
ITフリーランスの働き方を支援し、「IT人材不足」という社会課題の解決に取り組むギークス株式会社。同社は、IT人材不足という社会課題に対し、ITフリーランスを活用し、必要なスキルを必要な期間だけシェアする独自のモデルで成長を続けている。新卒で入社したホテル勤務時代に経営者を志し、不動産業界を経てITの黎明期に創業した代表取締役CEOの曽根原稔人氏。「仕事は趣味の延長だった」と語るサービスマン時代から、泥臭い営業代行を経て上場企業のトップへと駆け上がったその裏には、常に「自身のあり方」を問い続ける独自の美学があった。これまでの軌跡と事業の展望、そして次世代に託す思いについて話を聞いた。
経営者を志した原点 ホテルスタッフ時代の気づき
ーーどのようなキャリアからスタートされたのでしょうか。
曽根原稔人:
キャリアの原点は、新卒で入社したホテルでの勤務でした。当時は仕事というよりも趣味に近い感覚で、お客様に喜んでいただけることが純粋に楽しかったのです。転機となったのは、丸の内という土地柄、多くの経営者やVIPの方々を担当させていただいたことでした。彼らの振る舞いや人柄に触れるうち、「サービスを提供する側ではなく、いつか自分もあちら側の席に座りたい」という強烈な憧れを抱くようになりました。単なる憧れが、「経営者になりたい」という明確な目標に変わった瞬間でした。
ーーホテル業界を離れる決断をされた背景について教えてください。
曽根原稔人:
転機は、お客様のために最善だと信じてとった行動が、上司から「指示と違う」と叱責されたことでした。お客様は喜んでくださっているのに、「なぜ言うことを聞かないんだ」と怒られる。その時、お客様よりも上司の顔色をうかがわなければならないサラリーマン的な組織体質に、違和感を覚えたのです。「自分の理想とする仕事は、ここではできないかもしれない」と痛感し、経営者になるための修業として環境を変える決意をしました。自身の強みである「察する力」を活かし、かつ経営者と接点が持てて、開業資金も稼げる仕事は何か。そう考え抜いた末に選んだのが、金融と不動産、最終的には不動産業界の営業職を選びました。
ーー不動産業界での経験は、その後のキャリアにどう影響しましたか。
曽根原稔人:
富裕層向けの営業として、経営者のプライベートな側面に触れる機会に恵まれました。そこで見たのは、自宅で孫と遊ぶ「飾らない素顔」でした。オフィスでは厳格な経営者も、仕事を離れれば私たちと同じ一人の人間であり、家族を愛する「普通の人」なのだと気づいたのです。雲の上の存在だと思っていたけれど、スイッチが入っているかどうかの違いだけで、同じ人間なんだ。そう思えた瞬間、起業に対する心理的なハードルが一気に下がりました。「私にもできるかもしれない」という確信は、その後の私の背中を大きく押してくれました。
ITの黎明期に挑んだフリーランス支援事業の誕生

ーー起業を決意された当初からIT事業を構想されていたのですか。
曽根原稔人:
実は当初、マンション開発や葬儀業、飲食業などを構想しており、現在の事業は候補にありませんでした。しかし、同級生からの「これからはネット、特にモバイルの時代だ」という言葉に衝撃を受け、方向転換しました。すぐにパソコンを購入してその可能性にのめり込み、2001年、その友人と共にITベンチャーを立ち上げました。事業の軸として、成長産業である「モバイルに関わる仕事」であること、そして経営を安定させるために「毎月収益が積み上がるストック型のビジネス」であること、この2点を重視して事業モデルを構築していきました。
ーー現在のフリーランス支援事業はどのようにして始まったのですか。
曽根原稔人:
最初はオフィスもなく、知人の会社の片隅にデスクを2つ借りて、電話線を引かせてもらうところからのスタートでした。いわゆる居候です。最初の1年間は、とにかく日銭を稼ぐために他社の営業代行を必死にこなしました。しかし、月の半分は自分たちの事業を考える時間にしようと決め、営業でさまざまなお客様を回るうちに、どの企業も例外なく「ITエンジニアが足りない」と嘆いていることに気づいたのです。
ちょうど2000年代前半はインターネットが一気に普及し、あらゆる企業でIT開発の需要が爆発的に高まっていたタイミングでした。そこで、インターネットの掲示板などで個人のホームページを持っているようなエンジニアの方々に声をかけ、私たちが仕事を見つけるという形でマッチングを始めたのが事業の原点です。
ーー当時はまだフリーランスという働き方は珍しかったのではないでしょうか。
曽根原稔人:
当時はフリーランスに対して「無責任」といったネガティブなイメージを持つ企業も多く、クレジットカードの審査も通りにくいような状況でした。フリーランスという働き方の社会的地位を向上させ、市場のあり方そのものを変革する。それこそが、私たちが創業以来、一貫して真剣に向き合い続けてきたテーマでした。
さらに、退職金制度が整っていないインターネット系ベンチャー企業が多かったため、今後はキャリアアップのための転職が当たり前になると予想しました。そしてその選択肢の一つとして、フリーランスを選ぶ人が必ず増えると確信していました。
ーー事業を拡大する過程で、特に印象に残っているエピソードはありますか。
曽根原稔人:
私は2社での上場経験があるのですが、1社目の2007年の上場時は、前年の「ライブドア・ショック」の影響で市場全体にベンチャー企業への不信感が漂っており、非常に苦労しましたね。当時私は30代前半と若かったため、「本当に信用できるのか」と厳しい目で見られることもありました。そのため、髪をオールバックにして少しでも年長に見えるよう背伸びをし、必死で審査に臨んだことを覚えています。主幹事証券の方々の支えもあり、150人ほどの若いチーム一丸となってこの逆風を乗り越えられたことは、今でも忘れられない大きな経験です。ギークスの上場は2019年でしたが、その際には1社目の経験が活きたと感じています。
フリーランス支援と企業のDXを両立する独自モデル

ーー現在の事業内容と、その強みについて教えていただけますか。
曽根原稔人:
弊社のメイン事業は、ITフリーランスの方々を支援することです。組織に属さず個人で働くフリーランスの方々に、単に仕事を紹介するだけではなく、安心して長く働き続けられるように、今後のキャリアプランについて共に考え、市場価値を高めるためのアドバイスも行っています。
企業に対しては、新しいサービス開発やシステム投資でIT人材が必要になった際に、フリーランス人材の活用を提案します。必要な技術力を、必要な期間、必要な人数だけ活用できるため、企業はコストをコントロールしながら事業を推進できます。
ーーIT人材の支援以外に展開されている事業はありますか。
曽根原稔人:
日本のITエンジニアはシステム開発会社やインターネットサービス会社に集中しており、それ以外の事業会社にはIT人材が少ないという課題があります。そこで私たちは、そうした企業のDXを支援する事業もグループ会社のシードテックにて展開しています。多くの経営者の方は「DXが課題だ」とおっしゃいますが、具体的に何から手をつければよいか分かっていないケースがほとんどで、やるべきことを細かく分解し、整理するところから伴走します。社内のDXを進めるための人材育成や、チャットツールの導入支援といった初歩的なところから、企業の組織づくりやサービス改善まで幅広くサポートしています。
ーー現在、注力されていることを教えてください。
曽根原稔人:
弊社では社内業務に積極的にAIを導入しています。たとえば、AIを活用することで、それぞれの企業に合わせて、フリーランスの方のどのスキルや経験が最も魅力的かを瞬時に分析し、個別の推薦文を作成できます。こうして「AIとの共創」を推進することで、私たちは、お客様の事業の将来を見据えた提案をしたり、フリーランスの方々のキャリアに深く寄り添ったりといった、「人でしかできないコミュニケーション」にもっと時間を使えるようになります。この取り組みは、お客様への提供価値を大きく向上させると確信しています。
チームの結束を土台に個が突き抜ける 求める人物像と組織の未来
ーー貴社の強みと言えるような組織文化などがあればお聞かせください。
曽根原稔人:
「チーム力で勝つ」ことを大切にする会社です。個人の成果を追求するだけでなく、部署やチーム全体で目標を達成しようという意識が根付いています。これは私たちの会社の良さだと自負しています。
ただ、一方で、AIの導入・活用が当たり前になると、業務の効率化や能力の均一化が図られていきます。だからこそ、「個」の力での突破力が求められるようになり、例えば、セールスパーソンであれば、ウェットなコミュニケーションの中で相手の状況や心情を察し、懐に潜り込めるような人材が求められるはずです。弊社には「チーム力で勝つ」ことを組織の基盤として大切にしながらも、自らの意志でビジネスを動かしていくようなメンバーが多いかもしれませんね。
弊社は若いうちから、自分で考えて動くことが求められる環境です。AIの導入が進むことで、言われたことをこなすだけの仕事は減っていきます。その分、お客様が本当に求めていることは何か、そのために何をすべきかを常に考え、主体的に行動しなければなりません。目の前の案件をこなすだけでなく、お客様の事業の成功までを想像して提案できる人が活躍しています。大変なことではありますが、同時に大きなやりがいと成長につながっていると信じています。
常に意識する「見え方」 経営者としての信念
ーー経営者として、一貫して大切にされていることは何ですか。
曽根原稔人:
常に自分が周りからどう見られているかを意識しています。年齢を重ね、事業を続ける中で、自分という人間の器の大きさが少しずつ分かってきました。その上で、常に今の自分より少し先の、たとえば100人の組織であれば300人規模の社長であるかのように振る舞い、物事を考えるようにしています。
また、「この社長のもとでなら頑張れる」と思ってもらえるような存在であり続けると同時に、社員が心から誇りを持って働ける状態をつくることが、私の最も大切な仕事だと考えています。
次の四半世紀へ DXとITキャリアの経済圏をつくる
ーー社内の人材育成についてはどのようにお考えですか。
曽根原稔人:
メンバーが成長しやすい組織を作ることが、ひいては人材育成に繋がると考えています。実際に、新卒で入社したメンバーが部長を務めていたり、子会社の社長を務めている例もありますし、会社の規模が大きくなれば、それだけ多くのチャンスが生まれます。弊社での経験を通じて、どんな会社においても通用するビジネスパーソンが育っていくような環境をつくっていきたいです。
ーー5年後、10年後を見据えた今後の展望についてお聞かせください。
曽根原稔人:
これまではITフリーランスという領域にこだわってきましたが、今後は事業の幅を広げていく方針です。正社員の育成や派遣、中小企業向けのDX支援など、ITやDXに関わるキャリアを総合的に支援できる体制をグループ内で構築していきます。2026年以降、世の中のゲームチェンジはさらに加速します。その中で私たちも変化を恐れず、新たな価値創造に挑戦し続けていきます。
編集後記
ホテルでの勤務時代の原体験から、常に「どう見られているか」を意識し、社員が誇れる会社づくりを目指す曽根原氏。その姿勢は、サービスマンとして顧客と真摯に向き合った経験に裏打ちされている。フリーランスという働き方が当たり前になった今、同社が目指すのは単なる人材マッチングではない。AIを活用して人の介在価値を高め、IT・DX・AI人材が輝ける経済圏を創出すること。その壮大な構想の根底には、人を想う温かな信念が貫かれている。

曽根原稔人/1975年生まれ。ホテル業界、不動産業界を経験後、共同創業した会社で株式上場を実現。日本にITフリーランスという新しい働き方を普及させるため、2007年にギークス株式会社を設立し、代表取締役CEOに就任。東証スタンダード市場に上場。現在は、深刻化する日本のIT人材不足の解消のため、ITフリーランスの働き方支援による技術リソースのシェアリングプラットフォームを主軸に、IT・DX・AI人材を育成する事業などを展開する。