパク質を有効成分とする医薬品。
(※2)バイオシミラー:バイオ医薬品の特許が切れた後に、他の製薬会社から発売される薬。
少数精鋭の「ファブレス経営」で生み出す価値
ーー経営をする上で大切にされていることはありますか。
篠原直樹:
弊社は自社で製造設備を持たない「ファブレス経営」を採用し、自社の米国研究所以外は外部スペシャリストと連携する柔軟な組織を構築しています。私自身、外資大企業勤務時代に、組織の階層やしがらみによって意思決定が遅れ、本来の目的が見失われる光景を何度も目にしてきました。
そのため弊社では、特定の分野で世界トップクラスの知見を持つ外部専門家やパートナー企業と直接つながる「点と線」のネットワークを重視しています。現在、社内のメンバーはわずかですが、この少数精鋭の体制こそが、迅速かつリスクの少ない経営を可能にしているのです。
また、オフィス環境などに過度な投資をしないことも、創業以来のポリシーです。立派なオフィスを構える余裕があるなら、一円でも多くを開発投資に回し、ともに働く仲間の給与として還元すべきだと考えています。こうした「見栄え」よりも「実利」を優先する姿勢が、結果として一人あたりの生産性を日本トップクラスにまで引き上げる原動力となりました。
治療薬から国家防衛まで 事業を支える4つの柱

ーー貴社の事業内容をご説明いただけますか。
篠原直樹:
大きく分けて4つの柱があります。一つ目は、創業の原点である抗がん剤やリウマチの治療薬などのバイオシミラー、バイオスーペリアーの開発事業。二つ目は、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病などの検査キットや医療機器の開発事業。三つ目が動物の疾病予防にかかわる医療機器、検査キット開発の動物関連事業。
そして四つ目が、国の安全保障に関わるバイオセキュリティ事業です。バイオセキュリティとは、感染が起これば致死的なリスクのある天然痘や炭疽菌といった脅威感染症の治療薬を、開発提供する事業を指します。感染症によるパンデミックは国家の安全を脅かす脅威となるため、厚生労働省や防衛省との会議を行い、世界状況、開発状況などを議論することもあります。万が一の事態を防ぐための抑止力ともなり、備えておくことは極めて重要と考えています。
ーーバイオセキュリティという「防衛」の視点は、なぜ必要なのでしょうか。
篠原直樹:
現代において、私たちが最も警戒すべき脅威は「目に見えない感染症」にほかならないからです。核兵器は使用すれば自国も滅びるため、実際には使われない「見せかけの力」という見方が多いかと思います。しかし感染症ウイルスは見えにくく、ひとたび広まれば、即座に何十万人、何百万人もの命を奪いかねません。だからこそ、私たちは「治療薬」を持つ必要があります。万一の事態に備えた薬を自国で確保できている事実は、感染症の脅威から国、国民を守る極めて強い「抑止力」として機能すると考えています。
医療や安全保障の分野において、共同体として国を守っていくことが重要だと考えているためです。同様のリスクを抱える国々と技術や情報を共有し、密に連携することで、アジア全体の安定と発展に寄与できると考えています。
こうした専門的な事業を、学会のマネジメントと製薬のコンサルティングを統合した独自の合理的な体制で推進している点が、弊社の大きな強みです。私たちの事業がアジアの安全保障のための一助となればという思いで、日々挑戦を続けています。
殺処分ゼロへ 鳥インフルエンザ対策が拓く未来
ーー現在、どのような取り組みに注力されていますか。
篠原直樹:
鳥インフルエンザや豚熱の対策です。現状、鳥インフルエンザが発生すると、養鶏場の鶏はすべて殺処分されます。その数は年間で数百万にのぼり、国は殺処分と補償のために多額の費用を使用することになります。鶏肉や卵の価格も高騰し、私たちの食生活にも大きな影響が出ており、非常にもったいない状況です。
この課題を解決するため、独自の殺菌特許技術を開発しました。この技術を用いた特殊な装置を養鶏場に設置し、空気中のウイルスを捕らえて不活化することで、感染予防に寄与します。すでに実証実験では、予測を大きく超えた確かな結果が得られました。この技術を全国の養鶏場へ導入できれば、殺処分をなくし、莫大な費用の投入を抑えることが可能であると考えています。
さらに食料の安定供給にもつながり、多額の経済的な損失を防ぐことにも貢献できるでしょう。日本の自給だけでなく、お米もそうですが、より日本の素晴らしい食材を海外の皆さんに提供できるよう願っています。少しでも役に立てるように今までないものの開発に取り組んでいます。
「治療から予防へ」健康寿命の延伸が日本の未来を創る
ーー今後のビジョンについてお聞かせください。
篠原直樹:
病気になってから治す「治療」主体の医療から、病気になる前に防ぐ「予防」へのパラダイムシフトを実現したいと考えています。その一環として注力しているのが、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病のリスクを、少量の血液で判定できる検査技術の開発です。健康診断などで誰もが手軽に将来のリスクを把握できるようになれば、運動や食生活の改善といった予防への行動を自発的に起こすきっかけになります。これまで「いつの間にか進行していた」病を、自らの意志で回避できるものへと変えていきたいです。
また、早期発見によって薬の投与タイミングでの効果も飛躍的に高まり、一人ひとりの健康寿命を延ばすことにも直結します。人々が健やかに自立して働き続けられる社会を構築することで、介護問題や社会保障費の増大といった深刻な社会課題の解決にも貢献できると確信しています。
ーー最後に、貴社が見据える展望について教えていただけますか。
篠原直樹:
予防医療の普及によって、医療費や介護費といった社会保障費を劇的に下げられると考えています。そして、そこで生まれた財源を子どもたちの教育や次世代への投資に回すことができれば、子どもを産み育てやすい環境が整い、人口増加にも寄与できるでしょう。私たちが目指すのは、予防医療を起点とした日本の未来を創るための好循環なのです。
もちろん、実現には法律や規制などの困難も伴います。しかし、私は過去に、救急隊員など医師ではないファーストレスポンダーの皆さんが、現場で適切な処置を行えるよう法改正に携わった経験から、本気で向き合えば必要に応じ法律さえも変えられると学びました。社会にとってあるべき姿を真摯に提案し続ければ、道は必ず拓けると信じています。この信念を胸に、これからも挑戦を続けていきます。
編集後記
人々の命を救いたいという純粋な思いが、医療の枠を超えて国家の安全保障や食の安定供給を支える大きな力へと広がっている。利益や見栄えを追わず、実利を重んじる合理的な経営姿勢は、社会に必要な価値を届けるための確かな手段にほかならない。病を未然に防ぐ仕組みが浸透すれば、日本の未来はより健やかで明るいものへと変わるだろう。社会のあるべき姿を追求し、困難に立ち向かう信念の先に広がる展望に期待したい。

篠原直樹/米国Monsanto Company(現・Pfizer)入社。キャリアを経てAventis Behring社(現 CSL Behring社)設立メンバーとして入社し、その後役員に就任。2016年に独立し、同年、バイオベンチャーの日本バイオテクノファーマ株式会社と医療コンサルティングファームのネクストイノベーションパートナーズ社の2社を同時創業。