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1925年に創業し、京都の地で食文化を紡いできたスター食堂株式会社は、洋食を原点に多彩な業態を展開する企業である。現在では、居酒屋や焼肉店なども手掛け、地域の人々に“美味しい時間”を提供し続けている。代表取締役の西村裕行氏は、他社を経験することなく入社し、社長の息子として多大なる期待を受けて成長。その業界の常識を「働き手の自由度が高く、実力を生かせる会社:強い会社である」という強い意志に変え、従業員第一の組織改革と大胆な経営改革を実行した。創業100周年を迎え、会社の原点を見つめ直しながら次なる100年を見据える同氏に、その軌跡と展望を聞いた。

父が繋いだフランスとの縁 食の原点を育んだ幼少期と大学時代

ーー西村社長のこれまでの歩みについて、詳しくお聞かせいただけますか。

西村裕行:
父は、日本人として初めてフランス料理に深く感銘を受けた人物でした。現地で初めて触れたフレッシュなハーブや、煮込むと力強いソースになるほど味の深いトマトなどの野菜に感動し、帰国後すぐに京都の自宅の広い敷地に畑をつくり、フランス野菜やハーブの栽培を始めました。幼少期、物心ついた時からこの畑仕事を手伝わされていた私は、日本ではまだ珍しかったハーブやフランス野菜に囲まれて育ちました。

こうした土との関わりや畑での経験から、大学は自然と農学部に入学。地方の大学を選んだことで、生活と「農」が密接に結びついた環境に身を置きました。都会とは違い、朝起きれば畑を耕し、雨が降れば種の選別をするような日々。時には信州独特の食文化である蜂の幼虫を食べたり、農業高校で牛や豚の世話のアルバイトをしたりするなど、厳しいながらも知恵に満ちた生活を体験しました。

「自然と共に暮らす」という大学4年間の経験は、料理の原点であり、私の核になっていると言っても過言ではありません。食べるものや作るものが季節の巡りと密接に関わることを肌で感じたこの経験は、今の経営や料理を考える上でのベースとなっています。

ーー大学卒業後はどのようなキャリアを歩まれましたか。

西村裕行:
大学卒業後は、フランス好きの父の勧めもあり、フランスへ留学しました。しかし、1年ほど経った頃、「新しい店がオープンするから帰ってこい」と父から連絡を受け、帰国するに至ります。すると、知らない間に社員として入社することが決まっていたのです。

自分の意思とは関係なく始まった社会人生活でしたが、待ち受けていたのは厳しいながらも愛情ある環境でした。当時の社員からは「社長の息子だから」という理由で特別扱いされることはなく、丁寧に指導していただきながら、多くのことを学ばせてもらいました。その経験は、自分を大きく成長させてくれる貴重なものでした。

ーー入社後は、どのような業務をご担当されましたか。

西村裕行:
入社後は、主に厨房での業務に従事しておりました。しかし、厨房からホールに出てお客様と直接お話をする機会を得て、当店に対する認識が大きく変わりました。初めてハンバーグを食べた話、お見合いの場として使っていただいた話など、お客様からお店に関する数々の思い出話を聞かせていただいたのです。

この経験を通じて、スター食堂が単なる飲食店ではなく、多くの方々の人生の大切な瞬間に寄り添い、愛されてきた存在だと改めて知ることができました。その時、これから私たちが最も大事にすべきことは、事業の成長だけではない、と強く感じたのです。私たちが自信を持って提供する料理と、それを通じて生まれる「楽しい時間」をお客様へお届けすること。それがお客様への「提案」であり、この気づきが、今後の経営改革の確信に繋がりました。

会社の危機を乗り越える大胆な業態転換と経営改革

ーー社長に就任された当時、会社はどのような課題を抱えていたのでしょうか。

西村裕行:
社長就任当時の最大の課題は、過去の成功体験に固執して、新しい事にチャレンジしない、できない状況に陥っているという点でした。それにより、時代の変化に対応できなくなっていたのです。たとえば、弊社の洋食業態から発展させた居酒屋事業はかつて大変好評をいただきました。お洒落な空間で女性だけでも安心して楽しめるため、業界の先駆けともいえる存在だったのです。しかし、その成功体験があったゆえに時代の変化から取り残され、多くの店舗で売上が落ち込んでいました。

そこでまず着手したのが、こうした時代のニーズからずれてしまった事業と店舗の再生です。既存の店舗のコンセプトを見直し、そしてお客様に「わかりやすいお店」として、業態そのものを転換したのです。

ーー洋食を事業の軸にしてきた中で、焼肉など全く新しい業態へ挑戦することに、社内からの抵抗や葛藤はなかったのでしょうか。

西村裕行:
もちろん、大きな心配がありました。特に、焼肉事業への参入の際は大変でした。洋食を軸にしてきた歴史があるだけに「先輩方に怒られるのではないか」と危惧していたのです。

しかし、OB・OG会で報告すると、皆さんが拍手で迎えてくれ、「構わない」といってくれました。スター食堂は“美味しい時間”を提供する会社です。そのため、業態の形にこだわる必要はないのだと教えられました。その言葉で迷いが晴れ、時代にあった、我々の求める店づくりを進める覚悟が決まりました。

創業100年を前にした原点回帰 「京都洋食」の再定義

ーー会社の原点である洋食事業については、どのように捉えていらっしゃいましたか。

西村裕行:
会社の原点である洋食店をどう進化させるかは、常に考えていました。そして改革が進んだ段階で、66年ぶりに新しい洋食店を出店するに至ります。その過程で「京都洋食とは何か」を突き詰め、弊社としての定義を「炊き立てのご飯に合うおかず」としました。日本の食文化に合わせた、ご飯のためのおかずこそが洋食の本質だと考え、京都洋食の一端をになう、我々のテーマとしました。

ーー「炊き立てのご飯に合うおかず」へのこだわりをどのように実現しましたか。

西村裕行:
まず、主役であるご飯は、土鍋を使い、常に炊き立てを提供できる店舗を出店し「炊飯:おいしいご飯」を実際にお客様に出せる仕組みを考えました。そして洋食の原点である牛肉の扱いを強化する必要があったので、一頭買いにもチャレンジ。厨房からは反対の意見も出ましたが、散々話し合って、「100年続く京都の洋食屋としてお客様に提供すべきだと決め、皆で前向きに取り組みました。

自らの経験が原動力 「こんな楽しい時間を提供できる会社」への組織改革

ーー従業員の働きやすい環境づくりに対して、どのようにお考えですか。

西村裕行:
飲食業は人が人に接することで繁栄、継続できる事業です。だからこそ、社員が安心して長く働ける環境を整えることが、お客様に喜んでもらえ、三方良しの経営者の最も重要な責務だと考えています。そして、売上を上げる目的は、従業員に還元するためと1人でも多くのお客様に喜んでもらえる。元気になってもらうことです。会社を大きくすることは、従業員が安心して働き続けられる会社として存続をさせていくことだからです。

具体的には、飲食業界では珍しかった週休2日制をいち早く導入しました。また、明確なキャリアパスも構築中です。他にも、家族を招くパーティーや社員旅行を実施するなど、従業員を第一に考える文化を根付かせていく方針です。

古い会社だからこそ独自の文化を大切にしたいとも思っています。そのため、昔からある社歌を復活させ、今では会議の前に全員で歌っています。入社式は神社で正式参拝を行い、社章や社旗も作り直しました。こうした取り組みで、仲間としての一体感を醸成すると共に、会社のアイデンティティを確立していきます。

100年の節目に見据える新たな事業と組織の未来像

ーー今後の事業の展望についてお聞かせください。

西村裕行:
京都だけでなく多くの地域のお客様にも提供できるように、今後はセントラルキッチンの本格稼働を目指し、生産性を向上させる計画です。人にしかできないことと機械化できる部分を区別し、現場の負担を軽減します。また、レトルト商品などの物販事業をさらに強化します。また、既存の店舗の拡充を含めた「進化」と成長をサイクルとして、大きく変えていこうと考えています。

こうした事業基盤を固めると同時に、私たちの原点である店舗での“美味しい時間”の提供にも、もちろん力を入れていくつもりです。その象徴的な取り組みが、今年オープンした「京都洋食 スター食堂 烏丸分店」です。実に66年ぶりとなる洋食の新店舗で、大丸京都店のすぐ隣に出店しました。初代の「美味しい時間を届ける」という思いを、新しい形で表現した挑戦となります。

私たちは、「変わらぬために、変わり続ける」という考えを大切にしています。この言葉にあるように、変化を感じ、変えていくことこそ、私たちの「味」や「おもてなし」を未来へ繋ぐために必要なことだと確信しています。強いものが生き残るのではなく、変化に適応できたものが生き残る。次のステージへ会社を変化させ、どんな状況にも耐えられる強い組織をつくることが、私の使命です。

ゆくゆくは世界中の人たちに私たちの料理を味わってもらいたいという夢があります。しかし、何よりもまず、地元京都のお客様に喜んでいただくことが第一です。従業員が心から楽しく、やりがいを感じられる環境を整え、「自分の子供を入社させたいと思うほど楽しい会社」を目指します。

編集後記

社長の息子として生まれながら、家業を望んだわけではなかった西村氏。幼少期に父から受け継いだフランス料理と「農」への情熱は、彼の食の原点を育んだ。不慣れな入社後の環境で、お客様の温かい言葉に触れるうち、彼はこの店が京都の人々にとって特別な場所だと再認識する。自身の経験を糧に、ただ利益を追求するだけでなく、従業員一人ひとりが働きがいを感じられる組織を目指す西村氏の哲学は、決して揺らぐことはない。創業100年を機に原点に立ち返りながら、次なる100年を見据える同社の挑戦から目が離せない。

西村裕行/1968年京都府生まれ。信州大学農学部卒業。学生時代は農学部に在籍し、作物の育成や収穫について広く学ぶ。大学卒業後はフランスへ留学。帰国後、スター食堂株式会社に入社。調理や店長の職を歴任。2007年、スター食堂株式会社の代表取締役社長に就任。留学の経験から日本文化への興味が深く、仕事以外では書道・茶道を嗜んでおり、古流武道の師範でもある。