※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

食料生産の変革を掲げ、酪農・畜産業界のDXを牽引する株式会社ファームノート。同社は、デジタル技術、生命資源、そして自社での牧場経営までを統合し、生産者の経営改善を支援する。その根底には「事業を通じて人の成長に貢献したい」という代表取締役 小林晋也氏の揺るぎない信念がある。「問題はすべて自分が引き起こしている」という自責の考え方を原点に、独自の経営哲学を育んできた同氏が描く、AI時代のリーダーシップとは。その挑戦の軌跡と未来への展望に迫る。

現場と技術の融合 オーケストレーションによる事業モデル

ーーまずは、貴社の事業概要からお聞かせください。

小林晋也:
私たちは「世界の農業の頭脳を創る」という経営理念のもと、食料生産の変革に挑戦しており、現在は3つの事業を主力としています。一つ目は、生産管理SaaS(※1)などを提供する「クラウドプラットフォーム事業」。二つ目は、ゲノム検査などを活用する「生命資源事業」。そして三つ目が、牧場を実際に経営する「インテグレーション事業」です。

私たちの強みは“オーケストレーション”(※2)にあります。オーケストラが様々な楽器を調和させて一つの音楽を奏でるように、私たちは3つの事業を統合し、一つの大きな価値を生み出しています。この3事業を自社で手がける会社は、他に類を見ません。現場である牧場を持つというユニークなポジションこそが、私たちの競争力の源泉です。

(※1)SaaS:Software as a Serviceの略。利用者がソフトウェアを直接端末に導入するのではなく、インターネット経由でサービスとして利用する形態。
(※2)オーケストレーション:ここでは、個別の事業や技術を組み合わせ、全体として一つの調和した価値を生み出すこと。

ーーそれらの事業を通じて、顧客にどのような価値を提供しているのでしょうか。

小林晋也:
私たちのサービスの本質は「経営改善」です。単に生産性を向上させる製品ではありません。酪農家の経営そのものを改善するためのサービスを提供しています。私たちのソリューションは、お客様の利益向上や経営の安定化に貢献します。さらには、採用力や資金調達能力の向上といった経営全体の強化にもつながります。

経営の語源探求で見出した「人助け」という事業の本質

ーー貴社が掲げている基本理念について教えてください。

小林晋也:
弊社では基本理念として「生きるを、つなぐ。」を掲げています。これは、「私たちはすでにつながっている」という事実に気づこうというメッセージです。私たちは、見えない誰かの仕事によって生かされています。自分以外の、外で起きていることに感謝し、すべてを尊重するべきだという思いを込めています。

つながっていることに気づけば、感謝と尊重の念が生まれるはずです。空気があること、コンビニで水が買えること、これら当たり前に見える事柄も、多くの人や要素のおかげで成り立っています。その全てを尊重すべきだという思いが根底にあります。

ーーその基本理念を、社員の方々にはどのように伝えているのですか。

小林晋也:
「こうあるべきだ」とこの考えを社員に強制することはありません。「私たちはこう思うが、あなたはどう思うか?」と問いかけているだけです。それをどう捉えるかは本人次第です。会社がこうしたいから、あなたもそう思いなさいというのは、おこがましいと考えています。

「生きるを、つなぐ。」は本質的な考え方です。これに向き合う機会を提供することが、社員一人ひとりが自ら成長するきっかけになると信じています。会社は、その人が自分と向き合い、成長するための「材料」や「場」を提供する存在です。私たちは自社をそのように位置づけています。

ーー社長のキャリアにおいて、ターニングポイントとなった出来事はありますか。

小林晋也:
一番の転機は、エグゼクティブコーチを付けたことでした。コーチングを通じて得た最も重要な気づきは、「問題は他人が起こすのではなく、すべて自分が引き起こしている」という事実です。以前は、物事がうまくいかない原因を他人や環境のせいにする「他責」で考えがちでした。しかし、コーチングを通じて、すべての問題の根源は自分自身にあると考える「自責」の視点へと大きく転換できたのです。この根本的な考え方の変化が、経営者としての大きな成長のきっかけとなりました。

そして、そのコーチからの提案がきっかけでインドへ渡ったことがあります。インドでは瞑想プログラムに参加したのですが、その経験も大きなものです。「自分は何者か」ということが少し分かったように感じ、自己理解が深まりました。また、自分自身の「考え方のパターン」に気づくことができました。

こうした経験は、経営に対する考えを深めることにもつながりました。経営の語源は「悟りの修行」、経済は「経世済民(あまねく人を助ける)」を意味するようです。言葉の意味を掘り下げ、経営とは人助けそのものであり、自分自身の人生を真剣に営む修行だと捉えるようになりました。

AIの徹底活用と人材の高度化による好循環の創出

ーーこれからの時代を見据え、どのような組織づくりを目指していますか。

小林晋也:
「AIの活用」と「人材の高度化」は、常にセットで考えています。まず私たち自身がAIを徹底的に活用し、AIネイティブな仕事のやり方を確立します。そこで得たノウハウをお客様である酪農家に提供していくのが、私たちのビジネスモデルです。社内では年間1000個のAIエージェント(業務を自動化するプログラム)作成を目標に、経営会議の自動化やAIによる人事評価などを進めています。

また、若手の抜擢にも積極的です。新卒入社5、6年目の社員を役員に登用した実績もあります。AI時代を生きる若い世代の感性を活かすことが、企業の競争力につながると信じています。

AI時代のリーダーに必須となる直感力と不変の原則

ーー貴社にとって、事業の真の目的とは何なのでしょうか。

小林晋也:
事業の成長を通じて、人が成長していくことに貢献することが目的です。それは社員だけでなく、顧客も社会も含まれます。「酪農業界を良くしたい」「AIで世の中を便利にしたい」という思いはもちろんあります。しかし、それらはあくまで手段であり、事業の本質はそこにはありません。経営もAIも酪農も、すべてが「人の成長」という目的を達成するための手段なのです。

ーー会社の今後の展望についてお聞かせください。

小林晋也:
正直に言うと、5年後、10年後といった明確な姿はありません。未来は「今」の積み重ねでつくられるため、私たちは今この瞬間を真剣にやり抜くことに集中しています。そして、その今、最も注力しているのがAIです。AIの進化は、過去のどの技術革新とは比較にならないほどの衝撃です。だからこそ、今はここに全力を注いでいます。

まずはAIで自社の経営を高度化させ、そこで得たノウハウをお客様の経営改善に応用していきます。このサイクルを回すことが、日本の食料事情を良くすることにつながると信じています。

ーーAI時代において、経営者自身には何が求められるとお考えですか。

小林晋也:
AIが出す答えを鵜呑みにせず、それを否定できる力、つまりクリティカルシンキングと、自分自身の「直感力」が極めて重要になります。「これは直感的におかしい」と感じる力を磨くには、自分自身を磨き、固定観念を壊し続ける努力が必要です。AI時代だからこそ、人のあり方や他者への共感、尊重がより一層大切になるでしょう。最先端の技術を追求しつつも、人への感謝といった普遍的な原則を決して忘れません。これからも、その両輪で経営を続けていきたいと考えています。

編集後記

「酪農DX」という最先端の事業。その根底に流れるのは、「経営とは人助け」「事業の目的は人の成長」という、極めて普遍的な信念であった。小林氏は、AIという未曾有の変化の波に全力を注ぎながらも、決して人間の本質を見失わない。未来を具体的に語るのではなく、「今、この瞬間」にすべてを懸けるその姿勢は、変化の時代を生きるすべてのビジネスパーソンにとって、大きな羅針盤となるに違いない。

小林晋也/1979年生まれ、北海道帯広市出身。旭川工業高等専門学校卒、機械工学専攻。機械部品商社に入社し、ファクトリーオートメーション(工場の自動化、FA)分野で精密機械の拡販を担当。2004年北海道帯広市に有限会社スカイアークシステム(現・株式会社スカイアーク)を創業。大手企業へのCMS・ブログシステム・社内SNSの普及に貢献。「世界の農業の頭脳を創る」という想いから2013年に株式会社ファームノート、2016年にファームノートホールディングスを創業。同年、日経ビジネス「次代を創る100人」に選出。2019年に日経BP「第17回日本イノベーター大賞・日経ビジネスRaise賞」、第5回「日本ベンチャー大賞・農林水産大臣賞(農業ベンチャー大賞)」を受賞。2020年に第8回「ものづくり日本大賞・内閣総理大臣賞」を受賞。