※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

福井県から界面科学の技術で世界に挑む、日華化学株式会社。繊維加工用薬剤で培った高い技術力を武器に、現在は化粧品や半導体分野へも事業を広げている。顧客の課題を技術で解決する同社の根底にあるのは、創業から守り続ける「製品を売るにあらずして技術を売る」と「大家族主義」という信念だ。変化の激しい時代の中で、人を守り、新たなイノベーションを起こし続ける同社の歩みと、未来を見据えた戦略について江守氏に詳しく話を伺った。

苦い経験が育んだ「大家族主義」という企業理念

ーーキャリアの原点と、貴社へ入社された経緯をお聞かせください。

江守康昌:
大学では化学を専攻し、卒業後は三菱化成株式会社(現・三菱ケミカル株式会社)で、営業職として歩み始めました。研究室にこもるより、人と話しながらネットワークを広げていく仕事の方が自分には向いていると感じ、非常に楽しく働いていました。三菱化成での勤務開始から5年ほど経った頃、社長であった父から「会社が近々上場を果たす。共により良い会社をつくるなら、今が最良のタイミングだ」と声をかけられ、弊社へ入社することを決意しました。

入社してまず感じたのは、社員同士の距離が非常に近い、文字通りのアットホームな社風です。一方で、良くも悪くも個人の力量に頼る部分が多く、組織としてはまだ荒削りな面も目立っていました。しかし、会社全体には凄まじいバイタリティが溢れていました。父が語った「小さくても個性ある、世界でキラリと輝く会社」という言葉の通り、新しい事業や研究開発に果敢に挑戦するエネルギーに満ちた会社だったと記憶しています。

ーー貴社の経営理念に影響を与えた出来事はありますか。

江守康昌:
アメリカの子会社に責任者として務めた時代、自ら立ち上げた大規模プロジェクトが失敗に終わり、工場縮小と現地従業員の半分である約30名の解雇という苦渋の決断を迫られました。一緒に事業を立ち上げようと奮闘してくれただけでなく、現地に移住する際、アパート探しを手伝ってくれた方や、引っ越しを手伝ってくれた方など、仕事だけでなく私生活を支えてくれた仲間たちに解雇を告げなければならなかったあの時の痛みは、今も私の胸に深く刻まれています。この出来事を通して、「二度と社員を辞めさせるような、つらい思いはしたくない」と強く心に誓いました。

ーー「大家族主義」という企業理念は、どのような経験や想いから育まれたのでしょうか。

江守康昌:
私の経営の根幹にあるのは、社員を家族として守り抜くという覚悟です。2001年に39歳で社長に就任して数年後、リーマン・ショックという荒波に襲われました。売上は一気に3割も落ち込み、非常に厳しい経営判断を迫られたのです。そのとき、私は社員に「役員報酬も下げるし、徹底的にコスト削減も行う。だが、人は一人も切らない」と宣言しました。そしてコストダウン策を広く募り、皆さんの知恵を貸してほしいと呼びかけたのです。

これは祖父の代から受け継いできた「大家族主義」の体現でした。苦しいときこそ痛みを分かち合い、また知恵と覚悟を結集させ家族である社員を守り抜く。この姿勢を示したことで社内の結束が強まり、景気が回復したときには一気に最高益を更新するほどの爆発力を生むことができました。

単に仕事をする仲間というのではなく、社員の人生に深く関わる。それは、私たちがパーパスとして掲げる「Activate Your Life」の実践そのものです。コロナ禍以前は毎年、全社員が一堂に会する大懇親パーティーを開催し、部署や役職の垣根を越えて顔を合わせ、日頃は交わることの少ないメンバー同士が直接言葉を交わし、人と人とのつながりを育む機会を大切にしてきました。一人ひとりが生き生きと働き、つながりの中で生まれた活力が周囲へと波及し、組織を、そして社会をも活性化していく。それが「Activate Your Life」に込めた私たちの想いです。こうした「人を大切にする」姿勢が、社員の安心感と挑戦への意欲を生む土壌になっていると考えています。

「製品を売るにあらずして技術を売る」創業から受け継がれるDNA

ーー貴社の事業内容と、その強みについてお聞かせください。

江守康昌:
弊社は福井の地場産業である繊維産業、特に戦後のポリエステル加工を技術で支える薬剤の製造・開発から始まりました。ポリエステル繊維は合成樹脂を原料とする素材で、染色や機能性の付与には高度な技術が求められます。たとえば、スポーツウェアに速乾性があり、快適な着心地になるのは、水を弾き、汗を吸収する薬剤や素材の技術革新によるものです。こうした性能は、繊維メーカーと当社がそれぞれ培ってきたノウハウが組み合わさることで生まれ、この分野で世界的なシェアを築いてきました。

さらに、私たちは繊維加工での技術を応用し、プロ向けのクリーニング用洗剤や頭髪化粧品、半導体の製造工程で使われる潤滑剤など、さまざまな分野に事業を広げてきました。弊社の強みの源泉は、プロの要求に応えきる高い技術力にあります。単に製品を提供するのではなく、その背景にある理論を丁寧に説明し、顧客が抱える真の課題を解決に導く点にこそ、私たちの存在価値があると考えています。

ーー創業以来、大切にされている理念はありますか。

江守康昌:
創業者の「製品を売るにあらずして技術を売る」という言葉は、私たちのDNAです。単価いくらでモノを売るのではなく、「この薬剤を使えば製品の付加価値がこう高まる」「工程上のトラブルや品質課題は、この技術で解消できる」といった、技術に基づいたソリューションを提案しています。

美容室向けのヘアケア製品も同様で、美容師さんの悩みに応える形で研究開発がスタートしました。いわば、ソリューションプロバイダーとしてお客様の課題に一体となって取り組み、解決していく。こうした姿勢の根底には、社是の第一条にある「われらは需要家に奉仕する」という理念が存在しています。技術で奉仕し、社会に貢献していくことが、私たちの根幹にある考え方なのです。

人が集いイノベーションが生まれる場「NIC」の誕生

ーー新たな拠点を設立した経緯と、そこに込められた思いを教えてください。

江守康昌:
創立75周年を機に、社員が肩書きや形式にとらわれず、闊達に議論ができる開放的な新研究所をつくりました。静寂の中で黙々と研究に勤しむ場所ではなく、活発な対話から熱気が生まれる場所。それが、2017年に誕生した研究開発拠点「NIC(NICCA イノベーションセンター)」です。

こうした発想は、私が研究開発の本部長だった頃、「どんな研究所にしたいか」と自問自答したのが始まりです。ひっきりなしに人が訪れ、中に入ればさまざまな場所で議論が巻き起こる。そこからイノベーションが生まれる、ワクワクする研究所をつくりたいと思いました。目指したのは賑わいのある市場、トルコのグランバザールのような雰囲気です。

ーー社員がワクワクすることを、なぜそれほど大切にされているのでしょうか。

江守康昌:
やはり、人が活性化している場、ワクワクして集っている場に、良いアイデアや新しいものが生まれてくると信じているからです。上述の、弊社パーパス「Activate Your Life」のとおり、社員が生き生きと働き、それが会社の業績につながり、さらに社員に還元される。そのような好循環を生み出したいと考えています。会社に来ること自体が楽しくなる、そんな職場環境が理想です。「NIC」はその想いを具現化した、一つの象徴的な場所なのです。

ーー拠点の完成によって組織内にはどのような変化が起きましたか。

江守康昌:
非常に大きな変化がありました。来訪者の顔ぶれが大きく変わったことも、その一つです。「NIC」の開設以降、これまでお付き合いのなかった業界や、各分野を代表するトップの方々が、この場所を訪れてくださるようになりました。「NIC」をきっかけに、社外のさまざまな方々とのつながりが生まれ、新たなイノベーションの種がまかれています。ここでお客様と対話し、共に課題を解決していく。まさに創業以来の「技術を売る」という理念を体現する場になっていると感じています。

「EHD戦略」で未来を拓く 持続的成長への挑戦

ーー未来に向けて注力されている事業戦略の詳細を教えてください。

江守康昌:
今後の持続的成長に向け、私たちは「Environment(環境)」「Health(健康・衛生)」「Digital(デジタル・先端材料)」の3分野に経営資源を集中させる「EHD戦略」を推進しています。PFASフリーの撥水剤、スマートダイイングプロセスとよんでいる工程短縮提案などの環境技術、育毛効果を追求したヘアケア製品、そして、半導体製造を支える特殊化学品などなど、社会の要請が強いこれらの領域で技術を研鑽し、未来を切り拓きます。

ーー海外展開や国内設備投資の現状と展望はいかがでしょうか。

江守康昌:
海外展開と国内での設備投資は成長の両輪です。

現在、世界9つの国と地域に拠点を構え、近年では売上高比率も半分を海外が占めており、今後も海外市場でのシェア拡大を図ってまいります。日本国内では成熟産業と言われる繊維分野も、世界で見れば人口増加に伴う成長産業です。特に、環境規制が厳しくなっているアジア諸国において、弊社がお客様と磨き上げてきた環境対応技術は非常に高い競争力を持っています。この技術を、中国や台湾、インドなどの現地研究所と連携させ、それぞれの市場に最適化させていく計画です。当社が日本で積み重ねてきた技術を世界中に横展開し広めることで、より多くの社会課題を解決していきたいと考えています。

また国内では、化粧品事業の拡大に対応するため、2027年の稼働を目指して新工場を建設中です。これは世界最新鋭クラスの自動化工場になる予定で、生産能力を大幅に向上させます。日本で磨いた技術を世界に展開し、世界のニーズに応えていく体制を強化していきます。

個々の尖った強みを活かし円を大きく広げる組織

ーー多様な個性が集まる組織をどのように捉えていますか。

江守康昌:
「大家族主義」というと、皆が同じ方向を向く画一的な組織をイメージされるかもしれませんが、私の考えは逆です。私は一人ひとりが尖ったままで良いと思っています。多彩な個性のある、それぞれに強い持ち味を持つ人間が集まることで、組織全体として描ける円はより大きくなるのです。一人ひとりが自分の尖った部分、つまり得意な分野で力を発揮し、協力し合う。そうやって個性を活かしながら大きな力を生み出すのが、弊社が目指す「大家族」の姿です。

ーー今後、見据えている理想の会社像をお聞かせいただけますか。

江守康昌:
2035年度には売上880億円、将来的には1000億円を目指していきたいと思いますが、真の目的は数字ではありません。社員一人ひとりが自らの「やりたいこと(Will)」を追求し、顧客と共に未来を描くことにワクワクできる組織であり続けること。人が生き生きと輝く場こそが、次のイノベーションを育み、社会に貢献できるようになっていくと信じています。

ーー共に働く仲間に求める姿勢や資質について教えてください。

江守康昌:
私は「手を挙げた人にチャンスを与える」という文化を何よりも大切にしたいと思っています。指示を待つ「Should(すべき)」の仕事だけでは、本当の意味でワクワクすることはできません。「Will(何をしたいか)」を持ち、自ら手を挙げてチャレンジする人を、私たちは全力で応援します。研究から営業へ転向したい、新しいプロジェクトを立ち上げたい、そんな熱意を歓迎しています。社員一人ひとりが個性を尖らせ、その多様な個性が集まることで、日華化学という大きな「円」はさらに強固なものになります。失敗を恐れず、自分たちの技術で世界を驚かせたいという、志ある仲間にぜひ加わってほしいと思います。

編集後記

アメリカでの工場縮小と従業員解雇という痛恨の経験。その悲しみを「二度と社員を辞めさせない」という不退転の決意に変えた江守氏の言葉には、経営者としての覚悟が宿る。一人ひとりのやりたいことを尊重し、個性を尖らせたまま大きな円を描こうとする同社の姿勢は、組織の理想形といえるだろう。技術で社会に奉仕し、人を家族として守り抜く。その温かく力強い挑戦の先に、どのような未来が広がるのか楽しみだ。

江守康昌/1962年福井市生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業後、三菱化成株式会社(現三菱ケミカル株式会社)に入社。1989年日華化学株式会社に入社後、同社子会社NICCA USA.,INC.上席副社長として約2年間勤務。帰国後、営業、研究、管理の各責任者を歴任。取締役、代表取締役専務、代表取締役副社長を経て、2001年より現職。現在は日華化学グループCEOとして経営の舵をとり、「トップ外交も会社間の距離を縮める重要なアクション」との信念から顧客訪問を重ねる。また、年に一度は各拠点に赴きグループ社員とコミュニケーションをとることが自身のアクティベートにつながっている。趣味はゴルフ、座右の銘は「ピンチはチャンス」。