※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

商業空間や文化空間、イベント空間など、あらゆる空間を事業領域とし、クライアントの課題解決を行いながら新たな体験と感動を実装し続ける株式会社丹青社。2046年の創業100周年に向けた変革の時を迎える今、代表取締役社長の小林統氏は「こころを動かす空間をつくり、未来を拓く。」という想いを語り、「空間づくりの価値は、デザイン以上に、それをつくる『人』の意志にある」と説く。2023年の就任以来、新たな事業基盤の構築に奔走してきた同氏。若くして大規模プロジェクトを任された現場経験から、経営者として描く未来図まで、その挑戦の軌跡と哲学をうかがった。

31歳での支店長抜擢 「看板」の重みを知った若き日の挑戦

ーーまずは、小林社長のこれまでの歩みについてお聞かせください。

小林統:
法政大学経済学部を卒業後、1984年に弊社へ入社しました。当時はようやく日本に「テーマパーク」という言葉が定着し始めたばかりの新鮮な時代です。そんな中、私はエンターテインメント施設のディスプレイ関連を担う部署に配属され、ある巨大施設の運営を支える現場に身を置くことになりました。常にアップデートを繰り返す現場で、季節ごとの装飾やフラワーディスプレイのメンテナンス業務に従事しました。毎日が変化の連続であり、空間がいかに人々の感情を動かすかを肌で学んだ、私の原点とも言える時期です。

その後、2年目からは専門店領域の営業へと移りました。1980年代後半から90年代にかけては専門店の隆盛期で、アパレルブランドを中心に各社が激しい出店攻勢をかけていました。ここで私は、入社間もない身でありながら、ある大手クライアントの年間出店計画をすべて任されるという、当時としては異例の機会をいただいたのです。

営業担当は私1人。それに対し、社内のデザイナーが5人、現場制作担当が5人という総勢10名以上の大規模なチームを動かしてプロジェクトを推進する日々でした。単に注文を受けて施工するのではなく、出店戦略の立案から入り込み、どうすれば事業を成功へ導けるのか。先輩や周囲の仲間たちに助けられながら日々奔走し、若手ながらにプロジェクトの全体指揮を執る責任の重さを、徹底的に叩き込まれました。

ーーキャリアにおける最大の転機は、どこにありましたか。

小林統:
大きな転機となったのは、31歳で千葉営業所の立ち上げ責任者を任されたことです。当時の千葉エリアは開発ラッシュの真っ只中でしたが、弊社の拠点としてはゼロからのスタート。まさに「出先機関」を組織として一からつくり上げていくフェーズでした。

周囲を見渡せば、競合他社の支店長クラスは、本社で実績を積んだ取締役級のベテランばかり。30歳そこそこの私には、正直に言って気後れする場面もありました。しかし、そんな私を救ってくれたのは、当時お付き合いのあった社外の方からの言葉でした。

「君は、小林個人としてではなく、丹青社の責任者としての看板を背負っているんだ。プロフェッショナル集団である丹青社そのものが『職(プロ)』なのだから、年齢なんて関係ない」。

この言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けました。この言葉を頂き、周囲に気後れしている場合ではない。プロとしての誇りと歴史を背負ってここにいるのだと、腹が据わったのです。それからは、地元の有力企業一社一社へ地道に提案を重ね、組織力の最大化に注力しました。個人の力を足し算で終わらせず、チームメンバーの能力を引き出し、掛け合わせる。その結果、国際空港の店舗環境整備や、プロ野球のフランチャイズ化に伴うスタジアムの改修など、地域に根差した大型案件を次々と受けることができました。若くして私を信じて任せてくれた会社、そして温かく迎えてくれた外部の方々との出会いが、今の私をつくっています。

空間づくりの要は「デザイン」以上に「人」にある

ーーその後はどのような業務を担当されたのでしょうか。

小林統:
営業所での経験を経て本社に戻り、営業企画部で全社の戦略立案やマーケティングに携わることになりました。それまでは特定の領域に深く関わってきましたが、この時期に弊社が手掛ける「商業」「ホスピタリティ」「パブリック」「ビジネス」「イベント」「文化」という広範な事業領域すべてを俯瞰することができたのは、大きな財産です。

その後は役職を重ねながら、愛知万博(2005年日本国際博覧会)、上海万博(2010年上海国際博覧会)、ミラノ万博(2015年ミラノ国際博覧会)など、国家的プロジェクトの日本館や企業パビリオンに数多く参画しました。営業、企画、推進、そして経営と、あらゆる角度から空間づくりに関わってきた全方位的な経験が、現在の経営判断の土台となっています。

ーー貴社の強みは、どのような点にあるとお考えですか。

小林統:
最大の強みは、やはり「人」に尽きます。お客様は単にかっこいいデザインを求めているのではなく、自らの事業を成功させたいと願っています。その思いに寄り添い、真のパートナーとして課題を解決できるか。最終的には「この人たちと一緒に仕事をしたい」と思っていただける人間力やチーム力が、コンペティションの勝敗を分けます。

私たちが徹底してこだわっているのは、お客様のニーズを表面的な言葉だけでなく、その背景にある「意志」まで的確に把握することです。個人住宅以外のほぼ全ての空間に対応できる総合力と、それを支える専門性の掛け合わせこそが、弊社独自のポジショニングを確立しています。

たとえば、文化空間領域では業界唯一の専門シンクタンクである「株式会社丹青研究所」を擁し、文化財の保存や展示手法において圧倒的な専門性を発揮しています。一方で、飲食・物販チェーンを支える「ストアエンジニアリング領域」では、ナショナルチェーンのお客様の年間計画を支える強固な体制があります。この「広さ」と「深さ」の両立は、他社にはない強みです。昨今の空間では一つの空間の中にさまざまな領域が共存するような空間も多くなっています。そうした場合にも領域のノウハウを活かしあえるのも強みです。

ーー空間づくりに求められる価値の変化をどう捉えていますか。

小林統:
近年、「体験」や「体感」の重要性が飛躍的に増してきました。床、壁、天井などの装飾、いわゆる「ハード」の部分だけではなく、そこで過ごす人の心がどう動くかという「ソフト」の価値こそが問われていると言えるでしょう。

その実装を担うのが、社内に設けた専門組織「CMIセンター(クロスメディア・イノベーションセンター)」です。ここでは日々、最新の演出技術を研究・開発しています。世界的に活躍するアートコレクティブ「チームラボ」との空間づくりもその一例です。彼らの独創的なアート作品をリアルな空間に具現化するため、施工技術や演出ノウハウの提供を行っているのです。

コロナ禍を経て再認識した「リアル空間」の価値

ーー社長就任時の状況をお聞かせください。

小林統:
就任した2023年は、まさにコロナ禍が明け、社会が再始動する重要な転換点でした。コロナ禍の3年間、我々のようなリアル空間を創る企業にとっては非常に厳しい時期が続きました。「人が集まること」自体が制限され、リアルな場所の存在意義が根底から問い直されたからです。

しかし、制限が解除された途端、人々は堰を切ったように再びリアルな場所へと戻ってきました。この光景を見て私は、デジタルがどれほど進化しても、人が直接会い、温度を感じ、同じ空気を共有することで生まれる「感動」は代替できない。リアルな空間こそが、社会に活力を与える源泉なのだと確信しました。厳しい時期を経たからこそ、改めて「こころを動かす空間」をつくり続けるという意志を、社長として社内外に明確に示さなければならないと決意したのです。

創業100周年に向けた「未来ビジョン」と「人的資本経営」

ーー今後はどのような成長戦略を描いていますか。

小林統:
就任直後、創業100周年に向けた未来ビジョン「私たちの未来ビジョン2046」を策定し、改めて弊社のパーパスを「空間から未来を描き、人と社会に丹青(いろどり)を。」と定義しました。このパーパスを実現するための源泉こそが、社員一人ひとりの力、すなわち「人的資本」です。

弊社は「人が資産」の会社です。社員がやりがいを持ち、その能力を最大限に発揮できる環境がなければ、良い空間は生まれません。そこで、2026年度より「ヒューマンリソースデザインセンター」という新組織を立ち上げました。

これは、従来の人事・総務といった管理業務の枠を超え、事業戦略と連動した人材育成や組織開発を担う戦略的組織です。現在は取締役CHROが指揮を執り、次世代リーダーの育成や社員のエンゲージメントを高めるための施策を、経営の意思決定と直結させながら推進しています。経営戦略と人事戦略を一体化させることで、社員が仕事に誇りを持ち、「丹青社で働いてよかった」と心から思える組織へと進化させていきます。

ーー事業の多角化に向けた新たな挑戦についてお聞かせください。

小林統:
これまでの「受注型ビジネス」を主軸としつつ、自ら事業を創出する「開発型ビジネス」の拡大を目指しています。そのひとつが「R2(Real-Estate Revitalization)事業」です。

これは、都心にある中小規模の古ビルを弊社が取得し、リノベーションや耐震補強などを行い、再生・販売する不動産活性化事業です。弊社のデザイン力と施工技術を活かし、老朽化した建物を現代のニーズに合ったオフィスや店舗へと生まれ変わらせます。既存のストックを有効活用し、建物の寿命をさらに延ばすことは、環境負荷の低減という観点からも非常に意義深い挑戦です。サステナブルな社会への貢献と収益性の向上を両立させ、弊社の新たな収益の柱として育てていきます。

社名に込められた想い、そして「意志あるところに道あり」

ーー「丹青社」という社名に込められた想いをお聞かせください。

小林統:
「丹青」とは、古くは赤(丹)と青、転じて絵画や色彩を意味する言葉です。また、真心込めて描く、真心を尽くすという意味も込められています。弊社の創業以来、私たちは常に「丹精を込めて」空間を創り上げてきました。社名そのものが、私たちの誇りであり、空間づくりに携わる者としての姿勢を表しているのです。この名は、どれだけテクノロジーが進化しても変わることのない、私たちのアイデンティティです。

ーー最後に、これからの未来を担う世代や、読者へのメッセージをお願いします。

小林統:
私の座右の銘は「意志あるところに道あり」です。どんなに困難な状況にあっても、強い意志を持って挑み続ければ、道は必ず拓けると信じています。私が31歳で拠点の責任者を務めた時も、コロナ禍という荒波に立ち向かった時も、この言葉が常に私の背中を押してくれました。

空間づくりは決して楽な仕事ではありません。しかし、自分たちが手掛けた場所で、人々が笑顔になり、何気ない日常が彩られる瞬間を見た時の喜びは、何物にも代えがたいものです。だからこそ、私たちのバリューの一つには「仕事を楽しむ」という言葉を掲げています。

社員全員が、自分たちの仕事に誇りを持ち、楽しみながら「こころを動かす空間」を生み出し続ける。そんな100年企業を目指して、私たちは歩みを止めません。情熱を持った皆さんと共に、新しい未来の空間を創っていけることを楽しみにしています。

編集後記

柔らかな物腰の中に、揺るぎない芯の強さを感じさせる小林氏。「31歳の責任者」という重圧を跳ねのけた若き日の経験が、現在の「人を信じて任せる」経営スタイルの原点にあるのだろう。100周年に向けた「R2事業」などの挑戦も、長年培ってきたノウハウと社員への深い信頼があってこそ成し得るものだ。デジタルとリアルが融合する新時代の空間において、丹青社がどのような「感動」を実装していくのか。その意志が描く未来図から目が離せない。

小林統/1959年長野県生まれ。法政大学経済学部を卒業後、1984年に株式会社丹青社へ入社。商業その他施設事業を担当。2016年に取締役及びCS事業部長に就任以降、取締役常務、取締役専務を経て、2023年に代表取締役社長へ就任。