
「YouTubeで見せる楽しげな姿とは裏腹に、中身は徹底した成果主義です」。そう語るのは、スポーツカー専門店を営むHMR株式会社の代表取締役社長、石川賢志氏だ。同社は、良質なスポーツカーを全国から安心して購入できる仕組みを構築し、多くのファンを獲得している。順風満帆に見える同社だが、根底にあるのは「家族を守る」という思いと、「立ち止まることを許さない」厳格なプロフェッショナリズムの両立だった。なぜ同氏は安定した地位を捨ててまで起業し、厳しい組織を作り上げたのか。その真意と、2030年に向けた壮大な挑戦に迫った。
家族のために働き方を見つめ直し 辿り着いた起業の道
ーーまずは、起業に至った経緯をお聞かせください。
石川賢志:
新卒で大手自動車買取販売会社(現:株式会社IDOM)に入社し、その後、スポーツカー専門店に転職して取締役まで務めました。20代でそれなりのポジションに就き、仕事も充実していましたが、ある出来事がきっかけで人生の優先順位が大きく変わったのです。
ーーある出来事とは、何があったのでしょうか。
石川賢志:
妻が体調を崩し、救急車で運ばれる事態になったのです。当時、職場は自宅から1時間半ほどかかる場所にあり、何かあってもすぐに駆けつけることができませんでした。妻の体調不良をきっかけに、「このままではいけない」「家族のために時間を使いたい」「子どもに何かあった時、すぐに動ける父親でありたい」と痛感しました。そう考えた時、組織に属するスタイルでは限界があることに気づきました。自身のキャリアの原点である車への情熱と、IT業界で培った最新のデジタルスキルを掛け合わせ、理想の環境を自ら作る。そう決意して立ち上げたのが、スポーツカー専門店「HMR株式会社」でした。
ーー社名には、どのような意味が込められていますか。
石川賢志:
社名の「HMR」という名は、実は家族の頭文字を取って名付けました。私の起業の原点は、あくまで「家族のための時間を作る」ことにあります。世間体や会社の規模、社長という肩書きには全く興味がありません。ただ、自分の大切なものを守り、好きなことを仕事にする。そのための器として会社を作ったのです。最初は倉庫のような物件を借り、ホームセンターで買った木材で壁を作り、ホームページも独学で立ち上げるところからのスタートでした。
業界の常識を覆すガラス張りの販売戦略

ーー貴社のビジョンについて教えてください。
石川賢志:
「スポーツカーを誰でもどこからでも安心して買えるようにする」を掲げています。中古車業界、特にスポーツカー市場には、残念ながら不具合を隠して販売し、納車後の故障も「保証対象外」と突き放すような商習慣が少なからず残っています。私は、そうした不誠実さを一掃したい。だからこそ、弊社では車の状態を包み隠さず公開します。良い点も悪い点も、YouTube動画やWebサイトですべて見せる。そして納車前には徹底的に整備を行い、メカニックが「これなら安心して乗れる」と判断するまで、コスト度外視で修理します。
ーーそこまで品質に力を入れているのはなぜですか。
石川賢志:
自分が客なら、そうしてほしいからです。遠方のお客様でも、現車を見ずに安心して購入できる状態が実現できれば、商圏は全国に広がります。実際、弊社のWeb発信を見て信頼してくださり、指名買いをしてくださるお客様がほとんどです。前職のIT企業やWeb制作会社での経験を活かし、デジタルとリアルを融合させた「正直な商売」を貫いています。
「立ち止まることは許されない」徹底した成果主義の真意
ーー社内はどのような雰囲気なのでしょうか。
石川賢志:
YouTubeで発信している内容はアットホームですが、実際に入社するとギャップに驚く人が多いですね。うちは「車が好き」というのは大前提。それだけではプロとして評価されません。社内は徹底した成果主義であり、数字とスキルですべてが決まる世界です。
ーー具体的にどのような評価制度を取り入れているのですか。
石川賢志:
半年に一度、明確な評価テーブルに基づいて査定を行います。年齢や勤続年数は一切関係なく、「何ができるようになったか」「どれだけ成果を出したか」だけで決まります。私は社員に「立ち止まることは許されない」と伝えています。
人として生きていれば、昨日より今日、知識や経験が増えているはず。それなのに1年前と同じ仕事しかできないのであれば、その1年間は何をしていたのかということになります。スキルのない人が居心地の悪さを感じるような仕組みをあえて作っているのは、会社にぶら下がるだけの人材を守る余裕はこれからの時代にないからです。その代わり、成長意欲があり、他者を育成できるレベルにまで達した人には、正当な対価とチャンスを惜しみなく提供しています。
2030年 スーパーGTへの挑戦
ーー今後の目標についてお話いただけますか。
石川賢志:
2030年までに、国内最高峰のレースである「スーパーGT」に自社レーシングチームとして参戦することです。さらにこだわっているのが、メカニックは全員自社の社員、ドライバーの1人も社員から輩出するということです。プロの世界で通用する技術を持った集団が、お客様の車を整備する。これが実現できれば、究極の「安心」を提供できるはずです。
ーー自前での参戦となると、莫大な資金と組織力が必要になるのではないでしょうか。
石川賢志:
そのためには売上高規模も組織力も、今とは比べ物にならないレベルに引き上げる必要があります。現在、リーダーの育成に力を入れているのもそのためです。スーパーGTへの参戦は、会社を次のステージへ引き上げるための明確なマイルストーンなのです。レースで培った技術をお客様に還元し、日本一信頼されるスポーツカー専門店になる。そのために、私たちは走り続けます。立ち止まっている暇なんて、ありませんから。
編集後記
「家族との時間を大切にしたい」という柔和な動機で起業した石川氏だが、その経営哲学は驚くほど合理的でシビアだ。しかしその厳しさは、社員をプロフェッショナルとして自立させ、お客様に最高品質のサービスを提供するための「誠実さ」の裏返しでもあると感じた。2030年、サーキットを疾走するHMRのマシンと、それを支える社員たちの姿を見るのが今から楽しみだ。

石川賢志/1980年12月2日生まれ。2003年、株式会社ガリバーインターナショナル(現:株式会社IDOM)に入社。FC事業部部署、人事、直営企画にて事業戦略を主に担当。2007年にスポーツカー専門店GTNETに入社し、2010年から2015年まで同社の取締役を務める。退任後、株式会社クラウドワークスにてプロダクト設計に従事。2016年より株式会社LIGにてマーケティングマネージャーを務めた後、2018年にHMR株式会社を創業。現在に至る。