
画期的な液体急速凍結技術「凍眠」を開発し、食品の鮮度保持に革命をもたらしてきた株式会社テクニカン。外食産業の現場が抱える課題を解決するために生まれたその技術は、今や一次産業から加工品、さらに日本酒の世界にまで広がり、日本の食文化の可能性を押し広げている。開発者である代表取締役の山田義夫氏は、その発想の源泉を「自然」にあると語る。本記事では、現場の課題解決から生まれた技術の源泉、「良いものを作りたい」と願うすべての人に寄り添う誠実な姿勢、さらに「日本の成功はまだ0(ゼロ)に等しい」と語る、世界市場を見据えた壮大なビジョンに迫る。
食肉業界の非効率を打破し 24時間の凍結を5分に変えた技術革新
ーーキャリアの原点について教えてください。
山田義夫:
私の実家は食肉業を営んでおり、兄弟は皆、食肉業界に進みました。父は首都圏における初代の食肉卸の理事長を務めており、現在も親族が会社を経営しています。しかし、食肉の生体販売のみで利益確保するのは非常に困難であり、私は別の道を模索することにしました。生産者が数年かけて牛を育てても、原料のままでは付加価値が生まれにくい。加工や物流の段階でいかに価値を付加するかが、事業の成否を分けるのです。
ーー当時の業界が抱えていた課題と、着目された点をお聞かせください。
山田義夫:
当時、外食産業の急拡大に伴い食品工場の生産量が急増し、従来の「エアブラスト(冷気による凍結)」では処理が追いつかない状況でした。芯まで凍りきらないまま次工程へ進まざるを得ず、段ボール梱包後に冷凍庫で24時間以上かけて再凍結させるという、極めて非効率な体制が常態化していたのです。そこで、生産ラインの流れを止めず、工程内で瞬時に完全凍結させるという発想から生まれたのが「液体急速凍結」の技術です。これにより、従来24時間を要した凍結時間は、わずか5分から10分へと劇的に短縮されました。
自然の摂理に学びユーザー目線で磨き上げた究極の液体急速凍結技術
ーー「液体で凍らせる」という着想のきっかけは何だったのでしょうか。
山田義夫:
ヒントは自然界にありました。気温25度の日は快適ですが、水温25度の海に30分も浸かれば激しく体温を奪われます。これは気体と液体で、熱を伝える速度(熱伝導率)が圧倒的に異なるためです。この原理を冷凍に応用し、空気の約3000倍という熱伝導率を持つ液体を用いることで、かつてない超高速凍結を実現しました。
この技術が真に画期的なのは、食品の細胞を「極力傷つけにくい」点にあります。通常の冷凍では、凍結速度が遅いため、凍る過程で水分が巨大な氷の結晶となり、細胞壁を突き破ってしまいます。それが解凍時の「ドリップ(旨味成分の流出)」の原因です。しかし、「凍眠」は凍結速度が従来の冷凍に比べて、格段に速く(物にはよるが従来の約20倍速)氷の結晶は細胞内で極小のクリーム状に留まります。肉や魚はもちろん、生酒の繊細な風味まで、解凍した瞬間に「時を止めていた」かのような鮮度が蘇る。この圧倒的な再現性こそが、私たちの誇りです。私の師は常に自然です。その摂理を誠実に取り入れることこそが、時代に左右されない強靭なものづくりに繋がると確信しています。
ーー貴社の開発体制にはどのような特徴があるのでしょうか。
山田義夫:
最大の特徴は、私たちがもともと食肉加工の現場を知る「ユーザー」であり、自ら機械を使用しながら開発を続けている点です。通常の機械メーカーは、販売後のクレームを受けて改良しますが、私たちの場合は自社工場そのものが実験の場です。
「ここをもっとこうすれば、さらに鮮度が保てる」という現場の微細な違和感を、その日のうちに設計にフィードバックする。この圧倒的な現場感覚と試行錯誤のスピード感があるからこそ、机上の空論ではない、現場を救うための完璧な製品をわずか数カ月で作り上げることができるのです。
熱意に誠実に応え世界へ挑む 日本の冷凍技術で挑む未知の市場開拓

ーーお客様と向き合う上で大切にされていることは何ですか。
山田義夫:
会社の規模や肩書で対応を変えることは一切ありません。大企業のトップであろうと、個人経営の飲食店であろうと、「良いものを作りたい」という熱意を持つ方には、等しく誠実に向き合います。全国どこへでもデモ機を運び、実際にその目で確かめていただく。かつて海外から多額の輸送費をかけてロブスター200匹を送り、「爪の身だけを凍結したい」と依頼されたお客様がいましたが、私たちはその熱意に全力で応えました。
そうした積み重ねの結果、今では一次産業のみならず、加工業者、飲食店、さらにはセブン-イレブンやサイゼリヤといった大手チェーンまで、弊社の技術はあらゆる業界へ浸透しています。もはや「どの業界に強いか」と問われても答えに窮するほど、弊社の技術は冷凍文化のインフラとして広がりを見せています。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
山田義夫:
日本国内で一定の知名度を得ることはできましたが、私の中ではまだ階段を一段も上っていない「ゼロ」の状態です。主戦場はあくまで世界です。すでに35カ国以上に輸出していますが、まだ点在しているに過ぎません。本格展開に乗り出せば、海外事業は国内を遥かに凌駕する潜在能力を有していると確信しています。
その象徴的な取り組みが、搾りたての鮮度を維持した「凍眠生酒」というブランドです。本来、生酒はデリケートで蔵元でしか味わえないものでしたが、私たちは富山に自社のお酒専用の物流問屋を構え、厳選した生酒を24時間以内に「凍眠」させる体制を整えました。さらに、横浜の直営店「TŌMIN FROZEN(トーミンフローズン)」では、お酒だけでなく当社の技術で凍らせた高品質な食品を直接お届けし、新しい冷凍文化を消費者の方々に体感していただいています。
単に機械を売るのではなく、蔵元の想いや日本の食の真価を、100%の鮮度で世界中に届ける。私たちの技術で「日本の冷凍技術はこれほどまでにすごいのか」と世界を驚かせ、新たな市場を創造していきたいと考えています。
編集後記
「私の先生は自然だ」という山田氏の言葉は、実体験に裏打ちされた信念を示している。自然の摂理から着想を得た「凍眠」技術は、食品流通の常識を覆す革命的なものだ。しかし、その根底にあるのは、顧客の熱意に寄り添う誠実な姿勢である。「日本での成功ですら通過点に過ぎない」という言葉には、飽くなき探求心と世界市場への強い意志が込められている。同社が食の未来をどう変革していくのか、その動向から目が離せない。

山田義夫/1947年、東京生まれ。1964年に京北工業高校(現・東洋大学京北高等学校)を中退後、父が営む株式会社ニイチクにてキャリアをスタートさせる。1974年、食肉販売会社として自ら株式会社ヤマカツ(屋号:芝浦ヤマカツ)を設立。1982年からは義兄が経営する株式会社ミート・コンパニオンでの経験を経て、1988年に株式会社テクニカンを創業。食肉業界で培った知見を活かし、革新的な技術開発への道を歩む。