※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

建築、自動車、産業という3つの分野で、板ガラスの加工・販売を「製販一体」で展開するイケダガラス株式会社。創業から80年以上の歴史を誇る同社は、多様なニーズに応える技術力と柔軟な対応力で、業界内での確固たる地位を築いている。同社を率いるのは、2023年に代表取締役社長に就任した4代目の池田友和氏だ。幼少期に祖父と交わしたある約束を胸に、国内外の現場経験やビジネススクールでの研鑽を経て、家業のバトンを継承した。

「誰一人置き去りにしない」。そんな温かな信念を経営の核に据える池田氏は、変化の激しい時代の中でいかにして老舗企業の伝統を次代へとつないでいくのか。同氏のこれまでの歩みと、「挑戦・成長・利他の心」を行動指針に掲げ、「人間尊重の経営」を重んじる真意について話を聞いた。

12歳のあの日、祖父と交わした約束が「一生の覚悟」に

ーー家業を継ぐ決意をされた背景には、何があったのでしょうか。

池田友和:
私は創業者の孫にあたり、4代目にあたります。もともと2代目社長を務めていたのは父の兄、つまり伯父でした。しかし、その伯父が49歳の若さで急逝し、父が3代目として急遽その後を継ぐことになったのです。当時、私は小学6年生でした。息子を亡くした悲しみから立ち上がれない祖父の姿を見かねた父は、孫である私に、「おじいちゃんに『僕が会社を継ぐから』と伝えなさい」と促しました。父としては、次世代を担う孫の力強い言葉を聞かせることで、祖父に再び前を向いてほしいという一心だったのでしょう。

当時12歳だった私は、父に促されるままではあったものの、この出来事がきっかけとなり、子ども心に「自分がイケダガラスを継ぐんだ」という思いが芽生えました。その思いは、次第に確かなものになっていきました。

ーー入社後は、どのようなキャリアを歩まれたのですか。

池田友和:
大学卒業後、まずは新入社員として弊社に入社しました。その後、実地で経験を積むための「修行」として、米国で建築用加工ガラスの供給を広く手がける弊社取引先の現地法人へ出向することとなります。

当時は2001年の同時多発テロ直後で、ビザの取得が極めて困難な時期でした。渡米の準備を整えつつ、まずは自社の実務を深く学ぶなど、「自分に今できることは何か」を常に考え、目の前の仕事に集中して取り組みました。そうした準備を尽くした後に、満を持してシアトルへと渡ったのです。

ーー米国で働く中で、どのような刺激を受けましたか。

池田友和:
日本人がほとんどいない中で、製造現場から事務まで、幅広く実務に携わることができたのは大変貴重な経験でした。

また、マネージャー層はアメリカ人でしたが、製造現場の作業者はベトナム、ラオス、カンボジアなど多様なルーツを持つアジア系移民の方々がほとんどでした。そうした多国籍な組織の中で、一人の若手として彼らと共に現場で汗を流した経験は、私にとって非常に大きな財産です。米国社会のリアルな側面を肌で感じることができましたし、たとえ文化や背景が異なっても、同じ現場で同じ目標に向かって働く、その中で分かち合える「働くことの尊さ」を身をもって学ぶことができたと感じています。

製造現場で汗を流すことで築いた、経営者としての原点

ーー帰国後、社内でどのように経験を積んでいかれたのですか。

池田友和:
3つある自社の各工場を巡り、ものづくりの基幹業務を実地で学びました。設備保全や品質管理、生産管理とそれぞれの製造現場で約1年ずつ実務を担当。その後、営業に移ってからは、工場で培った経験も活かしながら、顧客と折衝することができました。しかしながら、やはり製造現場と営業の現場は大きく異なり、営業の辛さを経験したのもこの時期です。新分野の開発営業にも長い間携わりましたが、工場経験があったからこそ、設備投資や仕入先開拓を含めた活動ができたと感じています。

ーー立場が変わるにつれ、社内の状況はどう見えてきましたか。

池田友和:
どの部署でも、その道のプロである社員に混ざってゼロからの挑戦でした。当然、最初は分からないことばかりで、一筋縄ではいかないこともありました。

自ら様々な職種を経験したことで、仕事というのは誰しも最初は「初めて」であり、失敗するのは当たり前だという実感を持ちました。だからこそ、必要以上に失敗を恐れてはいけない。「失敗を恐れずに逃げずにやり切る、そうすれば道は開ける」という姿勢が、今の私の経営観の核になっています。

学びを通じて深まった「人間尊重の経営」と自律的な組織

ーー実務経験を積まれる中で、改めて「学び」の場を求められたのはなぜでしょうか。

池田友和:
実務を積み重ねる一方で、経営を体系的に学びたいと考え、仕事と並行してビジネススクールに通いました。そこで様々なことを学ぶにつれて、自社の問題を再認識していくこととなりました。

80年以上の歴史の中で、自社の事業基盤、事業スタイルは完成とは言わないまでも、それなりに自信がありました。しかし学ぶにつれ、足りていない部分、まだまだ伸ばせる部分、やらなくてはならないことが、どんどん見えてきました。視野が広がり、視座があがったのだと思います。

その中で、具体的な戦略、戦術は色々あれど、会社が変えてはならないことはなんなのかということを考え続けました。行きついた先は、弊社が昔から経営理念にかかげていた「人間尊重の経営」でした。物質的な豊かさや待遇面の充実だけではなく、今の時代に合わせて「豊かな生活」や「働きがい」ということを再解釈させたいと考えたのです。

ーー「人間尊重の経営」を実現するために、具体的にどのような取り組みを行っていますか。

池田友和:
「誰一人置き去りにしない」という思いのもと、人財育成への投資を大切にしています。ここ数年進めているのが、目標管理制度の導入です。日本国内では1990年代に大企業を中心に導入が進んだ、決して新しくはない制度ですが、「会社の方向性を一つにまとめる」「一人ひとりが主体的に自分の目標に向き合う」という、本来の目的を適切に達成することを目標にしています。制度導入の数年前に、会社の価値観を行動指針としてまとめており、それも踏まえて目標を設定する仕組みにしました。

また、今年度のはじめには、自社の存在価値を「課題を価値に変える」と定めました。同時に、「ありたい姿」と「私たちの使命」を弊社の経営理念と合わせて整理しています。会社の基本的な考え方が明確になり、目標管理制度がより適切に運用されることを期待し、今年はこれを事業部門別に深堀して長期ビジョンをつくることも計画しています。

一方で、人材育成のための研修にも力を入れています。これまでも階層別研修は実施してきましたが、どうしても通り一遍の座学に終始してしまう側面がありました。そこで昨年から、選抜式の次世代育成研修をスタートしました。これにより、垂直方向のキャリアアップを支える仕組みを整えています。

また、計画的なジョブローテーションを通じて、水平方向における組織の柔軟性を高めることも考えています。私自身の経験からも、社員が複数の職種を経験することは、多角的な視点を養い、変化に対応できる力を育むことにつながります。短期的な効率だけを追うのではなく、部門を越えたノウハウの共有や交流の機会を広げていく。その中で社員一人ひとりが自分の可能性を広げ、成長を実感できる組織をつくっていきたいと考えています。

ーー社員の方々に共有されている、大切にすべき価値観を教えてください。

池田友和:
弊社が掲げている「挑戦・成長・利他の心」という3つの行動指針です。どんな人でも、働くことは「初めて」であり、失敗するのは当たり前です。だからこそ、失敗を恐れずに「挑戦」し、そこから学びを得て「成長」してほしい。そして、その力を自分のためだけではなく、仲間や顧客、社会のために活かす「利他の心」を持ってほしい。社員が安心して一歩踏み出し、やりがいを持って働ける温かい組織づくりに注力しています。

80年を超えて守り抜く、現場の「人の力」というアイデンティティ

ーー貴社ならではの強みについてお聞かせいただけますか。

池田友和:
開発・製造から販売・施工までを自社で完結する「製販一体」の体制です。しかし、この体制を支えているのは、他社が断るような難しい案件にも正面から向き合い、解決策を見出してきた現場の社員たちです。困難を知恵と工夫で乗り越え、独自の技術力に変えてきた「人の力」こそが、弊社が80年を超えて守り続けてきたアイデンティティであり、最大の強みです。

ーー最新技術の活用を含め、これからどのような挑戦を続けますか。

池田友和:
人手不足という課題に対応するため、ITや最新技術の活用は不可欠です。ただし、それは人を置き換えるためのものではありません。単純な作業は技術に委ねることで、人間はより付加価値の高い、創造的な仕事に集中できるようにするためです。テクノロジーを活用し、社員が「自分は価値ある仕事をしている」と実感できる、より幸福な職場環境をつくることが私の挑戦です。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

池田友和:
現代社会はVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)を通り越して、BANI(脆く、不安な)時代だと言われています。また、日本は少子高齢化が急速に進み、2020年に7,508万人だった生産年齢人口が、2050年には約5,500万人に減少するというデータもあります。弊社にとっても切実な課題です。

このような環境下で、機械設備による自動化やAIの活用による省力化はますます進むでしょう。しかしいつの時代でも機械やAIを使いこなし、決断を下すのは人間です。弊社は「人間尊重の経営」を今後も継続して推進し、また時代にあった形に進化させていきたいと考えています。これからの人財に求められることは、様々な情報を駆使しつつも、自分の頭で考え、自分なりの決定を下すこと。そしてそれを実行する行動力です。リスクをとって挑戦した人に、チャンスは訪れます。

実際に、私たちは行動指針に「挑戦」という言葉を掲げています。会社として、また私個人としても、挑戦をし続けるチャレンジャーでありたいと思っています。これからも「人間尊重の経営」を礎に、一人ひとりの挑戦を力に変えながら、社会に必要とされ続ける企業を目指してまいりますので、ぜひこれからの弊社の挑戦にご期待ください。

編集後記

祖父を励まそうと父に促されて発した「会社を継ぐ」という言葉は、いつしか池田氏自身の「思い」へと変わった。83年の歴史を持つ同社が、今なお「製販一体」の強みを維持できている背景には、同氏が説く「人間尊重」の精神を経営の礎に置き、「社員」を大切にしているからだろう。ITなどの技術活用も単なる省力化が目的ではなく、社員がよりやりがいを感じるための手段と捉える。自らも歩みを止めず、現場と同じ目線で挑戦を続けるその姿勢に、伝統を次代へつなぐ老舗企業の真の強さを感じた。

池田友和/1980年東京都生まれ。2003年に立教大学経済学部を卒業後、株式会社アイエスジーに入社。米国ノースウェスタンインダストリーズへの出向を経て、2004年末に帰国し、株式会社池田硝子工業所に入社。2022年にビジネス・ブレークスルー大学大学院にてMBAを取得。2023年、イケダガラス株式会社および株式会社池田硝子工業所、両社の代表取締役社長に就任。