※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

首都圏を中心に16店舗のタイ料理店を展開する、株式会社SUU・SUU・CHAIYOO。レストラン事業を中核としながら、コロナ禍を機に通販事業を開始し、千葉県市原市では自社農園を運営するなど、食の可能性を多角的に追求している。同社を率いる代表取締役社長の川口洋氏は、外務省から飲食業界へ転身した経歴を持つ人物だ。学生時代のバックパッカー経験から始まったそのユニークなキャリアの軌跡と、同氏が描く食を通じた事業の未来像に迫る。

外務省から飲食業界へ転身を決めた志の源泉

ーー社長のキャリアの原点についてお聞かせください。

川口洋:
中学2年生のとき、友人と二人で国内旅行へ出かけたことが、私のキャリアにおける原点です。決まった宿も取らず、各地で野宿を繰り返しながら移動し続けるという、中学生にとっては非常に過酷な旅でした。しかし、頼れる人がいない中で「自分たちの力だけで何とかする」という経験を重ねたことが、今の私の精神的な土台となっています。

さらに19歳の夏には、1カ月ほど海外を放浪しました。当時は言葉が全く通じず、現地での生活に苦労する場面もありましたが、ボディーランゲージを駆使して懸命に意思疎通を図りました。この旅を通じて、どのような未知の環境でも物怖じせず、自ら道を切り拓く度胸がついたと感じています。

こうした経験から「自分の力を世界で試したい」と考えるようになり、1992年に外務省へ入省したのです。入省後は、専門としてアラビア語の研修を受けた後に、中東地域を担当しました。与えられた役割に真摯に向き合いました。

ーーその後、飲食の領域で起業されたのはどういった背景があったのですか。

川口洋:
海外で働く中で、現地の人々と食事を共にする機会が多くありました。特に中東に赴任していた頃は、現地の人や外交団、在住邦人の方々を招き招かれ、食を通じ大いに交流しました。そして、初めて出張で訪れたタイで、タイ人の活気元気さ、料理の美味しさに、私自身が強く魅了されたことが出発点です。

その後、一時帰国した日本でタイ料理が注目を集めている状況を目の当たりにしました。タイ料理店を食べ歩く中、そのうち「タイ料理店を始めたい」という気持ちが抑えられなくなり、外務省を去る決意を固めたのです。しかし、飲食の経験は皆無でした。そこで、まずはタイ料理の名店である「スパイスロード」の門を叩きました。

1年間と期間を決めて修業に入りましたが、現場は非常に忙しく、必死に勉強させていただく毎日でした。当時の創業社長や現社長は優しく器が大きく、技術も経験もない私の熱意を受けとめて店長も任せて下さいました。退路を断って修行に励んだこの濃密な時間が、2004年の独立へと繋がりました。

ピンチをチャンスに変えた新規事業の展開

ーー店舗運営において具体的に注力されている点は何ですか。

川口洋:
弊社は経営理念として「ハッピータイランドを世界へ届ける!」を掲げています。単に料理を提供するだけでなく、空間全体でタイの楽しさを感じてもらえるよう努めています。料理はもちろんですが、お店の雰囲気やサービスといったすべてを含めてお客様にタイの魅力を伝えたい。お客様が扉を開けた瞬間から、まるで現地にいるかのような体験を提供することが私たちのこだわりです。

また、私たちは「変化」ではなく「進化」することを大切にしています。奇抜な新メニューを次々と生み出すのではなく、お客様が愛してくださる定番メニューの質を追求し、進化させています。たとえば、よりフレッシュなハーブを使うことで、同じ料理でも香りが格段に良くなります。こうした本質を磨き続けることで、安定した価値を提供したいと考えています。お客様に「いつも通りおいしいね」と言っていただける状態が理想です。

ーー他にどのような事業を展開されているのでしょうか。

川口洋:
コロナ禍で店舗の営業が暇だったので通販事業「スースーデリ」を始めました。軽い気持ちで始めましたが、レストランの味をご家庭でも楽しんでいただきたいという思いで、粘り強く冷凍食品などの開発に力を入れています。開発した商品はオンラインストアのほか、全国のスーパー、一部自社店舗に設置した自動販売機でも販売しており、食事をされたお客様がお土産に購入されることも増えてきました。他の外食企業様への卸も行っております。

また千葉県市原市で、自社農園「スースーアグリ」を運営しています。タイ料理に欠かせないスパイス、ハーブ類を、よりフレッシュな状態で使いたいという思いから始まった取り組みです。いきなりのスタートでしたが、真剣に取り組む中で信頼できる農家の方、近隣の方との縁に恵まれました。ここでは市原ぞうの国様と組み、自社の堆肥場で製造したぞうの堆肥をベースに地力を生かした有機栽培にこだわる循環型の農業に挑戦しています。私たちがつくった採れたてのスパイス、ハーブ類を、すぐに店舗で提供できる体制は、弊社の大きな強みになっています。

おもてなしの時間を創出するデジタル活用

ーー人材育成や組織づくりについてはどのようにお考えですか。

川口洋:
現在、弊社には約90名の正社員、約300名のアルバイト社員が在籍しており、その多くがタイ出身のスタッフです。組織として急成長を追い求めるのではなく、着実に一歩ずつ成長していける人材を育てていくことが、持続可能な経営には不可欠です。次世代を担うリーダーには、弊社の価値観を深く理解し、現場でそれを体現できる力を求めています。

また、スタッフが安心して長く働ける環境をつくるため、雇用契約や人事制度の整備には私が直接目を通すようにしています。特に海外出身のスタッフが多いからこそ、制度を透明化し、信頼関係を築くことが欠かせません。

さらに、ITを活用して不必要な作業を減らすDXを推進しています。これによって生まれた余裕を、スタッフが本来注力すべき「おもてなし」の時間に充てられるような環境づくりを続けていきたいと考えています。

ーー今後の事業展開について、どのようなビジョンをお持ちでしょうか。

川口洋:
タイを軸とし複合型の事業展開をしていきます。レストラン事業を主軸に据えつつ、食品製造事業、農業事業を拡大していきます。また、その周辺領域で「タイの魅力」をより深く体験できる新しい挑戦を続けていきたいと考えています。

たとえば、農場のある千葉県市原市南部の地域の観光振興にもかかわっていますが、同地域で農業研修を主とした宿泊施設を立ち上げます。自分たちの農園で収穫した、ゾウの肥料で育ったフレッシュなタイ野菜。それらをふんだんに使った料理を提供し、心ゆくまで滞在していただく。単に食事をする場所という枠にとらわれず、五感を通じてタイの文化や楽しさに浸れる価値を創造し、地域活性化にも貢献していきたいです。その施設を皮切りに本場タイのリゾートを感じられるような宿泊施設の展開も構想中です。

編集後記

外務省での安定した立場に甘んじることなく、理想の追求に向けて新たな一歩を踏み出した川口氏。その歩みは、過去の経験を糧にしながら自らの可能性を広げ続ける、情熱に満ちたものだ。「進化」を尊ぶ姿勢からは、現状に満足せず本質を磨き抜く覚悟が伝わってくる。レストランや農園、さらに広がる宿泊施設構想。純粋な好奇心が周囲を巻き込み、地域を活性化させる姿は、自らの道を選び取る大切さを私たちに示してくれることだろう。

川口洋/学生時代のバックパッカー旅行を経て、外務省に入省。アラビア語の専門家として、シリア、オマーンに勤務。タイ料理店での起業を目指し外務省退職後、一年の修行を経て2004年秋に目黒区自由が丘で創業。現在、首都圏にタイ料理店16店舗を展開する他、タイ料理食品製造販売卸事業をてがける。2022年千葉県市原市で、ぞうの堆肥によりタイ野菜を栽培するスースーアグリを立ち上げた。