
創業75年目を迎えたクッキー・ビスケットの専業メーカー、イトウ製菓株式会社。初代から受け継がれる社是「活人・活物」のもと、「広告費より原材料費へ」という理念を貫き、品質を追求し続けてきた。同社の代表取締役社長を務める山崎敬介氏は、もともと事業を継ぐ立場ではなかったという。東日本大震災での壮絶な被災経験を原点に経営の道を歩み始めた同氏に、組織づくりの信念や主力商品「ラングリー」を武器にした世界市場への展望、そしてお菓子が持つ“思い出の食媒体”としての価値について話を聞いた。
経営者としての原点 東日本大震災を乗り越えて
ーー社長の社会人としてのキャリアはどのように始まったのでしょうか。
山崎敬介:
大学では微生物を研究しており、ヨーグルト作りに関わりたくて乳業メーカーに就職しました。そこでは5年ほど、生産部門でモノづくりに携わっていました。
イトウ製菓の創業家とは血縁がありませんが、妻と出会ったことがご縁となり、「弊社の生産部門を手伝わないか」と誘われました。当時は事業を継ぐという意識はまったくありませんでしたが、もともと「つくること」が好きでしたので、乳業メーカーでの経験を活かしてクッキーやビスケット作りの現場で貢献できればと思い、工場に入ったのが始まりです。
ーーそこから経営を意識されるようになったきっかけは何でしたか。
山崎敬介:
入社して2、3年が経った頃に経験した、東日本大震災です。当時、私は生産部門におり、震度6強の揺れで天井が落ち、生産ラインは1週間以上停止するなど、甚大な被害を受けました。その復興プロジェクトのメンバーとして、生産サイドからどうすれば人や設備を立て直せるか、営業サイドとも議論を重ねる中で、経営への意識が芽生えました。
ーー震災からの復興で、特に印象に残っていることはありますか。
山崎敬介:
地域の皆さんの結束力です。社員はもちろん、地域の業者の方々が本当に早く駆けつけてくれました。電気の復旧や、ずれてしまったオーブンの調整など、周りの人たちに助けられたおかげで、最初のラインは1週間で立ち上がりました。あの時の経験は、今でも私の原点になっています。
受け継がれる創業の精神「活人・活物」とは
ーー社長として代々受け継いできた考え方などはあるのでしょうか。
山崎敬介:
初代が掲げた「活人・活物(かつじん・かつぶつ)」という社是です。この言葉を現代の社員たちにどう伝え、会社の文化として根付かせるかを常に意識してきました。時代によって捉え方は変わりますが、この精神が弊社の根幹にあることは間違いありません。
ーー「活人・活物」について、具体的にどのように実践されていますか。
山崎敬介:
私の代では“活人”を「長所を活かしながら事業に貢献すること」と捉えています。そのために、それぞれの部門でプロから学べる教育環境を整えることに注力しています。生産部門はNPS研究会(※)、営業部門は外部のマーケティング研究会、開発部門は著名なパティシエから直接学ぶ機会をそれぞれ設けています。
一方、“活物”については「広告費を抑える分、原材料にお金をかけろ」という教えに集約されています。良い原料を使えば当然コストはかかりますが、おいしくなります。その原料を、いかにおいしいクッキーとして生まれ変わらせるか。このこだわりは今も変わらず守り続けているのです。
(※)NPS(New Production System)研究会:トヨタ生産方式(TPS)をベースに、自動車産業以外のあらゆる業種・業態においても「ムダの排除」や「生産性向上」を実現できるよう体系化された経営改善手法、およびその実践・研究を行う団体のこと。
主力商品ラングリーを武器に世界市場へ挑む

ーー主力商品である「ラングリー」の強みについて教えてください。
山崎敬介:
弊社の工場がある茨城県小美玉市は、日本一の鶏卵の産地です。「ラングリー」は、新鮮な液卵でなければ、あの独特のサクサクとした食感は出せません。また、卵を二段階に分けて混ぜ合わせる独自の製法も、おいしさの秘訣です。地域の恵みと、長年培ってきた技術の結晶といえる商品です。このこだわりを維持するために、第3工場を新設しました。工場の新設には3つの目的があります。1つ目は、社員が望む土日休みの労働環境を守りながら生産量を確保すること。2つ目は、国内外で需要が伸びている「ラングリー」の増産体制を確立すること。そして3つ目は、新たなクッキー文化の創造に向けた研究開発の余白を生み出すことです。
ーー増産体制をとる中で、どのような点にこだわっていますか。
山崎敬介:
弊社は、「作り置きをしない」という鮮度へのこだわりを徹底しています。お客様に必要なものを必要なだけ作り、すぐにお届けする生産システムを構築しています。ビスケットの賞味期限は通常1年ほどですが、私たちは作ってから2週間ほどで店頭に並ぶよう管理しています。常に焼き立てに近いおいしさをお届けしたい、というこだわりの表れです。
ーー今後の展開についてはどのようにお考えですか。
山崎敬介:
「ラングリー」を成長の軸に、アジアやアメリカへ展開を加速させたいと考えています。日本のお菓子はフレーバーの多様性が圧倒的な強みです。「ラングリー」は中に挟むクリームを変えることで、各国の文化や好みに合わせた商品開発が可能です。新工場を拠点に、日本のクッキーの魅力を世界に発信していきます。
100億円企業へ 組織と人が共に成長する未来
ーー世界展開も視野に入れる中で、組織としての今後のビジョンをお聞かせください。
山崎敬介:
一つの指標として、「売上100億円」を掲げています。弊社は今、中小企業から中堅企業へと移行する成長の途上にあります。100億円という目標は、次世代への投資やジョブローテーションなど、社員の成長を支える経営的な余裕を生み出すための指標です。会社の成長と個人の成長がリンクする、そんな組織を作りたいと考えています。
ーー次世代のリーダー育成において、大切にされていることは何ですか。
山崎敬介:
チームのメンバーから慕われる人が上に立つべきだと考えています。これは教えるのが難しい部分ですが、素養のある人材を見極め、外部研修やジョブローテーションを通じて多様な経験を積んでもらう環境を整えています。さまざまな苦労を経験し、仲間と助け合いながら成長していってほしいです。
ーー最後に、お菓子作りを通じてお客様にどのような価値を届けたいとお考えでしょうか。
山崎敬介:
私たちは単にビスケットを売っているのではなく、三世代にわたる“思い出の食媒体”を提供していると考えています。お客様からいただくファンレターには、「一人暮らしの仕送りに商品が入っていて懐かしくなった」「子どもの頃の祖父との思い出がよみがえる」といった声が寄せられます。お菓子が人と人、過去と今をつなぐ。その価値を大切にしていきたいです。
編集後記
「震度6強の揺れの中で見た、人々の結束力が原点」。山崎氏の言葉には、実体験に基づいた重みがあった。初代から受け継ぐ「活人・活物」の精神は、単なるスローガンではなく、危機を乗り越えるための羅針盤として機能しているのだ。印象的だったのは、効率よりも「作り置きをしない」鮮度を優先する姿勢や、売上100億円の目標を「社員の成長のため」と言い切る温かさだ。原材料へのこだわりはもちろん、そこに関わる「人」への深い愛情こそが、同社のクッキー・ビスケットが75年にわたり愛され続ける隠し味なのかもしれない。

山崎敬介/1980年愛媛県出身。2002年3月筑波大学生物資源学類卒業後、タカナシ乳業株式会社入社。2009年イトウ製菓株式会社入社、経営企画室室長、専務取締役を経て2017年6月代表取締役社長に就任。