
高品質なアウトドア製品と体験価値を提供する株式会社スノーピーク。同社の新たな舵取り役として代表取締役社長執行役員に就任したのが、水口貴文氏である。ルイ・ヴィトンやスターバックスといったグローバル企業でブランドの本質を追求してきた同氏が、なぜ次なる挑戦の場にスノーピークを選んだのか。そのキャリアの裏で育まれた独自の経営信念について、深く話を聞いた。
ブランドの本質を学び付加価値で勝負する原点
ーーこれまでのキャリアの歩みと、特に大きな転機となった出来事についてお聞かせください。
水口貴文:
大学卒業後、イタリアでMBAを取得しました。帰国後は実家の靴製造卸の経営に約10年携わりましたが、当時は資金繰りも厳しく、現場の職人とは「いかに安く作るか」といったコストの話に終始していました。
その後、ルイ・ヴィトンへの転職が大きな転機となります。そこで驚いたのは、実家の職人の技術は引けを取りませんでしたが、結果としてブランディングされた商品がもたらす価値には天地の差がありました。ルイ・ヴィトンは卓越した技術をブランドの力で昇華させ、付加価値を最大化させていたのです。店舗の空間や接客だけではなく、VMD、照明、音楽、パッケージなどブランドを構成するすべての要素をしっかりと積み上げて世界観を伝え、付加価値を高める。この仕組みこそが実は作り手の職人を守るのだと痛感しました。価格競争ではなく、価値を正しく積み上げて勝負する。この学びが、私の原点です。
ーー新たな環境へ踏み出す際、一番の決め手となったことは何ですか。
水口貴文:
ルイ・ヴィトンのグループには約15年在籍し、ラグジュアリーの世界でブランドづくりに携わってきました。素晴らしい経験でしたが、どこかでより多くのお客様や多様な社会と触れてみたいという気持ちが芽生えてきました。「仕事を通して広く社会に良い影響を与えられることはないか」と模索していた時期に、スターバックスから声をかけていただきました。スターバックスは、まさに「人」の力、そして人のつながりを中心にブランドが築かれている会社です。
また、適正な価格でコーヒーを販売することが、世界中の生産農家の支援につながるという哲学を持ち、付加価値の循環を確立しようとするユニークな会社でもあります。1日に100万人以上のお客様と接点を持ち、小さなことでも社会に前向きな変化を与えていける。その可能性の大きさに魅力を感じ、入社を決意しました。
創業者の意志を継承し組織化を推進する経営者の使命
ーーご自身のキャリアにおいて、貴社との出会いはどのような意味を持っていたのでしょうか。
水口貴文:
スターバックス在籍中に、現会長の山井と出会ったことがきっかけです。「自然を通して人間性を回復する」「人の力を解放していく」という壮大で唯一無二のパーパスに、初めて聞いた時から心を揺さぶられました。山井の会社の存在意義や社会に対する価値観など、根本的な部分で深く共感できる素晴らしい出会いでした。また、一つひとつのデザインに込められた細部へのこだわりなど、ものづくりに対する考え方も驚くほど似ており、感銘を受けました。
その後、社外取締役として関わる中で、この会社が持つ大きな可能性を確信するようになり、社長就任のお誘いを受けることにつながりました。
ーー社長就任にあたり、ご自身の役割をどのように捉えていますか。
水口貴文:
弊社の根幹にあるパーパスや、日本の自然観を大切にする姿勢は、誰が経営者になっても変えてはならないものです。山井はゼロからイチを生み出す力に長けています。それに対し、私の役割はその素晴らしい価値を仕組み化・組織化し、より強くして世界中に広げていくことだと考えています。これまで私がさまざまな企業で培ってきた経験は、まさにそのためにあると感じています。スノーピークの価値観をさらに深めながら、より多くのお客様に体験を届ける、そしてグローバルに展開するための土台を築く。それが私の使命です。
日常のあらゆる場面で自然との接点を創出する挑戦

ーー改めて、貴社がお客様に提供している価値の本質とは何だとお考えですか。
水口貴文:
私たちの事業の核は、キャンプを中心とした自然を通して、ユーザーの人生価値を創造することにあります。毎週キャンプに行くのは難しいかもしれませんが、身近な自然に触れる機会はもっと作れるはずです。たとえば、焚き火をする、ピクニックに行く、あるいは自然を感じる素材の服を着る。さまざまな入り口から、より多くの人に自然を体験してもらうことで、その人の人生が豊かになる。私たちは、単なるキャンプ用品メーカーではなく、そのようなライフバリューを提供していく会社でありたいと考えています。
ーー商品開発で重視する基準と、現在注力している取り組みは何ですか。
水口貴文:
開発には、二つの大きな軸があります。一つは、自分たち自身が感動できる唯一無二のものであること。そしてもう一つは、長く使えることです。スノーピークには全製品「永久保証」の考え方が根付いており、修理をしながら使い続けられる製品を作り続けてきました。良いものを長く大切にする価値観には、私自身も強く共感しています。
こうしたこだわりを持ちつつ、キャンプの裾野を広げるための新たな挑戦も行っています。今年発売予定のエアフレームを採用したシェルターは、付属のエアポンプで空気を注入すると5分ほどで立ち上がるため、設営時間が大幅に削減できる画期的な製品です。「設営が難しそう」といったハードルを下げることで、より多くの方に気軽にキャンプを楽しんでいただきたい。そのような商品を通じて、自然と触れ合う人を一人でも多く増やしていくことが目標です。
新潟三条から世界へ発信する日本企業の誇りと個性
ーー中長期的な目標と、実現に向けた戦略をお聞かせください。
水口貴文:
最大の目標は、私たちのパーパスを世界中に広げ、自然を愛する「仲間」を増やすことです。イベントなどを通じて築いてきた、お客様と従業員が名前で呼び合うようなコミュニティこそが、私たちの大きな財産です。今後は既存のキャンプ体験を深めつつ、フライフィッシングのような新たな体験も提供し、間口を広げていきます。国籍や文化を超えて焚き火を囲み、語り合える仲間が世界中に広がる。そんな未来を目指しています。
その実現に不可欠なのが、感動や共感といった、心が動く、エモーショナルな価値の提供です。人の感情に響く体験があれば、お客様は長くブランドを愛してくださいます。もちろん、そのためには商品が本物でなければなりません。嘘のない誠実なものづくりを土台とし、その上に、心を動かす体験を積み重ねる。商品開発から接客まで、すべてがその一点に繋がっているのです。
ーー最後に、今後どのような企業でありたいと考えていますか。
水口貴文:
スノーピークには、理念に共感し、個性豊かで常に新しいことに挑む社員が集まっています。このたくましさこそが、私たちの原動力です。同時に、私は日本人の持つ自然感、そこから来る人や自然への思いやり、謙虚さは世界に誇れるものだと信じています。だからこそ、多くの日本企業が自信を持って世界へ出ていくべきです。私たちも、新潟県三条市から世界へ挑戦する良い前例となり、後に続く企業が増えていく。そんな未来に貢献できる存在でありたいと願っています。
編集後記
ルイ・ヴィトン、スターバックス、そしてスノーピーク。水口氏のキャリアは一見すると多彩だが、ブランド価値の創造という一本の軸で貫かれている。同氏の経験と、スノーピークが守り抜いてきた「自然と人、人と人をつなぎ、人間性を回復する」という思いの融合は、同社を世界的な存在へと押し上げる原動力となるだろう。単なる製品提供を超え、国境を越えた「仲間」を増やしていくという壮大な目標は、アウトドアの未来のみならず、これからの社会のあり方さえも変える可能性を示唆している。

水口貴文/東京都出身。上智大学法学部卒業、イタリア・ボッコーニ大学経営学修士課程修了(MBA)。プライスウォーターハウスコンサルティングでキャリアをスタート。2001年、LVJグループ株式会社(現・ルイ・ヴィトン ジャパン株式会社)に入社。マーチャンダイジング担当副社長を務める。その後、ロエベジャパンカンパニーとロエベ韓国株式会社でプレジデント&CEOを歴任。2014年、スターバックス コーヒー ジャパン株式会社に入社し、最高執行責任者(COO)に就任。2016年、代表取締役最高経営責任者(CEO)に就任。2022年、スノーピーク社外取締役に就任。2025年、スターバックス コーヒー ジャパン株式会社CEO退任。