
2024年6月、政府はゲーム・アニメなどのコンテンツ産業を20兆円の海外市場に成長させる「新たなクールジャパン戦略」を策定。日本の成長を後押しする鍵として、アニメ産業には期待が寄せられている。
今回取材したのは、アニメーションスタジオの「STUDIO4℃」を創設した、代表取締役の田中栄子氏だ。田中社長は、第23回文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門大賞の「海獣の子供」や、第31回日本アカデミー賞最優秀賞(最優秀アニメーション作品賞)の「鉄コン筋クリート」など、さまざまな大賞を受賞した劇場アニメから、テレビCM、ミュージックビデオまで多数の映像作品を生み出している。
あくまで「私はクリエイターや作品をサポートしている立場」だと語る同社長に、これまでの道のり、そして、日本アニメの可能性を聞いた。
「クリエイターたちのつくりたい作品をつくる」ためにSTUDIO4℃を創設
ーー田中社長のこれまでの経歴を聞かせてください。
田中栄子:
広告代理店に勤めた後、アニメ制作会社の日本アニメーション株式会社へ企画プロデューサーとして転職しました。ここでは上司とタッグを組んで新規開拓をしたり、現場を一から学んだり、TVオリジナル作品をプロデュースするなど、とても面白い貴重な経験をさせてもらいました。
その後、スタジオジブリへ転職したのは、日本アニメーションでの実績を買ってもらったことがきっかけです。当時、日本アニメーションの同じチームには、宮崎駿監督の全作品の編集を手掛ける瀬山武司さんが在籍しており、ジブリ作品をつくるために呼ばれました。
スタジオジブリでは、作品制作と行程管理をして映画を完成させるラインプロデューサーとして「となりのトトロ」と「魔女の宅急便」を担当しました。
ーーその後、どのような経緯でSTUDIO4℃を立ち上げましたか。
田中栄子:
「魔女の宅急便」の制作が終わった後、クリエイターたちの仕事場として「新たにスタジオをつくってほしい」とお願いされたのが始まりです。
「クリエイターたちがつくりたい作品をつくれるスタジオ」を実現したいという思いで、STUDIO4℃を立ち上げました。
――STUDIO4℃のターニングポイントについて聞かせてください。
田中栄子:
アニメ映画「MEMORIES」の制作が、一つのターニングポイントです。
才能のあるクリエイターは沢山いるのに、自分たちの創りたい作品をつくる機会に恵まれてないという状況を変えようと、映画『AKIRA』の原作漫画家であり、監督の大友克洋さんが「MEMORIES」の企画を立ち上げました。このときから、みんなで団結して映画を制作するという意識がより一層強まったと感じています。
また、昔は「アニメは子どものためのもの」というイメージがありましたが、「自分たちが見たい作品をつくる」という意識で「MEMORIES」を制作したことで、大人が見ても楽しめるアニメの市場を開拓することができました。
日本の「リミテッドアニメーション」の技術が今、世界の人々の心をつかんでいる

ーー貴社の強みについて教えてください。
田中栄子:
クオリティの高さと個性の強さ新規性は、当時業界内でも一線を画していたと思います。たとえば、「MEMORIES」制作時から3Dを使用していますが、これは当時の日本のアニメ業界にとって、非常に珍しいことでした。
当初はすごく時間がかかったり、上手く合成できなかったり試行錯誤しましたが、挑戦を続けたことで課題が解消され、結果的に3Dとは思えないような画面づくりや撮影技術を実現しています。3Dを道具として上手く使いこなし、より新しい表現を生み出していることが強みの一つといえるでしょう。
ーー日本のアニメが世界で愛される理由はどういった点にあると考えていますか。
田中栄子:
1つは、リミテッドアニメーションを開拓してきたことだと思います。
映画は1秒間に24コマの画像を映し出すことで動いて見えます。海外ではこの24コマすべてに絵を描くフルアニメーションを採用していますが、日本のアニメは、1秒間に約8コマの絵を見せるリミテッドアニメーションを開発しました。リミテッドアニメーションは、絵を描く枚数が約3分の1で済み、制作スケジュールを抑えられるのが特徴です。
日本ではこのリミテッドアニメーションを突き詰めることで、切れ味の良いスマートな独自の世界観をつくりあげてきました。これが日本のアニメが世界で評価され、世界中の人々の心をつかんでいる理由の一つだと思います。また日本のアニメでは海の波を描く際に、波が寄せるときよりも、波が引くときのほうが水量を少なく描きます。これは、波が引くときには、砂に水が染み込んで水量が減っていることを表現しているからです。こういった細かな描写にまでこだわっている点も、日本のアニメが世界で愛されている理由だと思います。魅力的なキャラや世界観・ストーリーの豊富さはいうまでもありません。
世界で愛される日本の成長産業の第一線に立てるアニメの仕事の魅力とは
ーー今後の展望を聞かせてください。
田中栄子:
私たちが制作した作品、特に映画をより多く世界へ届けることです。AmazonやNetflixなどのプラットフォームにも展開し、高感度の作品を世界に展開していきたいですね。
また、弊社では現在アニメーターの作画採用枠を設け、年間3、4人の新人を育成するプランを立てています。作画の表現技術は作品をつくるための核になるポジションなので、これから入社する方にはぜひ挑戦してほしいと思っています。
ーー最後に、アニメ業界への思いを聞かせてください。
田中栄子:
「アニメは好きだけど、どんな仕事があるか分からない」という子どもたちは少なくありません。そのため、小中学校の段階から子どもたちがアニメの仕事に触れられるような機会を、私たちがつくっていきたいと思っています。
「アニメの仕事は稼げない」というイメージを持つ方も多いため、若くても相応の収入が得られる業界だということをアピールする必要があります。
アニメ会社に就職すれば他の業界と遜色のない給与が保証されています。子どもたちがアニメに興味を持ち、アニメ業界に来てくれたら嬉しいですね。
アニメという成長産業に自分が参加し、作品をつくる側に立つのは、非常にエキサイティングです。そして、自分が参加して生み出した作品がテレビや映画館で上映されているのを見たときの嬉しさを、ぜひ味わってほしいと思っています。
また、日本のアニメの祭典が実は世界中で開かれており、そういった華やかな場に行けるチャンスがあるのも、アニメ業界で働く魅力です。海外で日本のアニメが長く愛されている事実は、これからもきっと変わらないでしょう。
編集後記
日本のアニメ業界を牽引するパイオニア企業であると同時に、クリエイターたちが才能を発揮し、自己実現できる場所でもあるSTUDIO4℃。
「日本のアニメは、これからもっと面白くなる可能性を秘めている」と語る田中社長の姿からは、STUDIO4℃が先頭を走って世界的な作品をこれからも生み出し続け、日本のアニメ業界をさらに成長させようという気概が感じられた。

田中栄子/群馬県出身。青山学院大学文学部英米文学科卒業後、広告代理店を経て、日本アニメーション株式会社でTVのプロデューサー、株式会社スタジオジブリで「となりのトトロ」「魔女の宅急便」のラインプロデューサーを経て、企画製作会社のBeyond C.に続き、アニメーションプロダクションのSTUDIO4℃を設立。両社にて、代表取締役社長・プロデューサーとして活動。