※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

2024年1月、東洋インキSCホールディングス株式会社は「artience(アーティエンス)株式会社」へと商号を変更した。グループ全体が新たな感性と科学の融合を目指して舵を切る中、創業事業であるインキ事業の中核を担い続けているのが、東洋インキ株式会社だ。現在、業界はデジタル化の波や環境規制といった激変の渦中にある。同社は構造改革という「守り」のフェーズを経て、今まさに、持続的な成長を実現するための「攻め」の姿勢を鮮明にしている。技術者出身でありながら、若くして世界を飛び回りビジネスを切り拓いてきた代表取締役社長の安田秀樹氏に、インキ事業の真の強み、そして見据えるグローバル戦略までを詳しくうかがった。

単身イタリアで知った現場の重み 技術者をビジネスマンに変えた原体験

ーーまずは、キャリアの原点についてお聞かせください。

安田秀樹:
1990年の入社以来、「リキッドインキ」と呼ばれる、食品包装や洗剤の詰め替えパウチなどに使われるインキの開発に携わってきました。弊社の技術職の特徴は、研究室に閉じこもるのではなく、製品の設計開発からお客様への提案、採用後のフォローまで一貫して担当することです。私が若い頃は、自分が開発した製品を持って、国内外のお客様のもとへ飛び込んでいくのが当たり前の環境でした。

ーー特に印象に残っているエピソードはありますか。

安田秀樹:
入社6年目のことです。私が開発した水性インキが海外でニーズがありそうだという話になり、イタリアで開催される展示会でデモンストレーションを行うことになりました。当時の上司は部下を信頼して任せるタイプの方で、「開発したお前が一人で行ってこい」と送り出されたのです。

当時はスマホも翻訳機もない時代です。英語も決して得意ではありませんでしたが、辞書を片手に単身イタリアへ乗り込みました。不安もありましたが、展示会が始まると世界中のお客様から「ぜひテストしたい」と問い合わせが殺到しまして。そこからは、その反響を頼りに世界中を営業して回りました。

時差の関係で日本の本社に電話がつながらないことも多く、トラブルが起きればその場で私が判断し、解決するしかありません。この「頼れるのは自分だけ」という極限の状況下で、自ら開発した製品を世界中で売り歩いた経験は、私を技術者としてだけでなく、ビジネスマンとして大きく成長させてくれました。

このとき、「任されること」がどれほど人のモチベーションと成長につながるかを痛感しました。そのため、その後統括部長に昇進してから現在に至るまで、マネージャーから部下に権限を委譲し、挑戦させることを大切にしてきています。

予期せぬバトンと祖業の力を信じ不退転の決意で挑む新体制

ーー社長就任時の心境をお聞かせください。

安田秀樹:
2024年1月に就任しましたが、正直なところ驚きを隠せませんでした。前任者の就任から日が浅く、このタイミングで自分にバトンが回ってくるとは想像もしていなかったからです。辞令を受けたのはプレスリリースのわずか3日前で、驚いている暇もなく、次年度の方針策定などに追われる、怒涛の幕開けとなりました。

しかし、立ち止まっている暇はなく、すぐに覚悟を決めました。私の前任・前々任の時代は、コロナショックやデジタル化の影響で収益性が落ちた事業の構造改革が最優先課題でした。いわば「守り」の経営で、経営基盤を盤石にすることが使命だったと言えます。その改革がある程度完了し、バトンを受け取った私の役割は、会社を再び成長軌道に乗せること。つまり「攻め」への転換にあると確信しています。

ーー具体的に、どのような「攻め」の戦略を描かれたのですか。

安田秀樹:
グループ全体の商号から「インキ」の文字が消えたことで、社内外から「もうインキ事業には注力しないのか」という声が寄せられることもありました。しかし、私の考えは真逆です。創業事業であるインキには、まだ世界で戦えるポテンシャルが十分にあります。

具体的な戦略としては、二つの柱を立てています。一つは、既存のインキ事業のさらなる進化です。世界的に見れば、パッケージ市場はまだまだ伸び代があります。これまで培ってきた技術と顧客基盤をベースに、提供価値を進化させていきます。

もう一つは、私たちが持つ素材の力を活かした新規領域への挑戦です。インキ開発で培った分散技術や樹脂設計のノウハウを、これまでの枠を超えた新しい市場へ展開していく。この「既存事業の深化」と「新規領域への探索」の両輪で、次の成長エンジンをつくることが私の使命です。

震災や原料不足でも供給を絶やさない「供給責任」という信頼

ーー競合他社と比較した際、貴社の最大の強みはどこにあるとお考えですか。

安田秀樹:
最大の強みは、インキの主要材料となる顔料や樹脂といった素材を、自社で一から設計・開発・生産している点です。他社から材料を買って混ぜるだけのメーカーとは異なり、弊社はお客様の細かなニーズや環境に合わせて、素材レベルから製品をカスタマイズできます。この技術的な深みが、提案力の差につながっています。

そしてもう一つ、私が誇りに思っているのが「供給責任」に対する姿勢です。これまで東日本大震災をはじめ、サプライヤー工場での事故や原料供給不足など、数々の危機に見舞われましたが、どんなトラブルがあっても製品供給を止めたことは一度もありません。他社が供給停止に陥る中でも、弊社はグローバルな調達網と生産体制を駆使して、お客様のラインを止めない供給を続けてきた自負があります。そうしてできた「東洋インキなら大丈夫」と言っていただける信頼関係は、一朝一夕では築けない、私たちの最大の資産です。

ーー今後の具体的なビジョンをお聞かせください。

安田秀樹:
国内市場においては多くのお客様に支えられ、高いシェアを維持していますが、海外市場にはまだ開拓の余地が大きく残されています。2030年に向けて、海外での販売数量を現在の1.3倍に引き上げる計画です。特に注力しているのが、インド、トルコ、そして東南アジアです。インドは人口増加に伴い市場が急拡大しており、生産ラインの増強と省人化投資を進めています。

また、昨年5月に大型投資を行ったトルコは、欧州・中東・アフリカ市場へのハブとなる重要な戦略拠点です。まずはトルコ国内と周辺国への輸出を固め、将来的にはそこを足がかりに未開拓のエリアへも広げていきたいと考えています。

ーーデジタル活用の面では、具体的にどのような取り組みを進めていますか。

安田秀樹:
2023年1月より、顧客対応のためのWebプラットフォーム「CEEX」を稼働させました。これは、製品の検索や見積もり依頼、色合わせ(調色)の依頼、安全データシートの入手、トラブルシューティングなどを、お客様がWeb上で完結できるシステムです。従来のような営業担当者が個別にお客様を担当するという形から、Webプラットフォーム上でお客様とのコミュニケーションを図るという、印刷インキ業界としては初の試みとなる営業スタイルです。

この取り組みは、単なる業務効率化ではありません。お客様にとっては担当営業を通さずに必要な情報を素早く入手できるというメリットがあります。弊社の営業担当者にとっては事務作業から解放され、より本質的な提案活動に時間を使えるようになるという大きな変革で、サービスレベルの向上とお客様/弊社双方の効率化の両立を目指しています。現在は一部の製品分野での運用ですが、将来的にはあらゆるお客様に対応できるプラットフォームへと育てていきます。

ーー最後に、今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。

安田秀樹:
今、パッケージ業界は大きな転換点を迎えています。かつて「ゴミ」として捨てられていた包装資材を、資源として循環させるリサイクルの仕組みづくりが急務です。私たちは今、プラスチックからインキをきれいに剥がす「脱墨(だつぼく)」技術の開発に注力しています。リサイクル材の品質を高め、本当の意味での水平リサイクルを実現するためには、インキメーカーの技術が不可欠なのです。

こうしたサステナブルな取り組みを通じて、社会課題の解決に貢献していくこと。そして、社員が誇りを持って働ける「社員から選ばれる会社」になること。社員に愛される会社であれば、自然とお客様からも選ばれる製品が生まれるはずです。130年の歴史に甘んじることなく、変化を恐れずに挑戦し続ける東洋インキの新しい姿に、ぜひご期待ください。

編集後記

「インキ」という商材は、決して派手ではないかもしれない。しかし、安田氏の言葉の端々からは、世界中の生活を彩り、社会を根底から支え続ける不可欠な存在としての強烈な自負が感じられた。入社6年目で単身イタリアへ乗り込んだ胆力と、社長就任直後から「攻め」へ転じるスピード感。このリーダーシップのもと、老舗企業がどのようにトルコやインドといった新天地で地図を塗り替えていくのか。同社の「第二の創業」とも言える挑戦の先にある、さらなる飛躍が楽しみだ。

安田秀樹/芝浦工業大学工業化学科卒業後、1990年4月に東洋インキ製造株式会社(現artience株式会社)に入社。グラビア事業の技術部門にてパッケージ向けのグラビアインキ、フレキソインキおよび当該インキに使用されるアクリル樹脂やウレタン樹脂の開発に携わる。2012年に技術統括部長に就任し印刷インキ全般の責任者へ。2020年執行役員、2024年1月にartience株式 会社常務執行役員 兼 東洋インキ株式会社の代表取締役社長に就任。