※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

完全独立系のソフトウェアサービス企業として、創業以来、堅実な成長を続ける日本システム技術株式会社。同社は「理念先行型」の経営を掲げ、社員一人ひとりを「財産」と捉える文化が深く根付いている。DX&SI事業を主軸に、「GAKUEN」シリーズや「BankNeo」といった自社ブランド製品、医療ビッグデータ事業など4セグメントを展開。2025年6月、父の後を継いで、代表取締役社長に就任した平林卓氏。当初は会社を継ぐ意志がなかったという同氏に、これまでの歩みと「JAST VISION 2035」が描く未来図について話を聞いた。

文系からSEへ 継ぐ意志がなかったキャリアの原点

ーーまずは平林社長のキャリアの原点をお聞かせいただけますか。

平林卓:
幼い頃から機械やプラモデル自体が大好きでした。その影響もあって、大学も「ものづくり」ができる工学系に本当は進みたかったのですが、結果として文系に進学することに。それでも「ものづくり」への思いはあり、文系でもそれが叶う道としてシステムエンジニアを目指し、新卒で富士通に入社したのがキャリアのスタートです。

父が経営していたこの会社と事業内容が一緒でしたが、その時点では会社を継ぐことは全く頭にありませんでした。父が社長をしていることは幼い頃からわかっていましたが、私自身がそれを継ぐような人間ではないと思っていたので、自分の興味を軸にキャリアを選んだ形です。

ーーその後、貴社に入社されたのはどのような経緯があったのでしょうか。

平林卓:
富士通に入社して5年ほど経った頃、弊社の創業メンバーでもあった役員から「入社してもらえないか」という打診をいただきました。その頃、富士通での仕事に不満は全くなく、転職する考えもなかったので、約1年ほど悩みました。しかし、お声がけいただいたこと、そして父が立ち上げた会社であるということもあり、気持ちを切り替えて入社を決断しました。

上場準備室で得た全社的な視座と広い視野

ーー入社後は、どのようなキャリアからスタートされたのですか。

平林卓:
入社後は開発部門ではなく、管理部門からキャリアをスタートしました。というのも、ちょうど弊社が株式公開を目指しはじめた時期でしたので、当時のJASDAQ店頭公開に向けた上場の準備室に配属されたのです。SEとは全く違う分野でしたが、そこから会社の全容を勉強することになりました。

ーー前職と業務内容が大きく変わったと思いますが、戸惑いなどはありませんでしたか。

平林卓:
最初は非常に戸惑いましたね。監査法人や証券会社の方々と準備を進めるのですが、飛び交う用語一つひとつが分かりませんし、会議に出ても議事録すらまともに取れないという状態でした。

そのため、株式関連業務に精通していた上司に手厚くサポートしていただきながら徐々に理解を深めていきました。スタートこそ不慣れな環境でしたが、結果として、開発現場に入らずに会社の全体像を早い段階で把握できたことは、後々非常に生きてきたと感じています。

ーーその後はどのようなキャリアを歩まれましたか。

平林卓:
準備室の後は、営業やSEを調達するスタッフ部門など、いわゆる間接部門を中心に経験しました。中でも財務経理部門には一番長く在籍し、最初の店頭公開から、その後の東証二部、一部、そして現在のプライム市場へのステップアップまで、審査を一通り担当させてもらいました。

さまざまな部署を経験しましたが、キャリア全体を振り返ってみて、やはり一番しんどくてインパクトがあり、同時に徐々に理解が深まっていく楽しみを感じられたのは、一番最初の店頭公開に向けた上場の準備室の仕事だったと思います。SE時代の論理的な思考とは全く違う世界で、幅広く視野を向ける必要があり、システム開発とはまた別のやりがいを感じた時期でした。

「この仲間となら」社長就任を決意させた幹部合宿

ーー社長就任はどの段階から意識され始めたのでしょうか。

平林卓:
父が52年間社長を務めてきましたので、事業承継というのは非常に大きな問題として常にあり、私自身も認識していました。それは、創業50周年という節目を迎えた2023年あたりから、より現実的な課題となっていきました。

ただ、私自身は社長ができるとは全く思っておらず、自分は向いていないという考えでした。カリスマ性やリーダーシップで人を引っ張っていくタイプではないので、2、3年は非常に重く悩む期間が続きました。

ーー最終的に社長就任を決断された、一番の理由は何だったのでしょうか。

平林卓:
役員の方々や、次世代の幹部候補生たちが私の背中を押してくれたことが大きいです。決定打となったのは、一昨年に開催した幹部候補生たちとの合宿です。昨年の3月末にリリースした長期ビジョン「JAST VISION 2035」を策定するにあたり、40〜50代の事業部長クラスが集まって議論を交わしました。

彼らが会社の将来を真剣に考えている思いの強さに非常に感銘を受け、「私一人が引っ張っていくのではなく、このメンバーと横並びで一緒に会社を創っていくかたちであれば、できるのではないか」という気持ちが芽生えたのです。そして、最終的に腹を括って承諾しました。

独立系だからこそ可能な多業種展開と事業の強み

ーー貴社にはどのような特徴がありますか。

平林卓:
弊社は、特定の資本に属さない「完全独立系」のソフトウェアサービス会社であるという点が、一番大きな特徴です。1973年に大阪で7名でスタートし、今期で53年目を迎えます。

特定のハードウェアメーカーや技術資本に偏ることがないため、自由な立場でシステムを構築できるのですが、この「自由な立場」であるがゆえに、もう一つの特徴が生まれています。それは、業種業界を一切問わず、ありとあらゆるお客様にシステムを提供してきたことです。

同業他社には特定の業界に特化した会社も多いのですが、弊社は特定の業界に依存していません。そのため、ある業界が不調だったとしても、他の好調な業界でカバーすることができます。いわゆるリスクヘッジがなされる形になるため、これが創業以来、非常に安定的な経営を続けてこられた要因だと考えています。

4つのセグメントと自社ブランドが牽引する成長

ーー現在展開されている具体的な事業内容について教えてください。

平林卓:
事業セグメントは大きく四つあります。一つ目がDX&SI事業です。これはお客様の仕様やオーダーに応じて、一からシステム開発を行うもので、創業当時から53期目まで続く弊社の主要な事業です。

二つ目が「パッケージ事業」です。DX&SI事業で長年培ってきた知見やノウハウを、自社のオリジナルブランド製品としてパッケージ化するもので、具体的には、大学向けに展開している「GAKUEN」シリーズと、金融機関向けに展開している「BankNeo」という二つの製品があります。

ーー自社ブランド製品の実績はいかがですか。

平林卓:
「GAKUEN」シリーズは30年近い歴史があり、日本の大学・短大合計約1,200校のうち、累計で477校に導入いただいています。シェアとしては30%近くあり、この分野ではナンバーワンだと認識しています。また、「BankNeo」は地方銀行を中心に現在64行に導入いただいており、メガバンクへの採用実績も出てきています。

ーーその他の事業についてもお聞かせください。

平林卓:
先程お話しした2つの事業に加えて、「医療ビッグデータ事業」「グローバル事業」も展開しています。「医療ビッグデータ事業」は、病院で受け取る診療報酬明細書の自動点検システムからスタートした事業です。現在は蓄積されたビッグデータを活用し、医療費の適正化と加入者の健康増進の両面からアプローチするサービスに発展しており、今一番成長率が高い事業です。

また、「グローバル事業」は現在東南アジアを中心に6カ国に子会社を展開しています。これはいわば、DX&SI事業の海外版のような立ち位置の事業で、各国の商習慣に応じたシステム開発やソリューション提供を行っています。

理念が育む「人財」 プライム案件65%への躍進

ーー事業を続ける上で最も大切にされていることは何ですか。

平林卓:
弊社の財産は「人」である、という考え方です。ソフトウェアは姿形のないものですし、ハードウェアメーカーのように大きな工場や機械設備も必要ありません。すなわち「モノ」がないので、会社の財産は「人」そのものなのです。

そのため、弊社は「理念先行型」の経営を創業以来ずっと貫いてきました。ホームページに掲載されている経営理念は、実に70ページ近いボリュームがありますが、技術的なことではなく、「人としてちゃんとしなさい」という人間道徳的な素養を謳っています。

ーーその理念は、どのようにして浸透させているのですか。

平林卓:
現会長が、毎年、新入社員やキャリア入社、昇格対象の社員に向けて、半日ほどかけて経営理念の講話を行っています。また、元をたどれば、新卒採用に応募してくる学生さんの多くがホームページでこの経営理念を読み込み、共感して入社してきてくれています。そのため入社前後のギャップが非常に少なく、離職率は業界平均に比べてかなり低くなっています。

そして、この理念の浸透はお客様からの信頼を得る一番の強みにもなっています。この業界はいわゆるゼネコン形式で、お客様から直接オーダーをいただく「1次請け(プライム)」から、2次、3次とピラミッド構造になっていますが、弊社も創業当初は3次請け、4次請けからのスタートでした。しかし、理念経営を続け、株式上場などを経てお客様からの信頼やご紹介も増えたことで徐々に1次請けに近づいていき、今では1次請けクライアントとのお取引が全体の約65%を占めるまでになっています。

新規事業創出と組織連携で目指す未来

ーー今後の注力テーマについてお聞かせください。

平林卓:
大きく二つあります。一つは、新規事業の開発です。パッケージ事業の「GAKUEN」シリーズや「BankNeo」、「医療ビッグデータ」などに次ぐ新たな事業を、主力のDX&SI事業の中から創出すること。これに加えて、最近では生成AIの活用も進めています。プログラミングなどの下流工程をAIに任せることで生産性を上げ、我々人間の部隊は、より上流工程のコンサルティングにシフトしていく活動を加速させていきます。

もう一つは、管理部門の体制強化です。これまでは良くも悪くも開発部門が主体で、管理部門は非常にコンパクトに運営されてきました。しかし、会社が上場企業としてここまで規模が大きくなると、管理部門の強化は大きな課題です。

具体的には、東京と大阪の二拠点間での機能連携や、管理部門と開発部門との連携融合を、ローテーションなども含めて意識的に進めています。今の弊社だからこそできる強みだと捉えています。

売上1,000億円企業へ「JAST VISION 2035」

ーー最後に、今後の展望についてお聞かせください。

平林卓:
昨年の3月末に、弊社として初めて「JAST VISION 2035」という長期ビジョンを策定しました。数字的な目標としては、10年後、つまり2035年度までにグループの売上高1,000億円を目指そう、というものを掲げています。

この1,000億円という目標は、幹部候補生合宿での議論から生まれています。「無理だろう」という意見もありましたが、現在のグループ売上高が約300億円で、今の事業の延長線上だけでも700億から800億円くらいまでは到達できるのではないか、という見立てもあります。残りの部分を、新しい事業の創出などで上乗せしていけば、決して実現不可能な数字ではないだろうということで、この目標が決まりました。

ビジョンを打ち出したことで、金融機関や投資家の方々から良い反響をいただいたり、新卒採用においても学生さんがビジョンに共感して入社を決めてくれたりといった効果も出ています。会社の将来像を描き、発信していくことの重要性を改めて感じているところです。

編集後記

創業から52年間、父が率いてきた会社を継ぐ。その決断の裏には、カリスマ性ではなく「仲間との共創」を選ぶ、平林社長の誠実な覚悟があった。特定の資本に属さず、理念を軸に「人」を育て、技術を磨いてきた同社。大学向けパッケージでトップシェアを誇るなど、堅実な事業基盤は揺るぎない。幹部たちと描いた「売上1,000億円」という未来図は、単なる数字目標ではなく、社員一人ひとりの力を結集させる羅針盤となるだろう。その新たな挑戦から目が離せない。

平林卓/1969年大阪府生まれ。1992年立命館大学経営学部経営学科卒業後、富士通株式会社に入社し、6年間エンジニアとして勤務。1998年日本システム技術株式会社へ入社。特にIR業務で、JASDAQ店頭公開準備プロジェクトから東証2部、東証1部への指定替え、さらにプライム市場への移行業務に携わる。2023年取締役執行役員就任を経て、2025年6月から創業者の父から事業承継する形で代表取締役社長に就任。